(幕間:3)
「買い出しの時間だ、テディ」
「はあ」
またしてもザカリエルに呼び出され、予想していた台詞を机越しに投げられたので、セオドアは気のない声を上げた。
台詞は予想していたが、ザカリエルは続けて予想外のことを言って来る。
「パンはいつも通りに。それと、これをマツリにさりげなく渡して来い」
「?」
深い紺色のビロード張りのケースを渡され、セオドアは戸惑った。受け取りはしたが、眉間に皺を寄せてザカリエルを見返すと、彼は口元を緩める。
「中身を見ろ」
「良いんですか?」
「勿論。知っておいた方が、扱いに気を付けるだろ」
そもそも、セオドアにとってザカリエルは主同然なので、渡された品を雑に扱ったりすれば首が飛ぶ。比喩でも、比喩でなくとも。
さておき、許可が出たのでケースの蓋をゆっくりと開けると、ネックレスに耳飾り、それにブレスレットが収まっている。全てに、青の色石と白金色の貴石が連ねられていた。
「……あの、殿下。これは流石に……」
「何だ?」
セオドアが口籠ると、分かっているだろうにわざとらしく小首を傾げられる。
ザカリエルは、アレクサンダーと並んでも劣らない程の体躯に、
その上、立場を鑑みても年齢を見ても、とうの昔に成婚して世継ぎがいてもおかしくないのだが、不思議と浮いた話一つすら聞こえて来ない。
それが一転して異世界人の少女にご執心となると、セオドアでなくとも一言言いたくなる。
「マツリはアレクサンダー様のご友人で、民間人です。殿下の立場からこれを渡すのは、殿下が思う以上の意味を持つことになると、自覚されておられますか?」
「ふむ」
セオドアが眦を吊り上げてきっぱりと言うと、ザカリエルは顎を撫でた。感銘を受けた様子ではない。期待もしてなかったが、一切響かないのもどうかという感じだ。
セオドアが半眼になったのを見て取り、ザカリエルは頬を緩める。
「お前の懸念は承知の上だ。俺だけじゃなく、マツリも案じていることも分かっている」
「………………」
「この間なんか、マツリに言い寄った阿呆を追い払ったばかりだしな」
「へっ!?」
セオドアがぽかんと口を開けると、ザカリエルは立ち上がって窓際に立ち、半身をセオドアに見せて笑った。セオドアが声を発したのは、それから十秒後だ。
「まさか、監視を……?」
「誤解される前に言うが、前々からマツリには護衛を兼ねた見張りをつけていた。アレックスに恩を売りたかったのもあるが……どうも彼女は、故郷で苦労をして来たそうだからな。いや、苦労というか、苦労を引き寄せる性質というか」
腕組みをしながらのザカリエルの台詞に、何故か納得してしまった。恩をどうこうという部分が激しく気になったが、今はそこは重要ではない。
「あのー、まさかとは思いますが、マツリに目をつけてる輩への牽制に、贈り物を?」
セオドアが問うと、ザカリエルは軽く笑う。
「そこまで単細胞じゃない。マツリに渡そうとしている物は、もっと違う意味を持つことになる。これから先な」
「はあ……」
肝心な部分をぼかした物言いにセオドアが首を傾げると、ザカリエルは掌をひらひらとさせて、セオドアを追い払う仕草をした。
「何でもいいから行って渡して来い。メッセージも添えてるから、必ず見るように言うんだぞ」
促されるまま、王城を出て馬に乗り、マツリの働いている区画へ向かったが、途中ではたと気付く。
例のブツをマツリに渡す時、ザカリエルからと言うべきか。それともセオドアからだと嘘をつくべきか。
ザカリエルはそこまで言わなかったが、だから正直にザカリエルの贈り物だと言っていい、とは限らない。奇しくも、セオドアはザカリエルの立ち位置について言及したばかりだ。
となると、セオドアからだと言って渡すことになるが、それはそれで困る。マツリとはここ数日で一気に距離が縮まったが、それはあくまで『良い友人として』だ。この関係を崩したくはない。
「……メッセージを入れてるって言ってたな、そういや」
馬をぽくぽくと歩かせながら呟き、そこにザカリエルが自分の名前を書いていたらいいのだが、と思った。
予想していたが、セオドアがアクセサリーケースを徐に取り出すと、マツリは表情を曇らせた。いや、曇らせるどころではなく、傷ついた表情だ。
なので、慌てて言う。
「いや待ってくれ! 色々言いたいことがあるだろうけど、まずは中見てくれ! な!?」
セオドアの指定席となった感があるテーブルで、休憩中のマツリと向かい合って座っているのだが、セオドアが発した台詞にマツリは両目を瞬かせた。
「これ、テディさんからじゃないの?」
すっかり砕けた口調で、小鹿のように小首を傾げるマツリに、嘆息しながら頷く。
「君に渡すように頼まれたんだよ。勿論、突き返してもいい。俺が責任持って返しておくから」
「……テディさんの上司とか? 頼んで来たのって」
「まあ、そんな感じだ」
橋渡し自体断りたかった、という風情のセオドアに、察してくれたらしい。マツリは半眼になりながらも、ケースを受け取った。
「どこの国でもパワハラってあるんだね。なんか同情しちゃう。っていうか、ちょっとがっかり」
「パ、ワハ……?」
「あー、気にしないで。私の故郷の言葉」
鸚鵡返しをするセオドアに苦笑し、マツリはケースをぱかりと開ける。
普段から着飾っている方ではないものの、やはり美しいものを見ると魅かれるらしく、マツリは目を瞠らせてぽつりと言った。
「綺麗……」
既製品ではなく特注品だということは、マツリにもわかっただろう。しかしだからこそか、マツリは躊躇う仕草を見せた。その気もないのにうかつに受け取ると、誤解をされると考えて当然だ。
「あ、メッセージも入れてるとか言ってた。それ見てから考えてみろよ」
「メッセージ……?」
マツリが折り畳まれた小さな紙片を取り出し、そっと開く。同時に白い花びらが落ちるという手間のかけように、セオドアは内心で苦笑した。
とまれ、マツリは紙片に書かれた文章を確認したのだが。
戸惑いが覆っていたその表情が徐々に歓喜に染まり、彼女の瞳が尋常ではない輝きを宿したのを見ると、セオドアは思わず息を飲んだ。
「マツリ……?」
「テディ、私の代わりにお礼を言っておいてくれるかな。『素敵な品を有難う。頂戴致します』って」
「えっ」
一転してにこりと笑うマツリに今度はテディが戸惑い、思わず身を乗り出す。
「なあ、誰からの贈り物か、分ってるか?」
「分かってるわ。『ザ』で始まる名前の、ちょっと一般人離れした人でしょ」
「まあそうだけど。それと、お気遣い感謝するよ」
皇太子殿下の名を出すのはまずいと思ったらしく、マツリがぼかして、しかし的確に言い放つのを聞き、セオドアが半眼になると、マツリは頬に掌を当てて、肩を揺らしつつウフフと可愛らしく笑った。
「あー、なんかすっごい良い気分! 最っ高!」
「そ……そんなに……?」
一体どういうメッセージだったんだ、と疑問に思ったが、それを聞いても答えてくれないであろうことは、セオドアにも分かった。
ともあれ、『任務』は済ませたし昼食も終わったし、とザカリエルの分のパンが入った紙袋を持って立ち上がると、マツリも腰を上げてセオドアが使用した食器をトレイの上に乗せる。
いつの間にか、マツリの手首にはザカリエルが贈ったブレスレットが煌めいていた。目にも留まらぬ早業だ。
「そうだ。明日からちょっと忙しくなるから、しばらくは来れないんだ。病気や怪我じゃないからな」
「そうなんだ。……お仕事頑張ってね」
セオドアの台詞に、マツリは少し残念そうに、しかし微笑みながら返した。
叛逆のケツァルコアトル ~断罪のアンフィスバエナ2~ 東雲ノノ @sinonome_nono
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