(10)
「どこからお話しすればいいのか……」
セオドアの状況を伝えると、ヴィルヘルミナはアレクサンダーに椅子を勧め、そして茶を淹れてからアレクサンダーの正面に腰を降ろした。
そして彼女から口火を切ったのだが、言い淀む姿を見てアレクサンダーは言った。
「まずは、ザックが君達をこの国に来させた理由から話してくれ。俺とアオイのフォローの為
「お察しの通りです」
ヴィルヘルミナは頷き、茶を一口含んでから、顔を上げた。長い睫毛を上下させ、アレクサンダーを真っ直ぐに見る。
「……アレクサンダー様、この国にはもう魔術士は存在しません。魔術士は召喚獣との契約を破棄し、魔術士及び魔術はこの国から消えた。召喚術と転移術も同様です。ですがそれは表向きで、未だ残っている術が二つある。……何だか分かりますか」
「………………」
問われて、アレクサンダーは足と腕を組んで唸った。裏では転移術が使いたい放題だということは知っているが、それを指していないことは流石に分かる。
そして、敢えて聞いて来たところを見ると、アレクサンダーが気付いていないだけで、既にそれを目にしているということ。
「この国で魔術と取って代わって、あちこちで使われているエネルギーか? 名前は分からないが」
「そう。もう一つは?」
ヴィルヘルミナは頷き、さらに促す。これには時間がかかり、しかしアレクサンダーは答えた。昨日疑問を抱いたばかりだが、やはりおかしいからだ。
「魔術や魔法、転移術を無効化する術だろう? それがなければ、この国は侵略し放題だ」
「その通り。少し前の
尤も、有事の際だけの措置なので、魔獣の転移を許してしまった後だったが、とヴィルヘルミナは続ける。
「ベヒーモスは防御に特化した、かつ最強の盾となる召喚獣ですが、守りに優れた召喚獣が他にいない訳ではありません。そういった召喚獣と契約している魔術士のみ、契約の解除を見逃されたのです。つまり、この国を囲む形で張られている術を阻む結界は、未だ機能し続けています」
「……正直、敵視されているという話を聞いたから複雑だが、それは仕方ないだろう」
顎を撫でながらアレクサンダーが言うと、ヴィルヘルミナは苦笑した。
「そうですね。問題は、それによって転移術での密入国が出来なかった点です。だから、私と背格好の似たテディと共に二人で、しかし
「………………」
「マツリ様はアレクサンダー様とアオイ様の入国について、『一般人を装ってでは駄目なのか』と疑問を呈されていましたし、殿下はそれが出来ない理由を仰っていましたが、あれは嘘です。公式の訪問となれば、セパの人間はアレクサンダー様達に注意を払わざるを得ない。つまり……」
「君達が実は二人であると見抜かれる確率も低くなる」
「そうです」
アオイを助けた礼を言った時に知らぬ顔をされたこと、セオドアがアレクサンダー達を囮と言った訳、それらの謎が解けたと胸中で得心する。
だが、疑問は残る。
「何故そこまでして、君の入国を隠さなければならない? 例えルデノーデリア王国の人間でも、テディが問題なく入国出来ている以上、やりようは……」
「いいえ、知られてはならなかったのです」
言いかけた台詞は制され、ヴィルヘルミナは視線と語気を鋭くした。
「アレクサンダー様、私の髪と肌の色で、まだ気付きませんか。……私がこの国の人間であると」
「――――」
言葉をなくしてしまったが、アレクサンダーとて何も考えていなかった訳ではない。ただ、ヴィルヘルミナがセパの出身だったなら何だ、と思う気持ちもある。
しかし、今の状況で告げられると、違うことに思い至る。
「……亡命したんだな? ザックの手を借りて。だが……いつだ? 君はいつこの国を出て、ルデノーデリアに来た?」
「そう昔ではありません。算段を立てたのはアレクサンダー様がヒュドラを従えた魔法士と戦い、そして敗れ、一時期意識不明になっていた頃。セパを出てルデノーデリアへ向かったのが、ヒュドラの件が色々と落ち着いてからです」
「何だと……」
絶句しかけ、しかしそれだけをようやく口にする。
思い出したのは、王城でのザカリエルとの会話だ。
――近隣諸国を行脚して、我が国の『執行人』が生きるか死ぬかの境目だと、涙ながらに触れ回った。
――良い機会だから、近隣諸国の出方を見て、敵味方を見極めようと思ってな。
アレクサンダーが眠っている間にザカリエルはセパに来、そしてその際にヴィルヘルミナはザカリエルと亡命についての計画を立てた。
更には、ベネディクトがヴィルヘルミナ――もしくは『ヴィルヘルム』――を知らなかった件。
「そうか……。君はルキウスの弟子だと紹介されたが、それはこの国での話だった訳か」
「はい」
アレクサンダーの言葉に、ヴィルヘルミナは大きく頷き、それに対して嘆息が漏れる。
ザカリエルがアレクサンダーの屋敷を訪れた際、ルキウスの弟子だろうとヴィルヘルミナを連れて来た意図がいまいち分からなかったが、ある意味重要人物だったということか。
彼女との面通しをせず、この国で初対面していたなら、ややこしい事になっていた可能性が高い。
「あいつ……いつから予測していたんだ?」
眉間を指先で揉み、ザカリエルへのぼやきを口にする。それに対して、ヴィルヘルミナはフォローするように身を乗り出した。
「殿下も、そこまで読んでいた訳ではありませんよ。最初の接触は私からで、その理由は、アレクサンダー様が生死を彷徨っていることを聞いたからです」
「つまり、君はルキウスに師事していた時に何かを知ったか、彼に何か思う所があったということか」
「はい」
ヴィルヘルミナは茶の入った器に手を伸ばし、しかしすっかり冷めていることに気付くと、伸ばした指を引いた。
その指先を膝の上で揉みながら、目を伏せて続ける。
「……ヨーナスは私の兄弟子で、ヨーナスと共にルキウス様から召喚術、そして転移術を学びました。十年以上前からの話です。七年前に国王からお触れが出、魔術の使用を禁ずることになってからは、訓練というよりはささやかな研究が主となっていましたが。……ルキウス様はこの国を訪れる頻度も低くなり、それに伴ってヨーナスとだけ会うようになりました」
ヴィルヘルミナはそこで吐息を漏らし、顔を上げた。
「その時すでに私は蚊帳の外でしたから、彼らが何を話していたのかはわかりません。ですが、召喚獣に関すること、召喚獣についての何か……もっと言えば、良からぬ企みであることは分かりました」
「それは……ルキウスが発明した、召喚獣と人間の魂を紐付ける方法、じゃないのか?」
「………………」
アレクサンダーがそっと口を挟むと、ヴィルヘルミナの両目から涙が溢れ出す。褐色の頬の上を滑る透明な雫に、アレクサンダーが少なからず慌てると、ヴィルヘルミナは深く頭を下げた。
「アレクサンダー様、私が全て悪いんです。アオイ様が攫われたのは――私のせいなんです……」
「どういう意味だ」
反射的に問うたが、気温が上がり始めた室内でも、背中に冷たいものが流れた。
「まさか……
「はい……」
ヴィルヘルミナが頷きながら膝上の布を掴み、皺を作る。その手の甲の上に、数滴の涙が落ちた。それを呆然と眺めながら、アレクサンダーの唇から掠れた声が漏れる。
「ヨーナスは……アオイを『器』にして、『魔導士』を作るつもりなのか……!」
その台詞にも、ヴィルヘルミナは大きく頷いた。
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