(9)


「捕らえられている? 召喚獣が? ヨーナスに?」

 思わずオウム返しをしてしまったが、それを機にセオドアへの質問が次々と湧く。身を乗り出すセオドアを制止し、告げた。

「聞きたいことは沢山ある。ありすぎて、正直俺も少し混乱してる。頭の中で整理したいから、まずは食おう。酷い顔色だ」

「は、はい……」

「テディ、お前にも動いてもらう必要がある。頼りにしてるから、早く元気になってくれ」

「はい!」

 セオドアの肩をポンと叩いて微笑むと、セオドアは感極まった様子で顔を紅潮させたが、

「よく噛んで食えよ。水分も十分摂れ。便所に行きたくなったら遠慮なく言え。運んでやる」

 続けて言うと、セオドアが半眼になった。


 静かに、しかし出来る限り早く食事を終えると、改めて状況確認に移ったのだが。

 アレクサンダーの予想通り、セオドアはやはりザカリエルに命じられてセパに来たらしい。

「任務は有事の際の補助ですが……実はもう一つありまして」

 食後の水を飲みながら、セオドアが言い辛そうに切り出したので、アレクサンダーは頷いた。

「俺の補助なら俺とアオイに同行する形で来ればいい話なのに、わざわざ別行動をしていたんだからな。何かあるんだろうと思ってた」

 アレクサンダーが嘆息すると、セオドアは汗を流して呻く。が、決心したように顔を上げた。

「アレクサンダー様。俺が見る限り、アオイが傷つけられる可能性は低いと思われます。アオイはヨーナスにとって他では得難い、貴重な人材だと言っていたんです。その意味までは分かりませんが、少なくとも太陽神ケツァルコアトルに関係していることは間違いありません」

 ヨーナスの契約している召喚獣が、アオイとどう関わって来るのかはわからないが、現段階では考えても詮無いことであり、それよりも重要な事柄がある。

「アオイは隣の部屋で一人になった時、恐らく転移術を利用して攫われた。お前がケツァルコアトルを見たのは、アオイが転移させられた先ということだな? どうやってそこを特定した?」

「アオイの魔力を辿ったのですが、特定と言っても住所のような詳しい場所が分かっていたのではなく、アオイのいる場所を目指して転移術を使ったんです」

 だから歩いてそこに行くのは無理だし、今頃アオイは別の場所に移されているだろう、とセオドアが続けたので、アレクサンダーは軽く息を吐いて髪を掻いた。

 が、そこで気付く。

「待て。転移術が使えてアオイの魔力を辿れるなら、もう一度行くことも可能じゃないか?」

 目的地は特定の位置ではなく『アオイのいる場所』だというのに、何故出来ないと決めるのだ、と問うと、セオドアは目を伏せる。

「俺がアオイの魔力を辿れたのは鉄鎖グレイプニルの能力に頼っただけですし、俺は転移術を使えません。グレイプニルは今弱っているので、俺が回復しない限りはアオイの気配を探すだけでも難しい状態です」

「テディ、転移術を使えないのに、どうやってアオイの元に――」

 質問を重ねかけて、気付いた。

 セオドアがアレクサンダーに同行しなかった理由、そして、ザカリエルがセオドアに命じた任務。更にはセオドアが出来ない転移術。これらの疑問を解消する答えは一つだ。

「お前だけじゃないんだな? 俺達を追ってセパに来た人間は」

 アレクサンダーが言うと、セオドアは大きく頷いた。

「アレクサンダー様、簡潔に言います。殿下は、アレクサンダー様とアオイを囮にしたんです」


 セオドアが書いてくれた地図を元に、観光客向けではなく出稼ぎ人向けの宿屋がある一角を目指した。

 昼にはまだ早い時間帯でも徐々に気温が上がっているので、マントは羽織らず、しかしセパの服を着て昨晩と同じくホテルを出ると編んでいる髪の色を変えた。帯剣をしていると目立つので、ゆとりのある袖の中にナイフだけを忍ばせて、頭にはストールを軽く巻くと、体格以外で目立つことはないだろう、という風体になる。

 街の中心から外れに向かって少し歩くと、目的の宿屋が見つかった。カウンターに陣取っている主人に客のことを聞くと、胡乱な視線が投げられる。

「お前さんが言う客は、確かにうちに泊まってる。そいつは今外出中だが、どういう用件だ?」

「昨日酒場で意気投合して、また会う約束をしてたんだ。野暮な質問はするなよ」

「………………」

 含みを持たせた台詞を言ってから、次いで素早く告げる。

「部屋で待たせて欲しい。揉め事は起こさない」

 言いながら、主人の手に数枚の金貨を握らせると、古びた鍵を渡された。部屋番号も教えられたので、礼を言って上階に上がる。

 言われた部屋の扉の鍵を開けると、簡素な室内が目の前に現れた。一応気配を探るが、探る必要がないほど狭かったので、アレクサンダーは窓際の椅子に腰かけると、腕を組んで目を閉じた。

 目的の人物はすぐには戻らないだろうから、アオイの魔力を辿れないかを試してみる。が、無理だった。

 目星をつけて魔術士や魔法士の気配を探るのは、契約している召喚獣の能力に依る部分が大きい。アレクサンダーとアオイは双頭の蛇アンフィスバエナによって繋がっているが、距離が遠いかヨーナスが対策を講じていれば居場所の特定は無理だろう。

 セオドアの回復を待つか、それとも金を払ってメルヒオールを雇うか。そのどちらかだろう。

 ふと、廊下から気配を感じて目を開ける。

 一番奥の部屋なので、扉の前に立つのは借主だけだろうが、アレクサンダーが来ていることは主人に聞いた可能性が高い。口止めもしなかったが。

 ゆっくりと立ち上がり、扉越しに声をかけようとしたところで、

「アモス」

 そんな小さな声が耳に届き、同時にアレクサンダーの足元に魔法陣が現れた。生まれて初めて目にする、漆黒の魔法陣だ。

 それが発動する前に、アレクサンダーは声を上げる。

「俺だ、アレクサンダーだ!」

「!」

 息を飲む音が聞こえ、そして魔法陣が一瞬で消える。安堵の息を吐くと、扉がゆっくりと開いた。

「……アレクサンダー様。何故……」

「テディは俺が保護している。怪我を負ったが、命に別状はない」

「………………」

 アレクサンダーの台詞に、はほっと息を吐く。疲れが見えるが、一晩中セオドアを探していたのかもしれない。

 室内に足を踏み入れてそっと扉を閉め、アレクサンダーに相対する人物を見て、何故ザカリエルはセオドアを選んだのかがよく分かる、と思った。

 魔術で髪と瞳の色を偽装し、軽装ではあるが容貌が分かりにくい衣服を身に着けると、二人は良く似ているからだ。セオドアは鍛えてはいても大柄ではなく、そして、どちらかというと線が細い。

 更には、未熟な面があれど実力は申し分ないとなれば、セオドア以外に適任者はいなかっただろう。

「……テディは無事なのですね、良かった……」

 言いながら頭部を巻いている布を取り、アレクサンダーに微笑む女性に、アレクサンダーは頷いた。

「ヴィリー。どういうことなのか、聞かせてくれ」

 言うと、ヴィルヘルミナ・ホルンは眦を下げて頷いた。

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