(3)


 全員が突っ立ったままでは落ち着いて話が出来ないので、アレクサンダーとアオイ、そしてイーヴォはソファセットへと腰を降ろした。

 アレクサンダーの正面に座ったイーヴォは、アレクサンダーの眉間の皺に視線をやり、それからアオイの不安げな表情を見、最後にアオイの服装に目を留めた。

 アオイが女性用の衣類を身に着け、イーヴォの前に立ったのは今が初めてだ。なので、聞かれる前にアレクサンダーから言った。低い声で、剣の柄から手を離さないまま。

「先刻言った俺の伴侶とは、このアオイの事だ。昨晩アオイが入浴中、ヨーナスと名乗る男が現れて、アオイを攫おうとした。外部の助けが入ってそれは阻止されたが、直ぐに君に報告をしなかったのは、ヨーナスの姿形含めて非常にデリケートな話となるから、まずはこういった場で説明したかった」

「……配慮に感謝します」

「感謝をするのはまだ早い。話の流れによっては、俺は君の首をこの場で刎ねることも躊躇わんからだ」

 軽く頭を下げたイーヴォに対し間髪入れずに続けると、イーヴォは眦を下げて汗を流した。その様は、ヨーナスの尊大な態度とはかけ離れている。

 顔立ちも体格も何もかも、頬の傷の位置まで同じだが、これが演技なら弟子入りをしたいくらいだ、とアレクサンダーは自嘲気味に思った。

 とまれ、順に聞く。

「君の弁明が事実であるとして、改めて問う。ヨーナス・アコンニエミと君の関係は」

「兄です。双子の……」

 先に言った内容の繰り返しだが、その先は初めて聞く内容だった。

「優れた魔術士なのですが、少し前から行方知れずになっておりまして……。そして、アレクサンダー様がここに来た理由である、ルキウス・ツィアーノ様と接触のあった魔術士というのが、ヨーナスなのです」

「行方知れずになった理由は」

 アレクサンダーが身を乗り出すと、イーヴォは困ったように僅かに口元を緩める。

「この国が、召喚獣との関りを一切禁じていることに関係しています」

「さっき、優れた魔術士だって言ったのは……」

 アオイがそこで口を挟み、過去形ではなかったことを指すと、イーヴォは頷く。

「国王よりお触れが出た時から、この国全ての魔術士は召喚獣との契約を解除しました。させられた、とも言います。ですがヨーナスだけはそれを拒否し、王命によりかかった追手から逃れる為に、姿を消したのです」

太陽神ケツァルコアトルか」

「はい」

 アレクサンダーの台詞にイーヴォは頷いてから、指先で額を押さえる仕草をした。褐色の肌の彼でも、顔色が悪くなっているのがわかる。

 魔術士は基本、誰かと会う度に契約している召喚獣を紹介して回ったりはしない。聞かれれば答えるし、知られても痛いことはない。が、反面、初対面の人物が相手であれば、教えても問題がないかどうかを見極めなければ、最悪の場合弱点を教える結果となることもある。召喚獣の力を借りて戦う魔術士ならば、尚更。

 だというのに、アレクサンダーが知っているということは、ヨーナスが自ら口にした、もしくは『暴れた』可能性を考えたのだろう。どちらにしても、イーヴォには頭の痛い案件だ。

 しかし、アレクサンダーには彼に同情出来ない理由がある。

「君はヨーナスではないそうだが、その頬の傷はどう説明するつもりだ?」

 イーヴォがどれだけ真摯に説明をしようと、警戒を解けない理由だ。基本人の良いアオイでさえ、未だ身を強張らせている。

 アレクサンダーの問いかけにイーヴォは一瞬躊躇を見せて顔を伏せたが、直ぐ様顔を上げて背筋を伸ばす。

「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、事実だけをお話しします。私とヨーナスは物心ついた時から、恐らく生まれた時から……どちらかが怪我をすると、もう片方の身にも傷が現れる体質なのです」

 これを『体質』と言えるかどうかはわかりませんが、とイーヴォは言い足し、アレクサンダーとアオイをじっと見る。表情は強張り、アレクサンダー達の次の反応を覗っていた。

 アレクサンダーはというと、俄かには信じ難い、というのが正直な気持ちだ。嘘を言っているようには思えない。だが、イーヴォが真実を述べているつもりでも、説明とは異なる理屈で現象が起きている可能性もある。

 アオイをそっと覗うと、アレクサンダーよりは迷いのある表情が見える。攫われかけたのは、他でもないアオイだ。だから、アレクサンダーの考えよりもアオイの意見を尊重したい気持ちが、アレクサンダーには十二分にある。

 一方、アオイ自身、己の身体について色々と事情を抱えている。イーヴォの説明をどう捉えるかの迷いはそこから来る同情であるだろうし、その同情によって判断を鈍らせても不思議ではないという懸念がある。

 どうしたものかな、とアレクサンダーは顔に出さずに嘆息し、アオイが結論を出すまでの間にイーヴォに問いを重ねた。

「聞きたいんだが……『魔導士』とは何かわかるか?」

「魔導士……」

 心当たりがあったようで、イーヴォは言葉を選びながら返して来た。

「……ヨーナスほどではありませんが、私もルキウス様と何度か顔を合わせたことがあります。その際に、ルキウス様が口にされていましたが……魔導士とは魔術士、魔法士とは異なり、真なる魔法を統べる者だと」

「真なる魔法?」

 ヨーナスがアレクサンダーをそう呼び、ルキウスがそう名付けたとなると、意図は理解出来る。

 アレクサンダーは『執行人』ではあるが、それは国が定めた役職名でしかない。魔術士も魔法士も召喚術士も、その人物が操る術、もしくは性質を示す名称であり、アレクサンダーにはそれがない。召喚獣と魂を結び付けた、前例のないただ一人の存在だからだ。正確に言えば、アオイがいるから二人になったが、いずれにせよ、ルキウスはそれを考えていたということか。

 思わず剣の柄を握る手に力が篭もり、イーヴォがそれを見て首を傾げる。

「アレクサンダー様?」

「いや、なんでもない」

 首を振って言ったが、嘘だということは分かっただろう。それでもそれを指摘せずに、イーヴォはアオイに視線を送る。アレクサンダーも釣られて彼女を見ると、アオイは決心したように口を開いた。

「イーヴォさん、正直な所……公式訪問の初日に不快どころじゃない怖い思いもしたし、それが今後起きない保証もない。ですから、アレックスの考えがどうだろうと、政治的にどうだろうと、僕は暴挙を許せるほど心が広くはありません」

「は、はい……」

 アオイが真っ直ぐにイーヴォを見て言った台詞に、彼が僅かに目を瞠って姿勢を正した。アレクサンダーの付き人としてか、それとも被保護者としてか、アオイを甘く見ていたな、とアレクサンダーはこっそりと思う。

 そんなアレクサンダーを余所に、僅かに頬を染めるイーヴォにアオイは続けた。

「ただ、イーヴォさんとこうして話していると、言い逃れの嘘を言っているようにも思えない。それが本音です。完全な信用は出来ませんし、警戒しない選択はない。ですが、今後の動向によってはあなたを信頼します。……今のところは、それでいいですか?」

「は、はい。……ありがとうございます」

「いえ」

 頭を下げるイーヴォだが、そんな彼を見るアオイの表情は、ともすれば冷徹にも見えるものの、アレクサンダーには分かる。自分の感情を横に置き、理性的に物事を進めようとしている、そう徹しようとしている顔だ。

 この国に来てまだ二日目。アオイの表明は、これ以上ない適切な落としどころだろうな、とアレクサンダーは思った。軽く息を吐きながら。


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