第三章/共鳴

(1)


太陽神ケツァルコアトル?」

 アオイの口から出て来た名前に、アレクサンダーは首を傾げた。

 アオイの危機だったことも含め、その場にいなかったのが悔やまれる程に、あまりにも情報量が多い。

 まず、アオイを連れ去る目的で現れた男は、『ヨーナス・アコンニエミ』と名乗ったらしい。セパに来てからアレクサンダーらの案内役となっていたイーヴォ・アコンニエミと寸分違わぬ姿だったが、別人だそうだ。

 そのヨーナスは、自らをケツァルコアトルと契約した魔術士だと名乗り、アオイが『選ばれた』存在だといったことを告げて来たらしい。

 そして、アオイを助ける為に飛び込んで来た、謎の男。アオイは、彼は客船でも助けてくれた人物だと断言した。だとすれば、アレクサンダーが一瞬誤解をしたとはいえ、逃げる必要はないはずなのに、何故遁走したのか。

 色々と疑問が湧くが、何よりもアオイの顔色が悪いのが一番の懸念だった。

 アオイはセパに来てから、いや、セパに来る前からと言うべきか、何かと本調子ではない。出立時には万全に見えたが、気候の変化で体調を崩してもおかしくないのだが、心理面の影響もあるように見える。

 気付いたことがあればアレクサンダーに言うように言ったが、アオイ自身がどう言えば良いのか整理し切れていないと、アレクサンダーに言うどころではないのだろう。

 それでも、部屋に戻ってアオイに身形を整えさせてアレクサンダーの部屋に行き、アレクサンダーも服をきちんと着てから並んでベッドに腰かけると、アオイも落ち着いたようだ。

「ザックの話では、この国は召喚獣を利用することを良しとしないようになったそうだが、なのに魔術士が残っているのか」

「『残って』って、その……魔術士がいたらどうかされてたってことなの?」

「いや、そういう意味じゃない。魔術士と召喚獣との契約を解かせたのではないか、と」

 恐らくアオイは、魔術士が集められて『処分』される光景を思い浮かべたのだろうが、アレクサンダーは安心させるように笑みを浮かべながら首を振る。

「召喚獣との契約は、一度してしまったら解除不可能というものじゃない。家系によっては契約を子世代に引き継ぐ場合もあるから、むしろ解除が出来ないと困る」

「あ、なんだ」

 アオイが明らかにほっとしたので、頷いて続ける。

「勿論、俺のような例外の契約者もいるし、召喚獣との契約は繰り返し契約と解除が出来るというような、軽いものでもないが……国の指針で召喚獣との関りを断ったのなら、魔術士もいなくなったと見るのが妥当だろう。それとも、国策とはいえそこまで厳しいものではないということか」

「でも、ルデノーデリア王国を敵視までしておいて、そんな中途半端なことするかな」

 アオイが唇を尖らせるが、それについてはアレクサンダーも同感だ。

 とはいえ、何かを確信させる為の材料が少なすぎるのも確かだ。

「今日はもう遅いから、明日イーヴォに色々聞こう。アオイも疲れただろう」

「ん……」

 細い肩を軽く抱いて、アオイのこめかみに軽くキスをすると、ようやくアオイの表情に笑みが戻った。


 アオイが狙われていると分かっていて一人には出来ないので、アレクサンダーの部屋のベッドに二人で潜り込み、抱き合いはしないまでも身を寄せ合った。

 枕元のランプ以外は灯りは消したが、色々あったせいで眠れないのか、アレクサンダーの腕を枕にしているアオイが、ぽつりと言って来る。

「さっき連れ去られそうになった時、魔法を使おうとしたんだけど出来なかったんだ。ヘルミルダがケツァルコアトルを恐れてるからって言われたけど……こういうのって良くあることなの?」

「珍しくはないな。ザックの獣王ベヒーモスの例が分かりやすいが、召喚獣の強さは魔術士同士の戦いの勝敗にも関係して来る。……が、前にも教えた通り、召喚獣がどれだけ強かろうと、魔術が召喚獣のものである限り、覆せない差ではないんだ」

「つまり?」

「ベヒーモスの『威嚇』で言うと、事前に来ることが分かっていて心構えをしていたら、あの咆哮の最中でも魔術が使えなくもない。あくまで理屈で言えば、だが、戦いようはある」

 アレクサンダーが言うと、アオイは苦笑する。

「気の持ちようってことかな」

「そうとも言う。俺が前に戦った水蛇ヒュドラも、双頭の蛇アンフィスバエナの属性もあって相性が悪い相手だったが、それでも二戦目は勝てただろう?」

「だったね」

「まあ、アオイが来てくれたおかげなんだけどな」

 頷くアオイに笑いながら言い足すと、アオイが目を細めて軽く笑う。

 アオイも魔法を使って戦うとなると、付け焼刃程度の知識では逆に危険だ。ケツァルコアトルの属性は何だったか、と顔には出さずに考えてみたが、アレクサンダーとて全ての召喚獣について知っている訳ではない。だが少なくとも、アンフィスバエナの上位属性であることは間違いなさそうだ。

 ふと気付くと、アオイが目を閉じて寝息を立てていたので、アレクサンダーはアオイの肩にシーツをそっとかけた。日中は気温の高いセパでも、夜となると少し肌寒さを感じる。アオイが体調を崩さなければいいが、とアレクサンダーはアオイの前髪を指先で軽く梳いた。

 気にしていることを気取られると、アオイが何を言うか、アオイが何を感じるかわかっているので顔にも出さないが、ここ数日でアレクサンダーがアオイの危機に居合わせなかったのは二回目だ。

 どちらも誰かに助けられてなんとかなったが、これ以上の失態は許されない。

 国のトップであるザカリエルの働きかけによる公的な訪問ということで、セパに入国すれば逆に安全だと思って気が緩んでいた。だが、来訪初日からアオイを狙う者がいるとなれば、気を引き締めねばならない。

 ここに来た目的である調査は大事だが、アオイの身の安全が脅かされるのなら、アレクサンダーは当然アオイを優先する。ルキウス元枢機卿が何かを企んでいたとしても、彼はもうこの世にはいない。一方アオイは生きており、アレクサンダーにとってかけがえのない存在だ。

 場合によっては、セパに来た目的を遂げないままの帰国も視野に入れなくては、と思いながら、アレクサンダーも目を閉じた。

 考えながら眠りに落ちたせいか、夢の中にはアレクサンダーが手にかけたルキウス元枢機卿が現れ、何度も見た微笑を浮かべながら、アレクサンダーに呼びかけて来た。

 『魔導士』アレクサンダー、と。



 翌朝、髪に触れられている感覚で目を開けると、アレクサンダーの長い髪の毛先を指先に巻き付けて遊んでいるアオイが見えた。

 アレクサンダーが数度瞬きをすると、昨晩の横になった姿勢とは変わらないアオイが苦笑する。

「あ、ごめん。起きた?」

「いや、別に構わないが……そんなに面白いものか?」

 欠伸を堪えながら問うと、アオイは小首を傾げた。

「面白いっていうか、手触りが良いんだよね。大切に手入れされてるって感じ」

「俺はそれほど熱心じゃないんだが、レイやファビィが五月蠅くてな。髪の艶出しだ何だとあれこれ買って来るんだ」

「そうなんだ」

 アレクサンダーが入念な手入れをしているものと思っていたらしく、アオイは目を瞠ってから笑う。アレクサンダー自身は特に思い入れがある訳でもないが、アオイが気に入っているというだけで少しは大事に扱おうと思えるから不思議だ。

 お返しのようにアオイの髪を軽く撫でてから身を起こすと、アオイも倣うようにして起きた。なんとなく軽くキスをして細い身体を抱き寄せると、アオイからも頬に唇を落とされた。

「おはよう、アレックス」

「ああ、おはよう」

 朝の挨拶を交わして笑い合い、改めて思う。

 命に代えても、アオイは守らなければ。


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