(幕間:1)

(幕間:1)


「テディ、殿下がお呼びだ」

 同僚の騎士と訓練という名のチャンバラをやっていたセオドアは、ベネディクト・ヴォルフ騎士団長のその声に手を止めた。

 そして、渋面になる。

「その呼び方、止めて下さいって。威厳がなくなるんですよ」

「はっはっは。元からないものが、なくなる訳ないだろう」

 快活に笑いながら、しかも即座に返されて唸るしかなくなってしまったが、いくら次代の騎士団長と目される程有能であっても、十九という若さで未婚なら、セオドアはどちらかと言うと『可愛がられる』立場だ。

 なので、ベネディクトを半眼で見るだけに留めて、セオドアは脱いでいた紺色のジャケットを手に取る。

 それを羽織ってから白のマントを肩に留め、小走りになって王城へと急いだのだが、すれ違った女性の騎士の視線を幾度か感じた。


 そう時間をかけず、ルデノーデリア王国の国政を実質取り仕切っている、皇太子殿下であるザカリエル=グシオン・エメライトの私室へと到着する。

 廊下に立っている護衛の近衛騎士に声をかけると扉が開かれたので、セオドアは名乗りながら入室したのだが、先客を認めたので、言う。

「……接待中でしたか。出直しましょうか?」

「いや、彼は関係者だ」

 そう言われたので歩を進め、促されるままソファセットに腰を降ろす。セオドアの立場を考えれば、座るように言われるのも異例なのだが。

 とまれ、セオドアはザカリエルの隣に座る美青年を失礼でない程度に眺めた。

 白金の髪に白い肌を持つザカリエルとは対照的な、艶やかな漆黒の髪に褐色の肌。同性のセオドアでも、一瞬目を奪われる美貌の男だ。

 ザカリエルはセオドアを数秒だけ観察してから、片手で軽くその男を示した。

「見習い魔術士のヴィルヘルム・ホルンだ。ヴィリー、こっちはセオドア=ヴァレリア・コンスタンティン。テディと呼んでやれ」

「…………。……お初にお目にかかります、ヴィルヘルム様。私も『ヴィリー』と呼ばせて頂いても?」

「はい、テディ。以後お見知りおきを」

 セオドアと呼べ。――とは流石に言えず、セオドアは視線でザカリエルに説明を求めた。

 ザカリエルは長い足を組んで肘掛けに頬杖を突き、窓の外を眺めながら言って来る。

「テディ、お前に極秘任務を与える。このヴィリーを数日護衛してくれ」

「は?」

「嫌か?」

 呆けた声を発したセオドアに、ザカリエルが明後日の方向を見ながら問うて来る。なので、セオドアは慌てて首を振った。

「そうではありません。殿下直々のご命令とあれば、喜んでお受け致します。ですが、だからこそ俺……私よりも適任者がいるのでは、と思うのですが」

「お前より強い騎士はいるだろうが、お前の召喚獣の特性が、この任務に最も適していると判断した」

 ここでやっと、紫水晶の瞳が向けられる。その視線の鋭さに顎を引きつつ、セオドアは低い声を出した。

「召喚獣……ですか」

「お前、まだ伴侶はいないだろ?」

 唐突に聞かれて、セオドアは渋面になった。

「いませんよ。悪いですか」

「悪いって訳じゃない。それが都合が良いからだ」

 揶揄っているのかと一瞬思ってしまったが、察した。

「私が鉄鎖グレイプニルを使えるからですね」

「ご名答だ」

 セオドアがザカリエルの目を見据えながら告げると、ザカリエルは満足げに大きく頷いた。



鉄鎖グレイプニルは、少し特殊な召喚獣でして」

 任務の概要を聞き終えると、ザカリエルに『二人で外を散歩して、親交を深めておけ』と言われたので、セオドアは王城の外に広がる庭園にヴィルヘルムと共に出た。

 他には人影もいないので、ヴィルヘルムを安心させようと思って、セオドアから口火を切った。

「我がコンスタンティン家が代々継いで来た、唯一無二の召喚獣です」

 正確には『契約』になるのだが、この国では暗黙の了解で、しかも相手が魔術士であるなら、そこまで言い添える必要はない。

 ゆっくりと歩を進め、美しく咲いている薔薇を指先で撫でつつ、セオドアは続ける。

「ザカリエル殿下の契約している召喚獣『獣王ベヒーモス』と同じく、攻撃は出来ません。かといって防御が出来るというものでもなく、あくまで戦闘の『補助』、もっと言うと……『鎖』の名の通り『対象の拘束』の為にしか使えないのです」

 それだけで、護衛任務に向いている、という意味が理解出来たらしい。ヴィルヘルムは得心したように頷く。

 『対象の拘束』に特化した魔術というのは一見頼りなく思えるが、騒動を起こしたくない、もしくは敵とは言え殺生を避けたい場合はこれ以上なく便利な術となる。

 そして、それを扱うセオドアが剣で戦う騎士であるのなら、魔術の特性の重要性は次点で良い。

 と、ヴィルヘルムが小首を傾げて問うて来た。

「あなたに伴侶がいるかどうかは、どう関係してくるのですか?」

「ああ……」

 結構聞き辛いであろうことを聞いて来るな、と内心驚きながら、セオドアは笑った。

「簡単な話です。本来召喚獣グレイプニルは、コンスタンティン家の騎士ではなく、その配偶者が契約することになっているからです」

 尤も、伴侶となる人間が見つかり結婚するまでは、管理の意味も込めて次期当主となるセオドアが使役するのだが。

「……確かに、グレイプニルが得意とする魔術が補助属性であるなら、その方が理に適ってますね」

 とはいえ、グレイプニルの『得意技』は他にもあり、そちらが理由でコンスタンティン家専属の召喚獣となっているのだが、そこまで言う必要はない。

 ヴィルヘルムはまた頷き、吹いた風に揺れた漆黒の髪を手で押さえた。そして小さく身震いしたので、セオドアは眦を下げる。

「中に入りましょう。この国の寒さは、慣れないと辛いですから」

「え……」

 セオドアからすればごく当たり前の台詞だったのだが、ヴィルヘルムは意外にも目を瞠る。そして、僅かに表情に警戒を見せた。

「……言いましたか? 私が他の国の生まれで、ここに来て日が浅いと」

「いえ、言ってませんし聞いてません」

 気候のせいではなく変わった温度に、セオドアは首を振る。ヴィルヘルムが訝し気に眉を顰めたので、セオドアは続けた。

「グレイプニルの習性のようなもので、魔術士の近くにいれば、なんとなくですが召喚獣の性質がわかるんです。そして、国によって契約される召喚獣の傾向も変わる。あなたが契約しているのは……『闇』を操る召喚獣ですね」

 そこで言葉を切り、ヴィルヘルムの表情を覗う。特に否定の色はないので、更に言った。

「この国で、そのような召喚獣と契約した魔術士はいない。だから、他の国から来られた方なのだろうと思いました」

 言い終えて小さく笑うと、ヴィルヘルムは無言でセオドアを見つめてから、嘆息した。

「……護衛対象の情報は、可能な限りくれないと困る。――そういうことですか」

 その台詞に込められた呆れに、セオドアは僅かに唇を歪めた。片手を腰に当て、もう片方の手を軽く振る。

「まあ、そうですね。ザカリエル殿下直々の指令となれば、あなたがそこらの下っ端であるはずがない。任務の危険度にも響くから、次は出来れば自発的に教えてくれませんかね?」

 セオドアのやや砕けた口調にヴィルヘルムは苦笑し、大仰な仕草で肩を竦めた。

「敬語はもう結構。あなたは、素直に騙されてくれる人間ではない、ということがわかった」

「まあ、ザカリエル殿下が率先して騙して来た感があるけどよ」

 セオドアは半眼になり、それからヴィルヘルムの肩を軽く叩いた。

「ま、とりあえず中に入ろうや。温かい茶でも飲みながら、親交を深めようぜ。今後の為に」

 笑いながら言うと、ヴィルヘルムは目を細めて頷いた。


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