(11)


 アオイのスタンガンがセパに行くまでに間に合わないとなると、魔石以外の護身の術を考えておく必要がある。――が、結局その日の就寝時間になっても、妙案は浮かばなかった。

 寝間着に着替えて長い髪を軽く編むと、アレクサンダーはベッドに入る。灯りを全て消して目を閉じたが、中々眠れなかったので思考を巡らせていると、扉がそっと開く音がした。アオイが忍び込んで来たらしい。

 嘘は不得意だが、寝たふりだけは他者の追随を許さないアレクサンダーなので、目を閉じたまま呼吸を深くしていると、アレクサンダーは熟睡していると見たらしいアオイが、布団の中にそっと滑り込んで来た。横向きになっているアレクサンダーの懐に入り、胸元に身を擦り寄せて来る。

 その瞬間を狙って、アオイの腰に腕を回して抱き寄せると、アオイが悲鳴を上げた。

「狸寝入り!!」

「タヌキ?」

 耳慣れない単語が飛び出て来たので聞き返したが、それを無視してアオイが眉間に皺を寄せて言って来る。

「なんで寝たふりするんだよ!」

「アオイこそ、何故忍び込んで来るんだ」

「まあそこはそれ。んじゃお休み」

 アレクサンダーの問いには、それだけを返してアオイが寝ようとしたので、アレクサンダーは指先をアオイの着ている寝間着の下に滑り込ませた。

「わ……!」

 途端にアオイが身を捩ったので、素肌を撫でる手を止め、アオイの顔を覗き込むようにして聞く。

「駄目だったか?」

「いや、駄目って言うか……」

 拒否ではないらしいので、鼻先をアオイの耳の下辺りに突っ込んで、白い首筋に軽く歯を立てる。それから舌でその箇所を舐めると、アオイが震えた。

「ちょ、アレックス……」

 アレクサンダーの肩にアオイの手が置かれたので、顔を離して確認した。

「どうした? 無理だったら言ってくれ」

「無理じゃないけど……その」

 アオイが暗い中でもはっきりと分かるほど頬を染めているので、拒否ではないらしい。それならばとそれ以上は聞かずにアオイに口付け、唇の隙間に舌を差し込むと、アオイから舌を絡めて来た。アレクサンダーの肩に置かれている手が動き、細い両腕が首に回されたので、身体の向きを変えてアオイを下敷きにする。

 最初の性交渉以降二回目もなく、その上アオイからベッドに入って来ても共に寝るだけだったので、自分でも思わぬ内に色々溜まっていたらしい。すぐに息が荒くなり、下腹部に熱が籠もるのを感じる。

 キスを続けながら両手でアオイの滑らかな腹部と腰を撫で、そのまま上に滑らせて小ぶりだが形の良い乳房を掴んで揉むと、アオイが小さく震えて呻いた。

 目の前でアオイの眉が寄る様を見て、一旦顔を離してもう一度問う。

「アオイ、都合が悪かったら止めるが……」

「……いや、そういう訳じゃなくて……」

 半泣きに近い顔で、しかしアオイが首を振る。アレクサンダーが辛抱強く次の台詞を待っていると、アオイが唸ってからぼそぼそと言って来た。

「その……レイさんとかファビィとか……声が聞こえそうで……」

「………………。それは大丈夫だと思うが」

 予想外の方向から不安を告げられ、思わずそう返してしまったが、アオイは顔を更に赤くして言って来る。

「大丈夫じゃないよ! 聞かれてたら気まずいじゃん! 恥ずかしいだろ!!」

「わ、わかった。じゃあ明日の朝、聞こえてたかどうかレイに確認を……」

「聞くなよ!!!!」

 アオイがとうとう怒鳴ったので、その声の方が余程響くのではと思ったが、それは言わないでおく。ともあれ問題点が明らかになったので、アレクサンダーは身を起こしてアオイに跨ったまま態勢のまま寝間着の上を脱ぎ、上半身裸になった。



 気絶したように眠っているアオイの額を撫でてから、アレクサンダーはベッドからそっと出た。

 室内履きを履き、裸にガウンだけを羽織って部屋の隅にある姿見の前に行く。

 鏡の中から見返して来る赤と碧の瞳を見据え、召喚獣の名を呼んだ。

「ルタザール、ヘルミルダ。……今から俺が言うことを聞いてくれ」

 言って目を閉じ、自身の中に流れる魔力と、双頭の蛇アンフィスバエナの繋がりを意識する。

 絹糸のようなか細いそれが、闇の中で光るような感覚を捉え、更には剣のように研がれた先端がアオイへと向かうイメージを紡ぐ。

 十分近く目を閉じたまま続け、アレクサンダーはそっと目を開けた。

 姿見の中には、光の届かない場所でも輝く金糸の髪に、一対の深い碧の瞳となったアレクサンダーが見えた。


 * * *


 日を跨がなければ対岸が見えない程の広さだが、海ではなく湖なのだと言うと、例のワンピースを身に着けたアオイが目を瞠ってから笑う。

 ――と、一転してアオイが眉を顰め、周囲を見渡した。

「……今、何か聞こえなかった?」

「いいや。波の音か?」

 アレクサンダーも耳を澄ませてみたが、船が水面を掻き分ける音が主で、変わったものは聞こえない。

 アオイは小首を傾げて、しかし気になる様子でまた頭を巡らせた。

「何が聞こえたんだ? 人の声か?」

「うん」

 アレクサンダーが問うと、アオイは僅かに目を伏せる。

「『助けて』って。……確かにそう聞こえた」



第一章:囀り(終)

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