(8)
王城前に到着すると、アレクサンダーとアオイは馬車から降り、ベネディクトがいる見習い騎士の寮へを足を向けた。
アレクサンダーと一緒なので、玄関では特に止められることなく寮内に入れたが、何故かアオイは一瞬だけ躊躇う素振りを見せる。
「どうした?」
「あ……僕、入っても大丈夫?」
言って目を伏せるアオイの意図を察したが、アレクサンダーはそれに気付いていない振りをして、微笑んだ。
「ベンに用があるのは、俺じゃなくアオイだろう? 騎士団から見ればアオイは部外者だが、俺も一緒だしな」
「そ、そう?」
ほっとした様子で苦笑するアオイに頷くと、アレクサンダーはアオイの背をそっと押した。
前もって連絡していたので、ベネディクトの部屋に行くと出迎えられる。騎士団長という立場なので、部下の監督等彼も忙しかったはずだ。なので、金髪碧眼の親戚の顔を見ると、アレクサンダーは何よりも先に礼を言った。アオイも頭を下げると、ベネディクトは目を糸にして笑う。
「俺に頼みごとなんて、それなりの事情があるんだろ。だったら遠慮するな」
言ってアオイの肩を軽く叩き、室内に招き入れてくれる。
ソファを勧められたのでアオイと並んで腰を降ろすと、ベネディクト自ずから紅茶を入れてくれた。それに、用意していたらしいクッキーも。
「で、どうしたんだ?」
アレクサンダーの正面に腰を降ろしたベネディクトに問われ、アレクサンダーがアオイを見ると、アオイは軽く頷いてからベネディクトに言った。
「あの……前に魔獣に襲われた事件の時のことなんですが。テディさんに護衛されながら、ベネディクトさんの家へ向かっていた際に、あるものを町中で落としてしまったんです。どこかに保管されてないでしょうか?」
アオイが慎重に落とし物の形状を説明すると、ベネディクトは碧眼を瞬かせてから、口元を緩めて頷く。
「ああ、あるよ。しっかり保管してる。あの時は大騒動だったし、住民が避難途中で何かを紛失するのもよくあることだから、後で持ち主に返す為に聖堂の別館になる保管所で、きちんと管理されてる」
「本当ですか!?」
アオイが身を乗り出すと、ベネディクトは苦笑して肩を竦める。
「嘘ついてどうするんだ。……というか、事の次第によっては、拾得物が
「あ……はい」
微妙な表情で頷くアオイの横で、アレクサンダーはこっそりと息を吐いた。
あの時、敷地内にアレクサンダーはいなかったが、ザカリエルや騎士団、それに自警団の尽力により、死者は出なかったと聞いている。しかし、それでも国民だけでなく防衛にあたった者の中には重傷者も出たというのだから、運が良かったのだろう。
そして、そのような事態を引き起こしたルキウス元枢機卿。
アレクサンダーが『執行人』になってから、十年以上親のような立ち位置にいた人物で、アレクサンダーが手をかける結果となったが、今でも恨みのような感情を抱くのに罪悪感を感じる。
と、ベネディクトが腰を上げ、アオイも続いて立ち上がったので、アレクサンダーも倣ってソファから離れる。そのままベネディクトの先導で部屋を出、更に寮内から外へ出ると、王城のある方向へ向かった。
王城の横を通り過ぎ、聖堂の別館へ直接向かうことが出来る道を歩くと、石造りの塔が目に入る。存在は知っていたが、入ったことはない建物なので、アレクサンダーは感嘆の声を上げた。
「あれが保管所だとは知らなかった」
「言っとくが、見習い騎士でさえ知ってるんだからな。お前、もうちょっと色々興味を持て」
「………………」
アレクサンダーが口を閉じて半眼になると、アオイがくすくすと笑った。
扉を潜った先には受付があり、ベネディクトとアレクサンダーとアオイの名前を台帳に記入され、そこで鍵を渡される。騎士団長と『執行人』がいても顔パスではないのかと問うと、とんでもない貴重品が保管される場合もあるから、とのことだ。
保管品が誰かの遺品となるから、という意味での『貴重品』ではないということは察せられたので、アレクサンダーはそれ以上何も言わなかった。
塔の壁に沿って作られた回廊状の階段を昇って行くと、ベネディクトは四階の扉を預かった鍵で開け、入った先にも設置されていた受付に名前を告げ、また名前を書き留められる。見張りが一瞬だけアオイを訝し気に見たが、幸い何も言われなかった。
隠している訳ではないのだが、アオイがアレクサンダーの婚約者だということは、一部の人間しか知らない。結婚して正式な夫婦となれば、国中の者が知るだろうが。
とまれ、受付が奥から分厚い台帳を取り出してベネディクトに渡したので、ベネディクトがその場で開いたのを横から覗き込むと、日付と保管品の形状や特徴が子細に書き留められている。
その中にアオイが探している物が書かれていたので、ベネディクトはそこを指しながら、受付に出すよう指示を出した。
受付がまた奥に入り、木の箱を手に持って現れる。それの蓋をベネディクトの前で開けると、中には黒く四角い道具が横たわっていた。どことなく見覚えがあるが。
「アオイ、これだよな」
「はい。僕のスタンガンです」
「すた……何だ?」
ベネディクトに問われてアオイが頷き、彼女が発した台詞にアレクサンダーが首を傾げると、アオイがにこりと笑う。後で説明してくれるのだろう。
引き取った者としてまた台帳に名前を認められると、部屋を出て鍵をかけ、一階に戻って受付に鍵を返した。
外に出ると『興味を持て』という助言のこともあるので、アレクサンダーはベネディクトに聞いてみた。
「保管所のセキュリティは、どういう仕組みになってるんだ? 受付が計二人と一本の鍵だけなら、盗まれかねないんじゃないか」
「各階の部屋の扉は、基本二つの鍵が設置されてる。一階で受け取る鍵の分、各階の受付が内側から開閉する鍵で計二つ。一階の受付を通ったら、声を飛ばす魔石で一階から上階の受付に客が来たことを報せられる。それで内鍵が開けられて、次は客側の鍵で扉が開く」
「成程」
歩きながらすらすらと答えるベネディクトに首肯すると、次はアオイに問うた。
「次は魔術士の紹介だが、具体的な希望はあるのか?」
というか、アレクサンダーも魔術士の範疇になるので、何かあるならアレクサンダーが力になるのだが。
そういう疑問が透けて見えたのだろう、アオイはやや申し訳なさそうに、しかしはっきりと言って来る。
「先に言っておけば良かったね、ごめん。……雷の魔術を使える人っているかな?」
「雷か……じゃあ俺は専門外だな」
言わずもがな、アレクサンダーは使う魔法は炎と風の属性だからだが。
そこでふと思い出し、小首を傾げた。
「ヴィルヘ……ヴィリーも魔術士だったな。契約している召喚獣は何なのか、聞いておけば良かった」
「ヴィリー? 誰だ、それ」
アレクサンダーの台詞に頷くアオイとは対照的に、ベネディクトはきょとんと碧眼を瞬かせる。それに対して、アレクサンダーも僅かに目を丸くした。
「ヴィリー……ヴィルヘルムという名の魔術士だ。見習いだと言っていた」
「凄く綺麗な人です。黒髪に褐色の肌の」
「見習いか。いや、それにしても魔術士として名を登録しているなら、俺も一度は見るはずなんだが……覚えがないな」
アレクサンダーとアオイが口々に説明するもベネディクトは首を捻り、それを見て、アレクサンダーとアオイは顔を見合わせた。
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