(5)
武器庫に入ることになるので、レイモンドも呼んでザカリエルと共に剣を取りに行ったのだが、ザカリエルは木剣を手に取った。
「大事な任務の前に、怪我をさせたくないからな」
そう
「皇太子殿下に怪我をさせたら、打ち首ものだからな」
そう言うと、ザカリエルは半眼になった。
「お前、嫁を見つけたら途端に可愛くなくなったな」
「いつまでもおもちゃにされてたまるか」
「ふん」
ザカリエルは鼻で笑い、アレクサンダーより先に武器庫を出て行った。
裏庭に着くと、ザカリエルは子供のように木剣をぶんぶんと振り、開けた場所へと移動する。その後を追いながら、アレクサンダーはザカリエルの背中に問うた。
「……マツリに気付かれる前に、会話を切り上げただろう」
「わかるか」
ザカリエルは足を止め、顔だけを横に向けてアレクサンダーを見る。その紫水晶色の瞳を見つめ、続けた。
「お前の話の中には、俺にアオイを同行させる理由が含まれてなかった。アオイが
つまり、『執行人』としてアレクサンダーを不完全な状態でセパへ行かせないようにしているのだから、それなりの危険を見越しているということになる。
ザカリエルは時に『私』の部分を優先させることもあるが、それをした結果の被害を無視したりはしない男だ。
異世界人である、そして一般市民であるアオイを危険を承知で他国へ向かわせるのだから、ザカリエルは口にした以上の情報を得ているのだろう。そして、それを意図的に隠した。
ザカリエルがどういう男か知っているし、彼が決してアオイを軽視している訳ではないともわかっている。もしかするとザカリエルは、アレクサンダーの身を案じたからこそアオイを同行させようとしているのかもしれない。
だがだからといって、それで喜ぶほどアレクサンダーは単純ではない。
正しくアレクサンダーの沈黙からそれを読み取ったザカリエルは、回れ右をしてアレクサンダーを正面から見た。
隠密の為に髪の色を変えたザカリエルは、普段とは異なる空気を漂わせている。そんな彼が、笑みを見せた。
「俺を信用しろ、アレックス。マツリが言ったように、お前は貴重な人材だ。下手を打って失いたくはない。勿論、アオイもだ」
「……それは、何か起きた時の備えがあるということか?」
「寝たフリだけが得意なお前に、それを言うと思うか?」
「………………」
わざとらしく嘆息し、肩まで竦めてみせるザカリエルに半眼になってから、アレクサンダーは構えた。
「魔法は使わないでやる。来い」
アレクサンダーの台詞にザカリエルは片方の眉を動かし、そして倣うように木剣を構える。
ザカリエルの剣は、知る限りでは王城内で家庭教師から教えられる『礼儀正しい』術なので、多少の先入観はあれど、そう違いないものと思っていた。だが、ザカリエルが突然剣先を地面に突き立て、それを支柱として全身を使って跳躍し、更にはアレクサンダーに向かって靴底を繰り出して来たので、誇張なく度肝を抜かれた。
「っ!?」
咄嗟に上半身を横に傾けると、耳の横をザカリエルのブーツが通り過ぎて行く。
態勢を崩しかけたので両足を踏ん張ると、アレクサンダーの肩にザカリエルの足首が掛けられ、次いでザカリエルが剣を地面から抜く。彼の身体が逆さの状態で完全に宙に浮いたが、そこからザカリエルは身を捩り、アレクサンダーに最も近い位置から剣を突き出して来た。下方から、アレクサンダーの喉仏に向かって。
「……っ!!」
咄嗟に顔を仰け反らせて剣先は避け、片足を跳ね上げる。アレクサンダーの鍛えた脛にザカリエルの腹が当たり、その威力を殺さず思い切り蹴り上げると、ザカリエルの身体が宙を舞った。
「うおっ!?」
ザカリエルは器用に宙返りをしてから少し離れた場所に着地し、笑いながら空いている片手で腹を撫でる。そんな彼に、アレクサンダーは半眼で告げた。
「いつから曲芸師になった?」
「いや、テディが訓練で面白い動きをするから、ベンの目を盗んでこっそり教わったんだ。中々上手くいかないな」
どうりで、重量級のザカリエルが軽量級の動きをする訳だ、とセオドアの顔を思い浮かべながら得心する。しかも、それなりに様になっていた上に、アレクサンダーの意表を突くことには成功している。
「動きは悪くないが、敵に誰を想定してるんだ?」
「そんなに深刻な話じゃない。いつか役立つかなと思っただけだ」
アレクサンダーが少なからず心配して問うと、ザカリエルは笑って髪を掻きながら返す。
いつものように軽い仕草だが、彼の立場を考えると王城内で命を狙われることも有り得るのだ。なのでアレクサンダーは、重く見えないように軽く嘆息し、言った。
「さっきの戦法だが、俺だからお前の体重を支えられたんだぞ。お前より小さい敵相手にかましたら、まず相手がお前の重みに負けて倒れる。そうしたら相手を倒すどころじゃない。相手を考えて使えよ」
「げっ」
アレクサンダーの的確なアドバイスにザカリエルは呻き、それに思わず噴き出したアレクサンダーに渋面になると、今度は普通に飛び掛かって来た。
そうやって打ち合いというよりも子供同士のチャンバラをやっていると、アオイがタオルを持って迎えに来る。
「そろそろ終わったら? 汗が冷えて風邪ひくよ」
気候を鑑みた注意に頷き、ザカリエルに視線で同意を求めると、彼は面白くなさそうに唇を尖らせる。
「まだお前から一本取ってない。公務の隙間を縫って来たんだから、もてなせよ」
「こっちはお前がねじ込んだ仕事の準備をしなきゃならないんだが?」
アオイの差し出すタオルを受け取りつつ、ザカリエルの屁理屈に呆れると、アオイが小首を傾げて苦笑した。
「ザックさん、アレックスに甘えてるんですか?」
「………………」
アオイの指摘にザカリエルは黙り、アレクサンダーは無言でアオイを見た。別に皮肉で言っている訳ではなさそうだ。
とまれ、絶句したザカリエルに顔を向けると、彼は硬直を解いてから大仰な仕草で前髪を掻き上げ、ふっと笑った。
「アオイ……何か勘違いしてるようだが、俺はアレックスより年上なんだ。俺がアレックスに甘えてる? そんな戯言は……」
「あ、一応言っておきますけど、マツリちゃんは基本的に男性が苦手なんで、ザックさんのアピールの仕方は嫌われるだけですよ」
「な、何だと!?」
今度は愕然と声を上げるザカリエルに、アレクサンダーも頷く。
「そうだな。そもそもマツリは見る限り、真面目な人間を好む傾向にあるようだ」
「俺は真面目だぞ」
「真面目でアレなんですか……?」
ザカリエルが汗を流して発した台詞に、アオイが呆れた視線を投げ、ザカリエルはとうとう言葉も出なくなった。
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