(3)


 既に紅茶が人数分出されていたが、アレクサンダーはレイモンドにマツリの分も含めて果汁ジュースを出すように言うと、果実と生クリームが載っているデニッシュを手に取った。アオイはというと、マツリが強く勧めた貝殻の形をした見慣れないパンを手に取る。

「こっちにもコルネってあったんだ」

「ないよ? 私が考案ってことで、新しくメニューに加えたの」

「凄い」

 そんなやり取りを見るに、アオイとマツリの世界にあったものをしたのだろう。

 とまれ、ザカリエルはヴィルヘルミナに指示をして、輪切りにしたバゲットにジャムを塗らせ、それを口に運んで一口で食べた。

「そのジャムは自家製の自信作なんですから、もっと味わって食べてくれませんかね」

 マツリが揚げたパンを食べながらも半眼で言うと、ザカリエルは目を細めた。

「俺が時間をかけて味わうのは、食いもんじゃないんだ」

 どうやらザカリエルはマツリを気に入っているらしいが、マツリも違う感情から目を細めたところを見るに、一方通行のようだ。

 沈黙の中で使用人が現れ、搾りたての果汁ジュースを人数分、テーブルの上に並べて行く。彼が静かに姿を消すと、空気がこれ以上冷えるのを危惧して、アレクサンダーはザカリエルを促した。

「重要な話があるんだろ。言え」

「そうだな。例の件の後、俺の指示でルキウス元枢機卿の私室を漁らせたんだが、やはりと言うか何と言うか、ルキウスが発明したあの召喚術について、覚書が残されていた」

「覚書?」

 アレクサンダーが唇の端についたクリームを親指で拭い、その指先を舐めながら問うと、ザカリエルは鷹揚に頷く。ヴィルヘルミナに次のジャム付きバゲットを作らせながら。

「分かりやすく言えば研究書だな。人間の魂と召喚獣を結び付ける、要するに『執行人』の作り方だ」

「………………」

 アレクサンダーが目を伏せると、ザカリエルは僅かに肩を竦めた。

「騎士の家系のお前にはピンと来ないかもしれんが、召喚術士も魔術士も魔法士も、ある意味『研究者』だ。実験体扱いされただけで、いちいち傷つかれちゃ困る。誰もが通った道だ」

 ザカリエル自身もそうだった、と言外に言われ、アレクサンダーは顔を上げて頷いた。アオイの気遣わし気な視線に軽く笑ってから、ザカリエルを見る。

 ザカリエルも軽く頷き、再度口を開いた。

「お前がこの間片付けた『罪人』だが、一応お前と俺の尽力で事は収まったが、色々疑問が残っているだろう? お前との最初の戦闘で、お前を好機があったのに逃げたこと、二度目の戦闘の最中に、ルキウスが発明したはずの術を使って瀕死の召喚獣と魂を繋げたこと、ルキウスとなんらかの接触があったと見れば、説明がつく」

「……ああ」

 なんとなくは自分でも考えていたことだが、人に言われると重みが増す。既にルキウスはこの世にいないので、今や確認のしようもない。だが、空洞だった箇所にパズルのピースが嵌ったことに、安堵する気持ちもあった。

「……あの人は、俺を『執行人』として強くしようとしていた。魔法士のあの男と密約を交わして、双頭の蛇アンフィスバエナと相性の悪い召喚獣を喚ばせ、戦わせることで経験値を稼がせようとしたんだろう。俺に恨みがあるとか適当なことを言って、騙したんだろうが……」

 アレクサンダーの強化を狙ってアオイを召喚したこと、その直後にアレクサンダーが強敵と戦う流れになるよう仕組んだこと。全て繋がっており、アレクサンダーはそれに踊らされた。アオイもアレクサンダーも被害者だが、召喚獣とそれなりの関係を築いていたあの魔法士も、ある意味被害者だ。

「お前が勝てばそれでいい。ただ、お前が負ける可能性を考え、その時は見逃すように指示したんだろうな」

 ザカリエルの言葉を、その場にいる全員が静かに聞いている。手も止まっていることに気付き、ザカリエルは片手を軽く振った。

「食いながら聞けって」

 そう言って笑い、ヴィルヘルミナが渡して来たバゲットをまた一口で食べる。今度はマツリは何も言わなかった。

「……お前が一度負けても、ルキウスにとっちゃ大したダメージじゃなかった。最強の『執行人』を目指しているのだから、があることを知るのは、今後を考えたら有難い。が、そのままにしておくつもりもない。だから、水蛇ヒュドラを操る魔法士に再戦を指示し、ついでに例の召喚術を教えた。お前に負けそうになったら、これを使えと。そうすれば勝てると」

「だが、俺に負ければ確実に死ぬとは言わなかった」

「そりゃな。どっちかって言うと奴は、その結果を望んでたんだから」

 ザカリエルは頷き、今度は自ら手を伸ばしてパンを一つ手に取る。見慣れない姿形だったので、マツリが考案したと思しきものだが、それを一口食べてから微妙な顔をした。

 てっきり歯の浮くような誉め言葉が漏れ出るものと思っていたがノーリアクションなので、なんとなくその場の全員が注目する。

 ザカリエルは視線が集まる中で無表情でもぐもぐと口を動かし、そのまま飲み下す。そして、ジュースに手を伸ばすと勢い良く飲んだ。

 それから、マツリに慎重に問う。

「……マツリ、これは何だ?」

「カレーパンです。超辛口の」

「………………」

「あ、辛いの苦手でした? でも私が焼いたパンなんですよ」

「……君が作ったなら、何でも美味しいよ……」

 『カレー』が一体何なのかはわからないが、口に合わなかったことだけは確かだ。それでもやや青褪めながら、そして口元をひくつかせながらもそう言った姿にはアレクサンダーも感心した。が、アオイが同じパンを普通に食べているのを見て、アレックスもザカリエルも目を丸くする。

「な、何ともないのか……?」

「美味しいですよ? 僕、甘いのも好きですが、辛いのも大好物なので」

 震え声で問うザカリエルに平然と返し、ぺろりと平らげる。ザカリエルは手にある残りを目を瞑って一気に食べ、またジュースを飲んだ。

 大きな息を吐くと、ザカリエルは今度は促されずとも続きを言い始めた。ヴィルヘルミナはというと、興味が湧いたらしく『カレーパン』なるものに手を伸ばし、一口食べて目を輝かせている。アレクサンダーは、内心で絶対に食べないでおこうと心に誓った。

 ともあれ。

「……で、だ。研究書を残してたこと自体は、ルキウスが老齢だったのもあっておかしいことじゃない。やったことは最悪だが、新たな術を編み出すくらいにオツムは突出してたんだから、後世に色々残したかったんだろう。そしてここからが本題だが、奴が頭の中身を残すとして、それを書面だけに留めたと思うか?」

「普通に考えれば、弟子を育てるものじゃないか?」

 アレクサンダーが即答すると、ザカリエルは指を弾いて音を立てた。

「その通り。――で、このヴィリーだ。はルキウスに一番目をかけられていた魔術士見習いなんだが……ヴィリーによるとルキウスは生前、定期的にとある国に足繫く通って、特定の人物と会っていたらしくてな」

「要するに、その人物に会って探りを入れて来て欲しいという訳か」

「そうだ」

 アレクサンダーの台詞に、ザカリエルは大きく頷いた。


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