ももたろう?

@guraaaaaaaa

ももたろう?

 むかしむかし、遠い昔のことでした。

 

 ある深い山の奥に一本の桃の木がありました。それは現代でも霧に包まれ、人っ子一人立ち入らぬ山の奥に、荘厳と佇んでおります。

 この桃の木はこの世界が作られた一番初めに芽を出した植物と言われており、その根は深く黄泉の底まで及び、その枝は今に大気を突き破ろうかと思えるほどに伸びておりました。

 この木が芽吹くより前、欧米の遥か上空。天界と呼ばれる神の寝床にて、アダムとイブなる者が神様の作った桃の実を食べてしまいました。

 それに激怒した神が二人を地上へと落としました。

 えぇ、そうです。俗にはりんごを食べたと言い伝えられておりましたが、それは実のところ桃の実だったのです。

 その時一緒に、アダムが八つ当たりに神様へ吐き飛ばした種の一つが、あまりにも遠くへと飛ばしてしまったので、そのまま日本の、ちょうど今で言う岡山県地上へと飛んで行ってしまいました。

 アダムもイブも、神様もそれに気付くことはなく、桃はそのままひっそりと暗い山の中で芽吹きました。

 その桃はそのまま大きく成長し、実をつけるようになりました。

 神様自家製の桃でありましたから、桃の実は凄まじい生命力蓄えており、それは地上では他に類を見ないほど大きくなっていきます。

 やがてその強大な生命力は、その桃の中に生命を誕生させました。

 そしてそれは1000年に一度、1つ地上へと落ちてゆきます。

 それが地面とぶつかり、割れた拍子に毎回、中から人間の赤子が一人産声を上げるのです。

 その人間は神の御力を授かっており、全知全能とまではいかなくとも、常人離れした知力がありました。

 石器を発明したのも、浮力やてこを発見したのもこの桃から出てきた人間だとか。


 そんな桃の実にも1つ問題が起こります。

 少し冷える寂しい朝、一匹の雀が飛んでおりました。

 その鳥は一度休憩ついでに桃の枝にとまると、そのまま実を1つ、成熟しきっておらず不完全なまま地上へと啄み落としてしまいます。

 実は風に吹かれ、雲霧を突き抜け、谷間にひっそりと流れる小川へと墜落しました。

 その桃は水しぶきを上げながら川を下ってゆきます。そして当然の様に、川へと洗濯をしに来たおばあさんに拾われたのでした。

 勿論、おじいさんは山へと芝刈りへ行っておりました。

 

 ――――――――――


 まぁ、なんやかんやあって桃の中に眠っていた天才もどきは大きく成長を果たしました。

 名は桃太郎。桃太郎自身もなんと安直な名付けだと不満に思っていたようですが、名付けたおじいさんは気に入っていました。

 天才もどきというのは、桃が未成熟の状態から無理やり包丁で寝床を開かれ、引きずり出されたのですから、半分だけ天才の様相を呈していても仕方はないでしょう、すこしだけ頭が悪かったのでございますね。

 おじいさんとおばあさんは二人暮らしでございましたが非常に裕福で、桃太郎は何も苦労することなく育ちました。

 桃太郎とは言うと、少し周りよりかは頭がいいので、それを鼻にかけてばかりいました。

 将来生活に必要な資産を計算しきった後は、食っては寝、食っては寝の毎日を、育ててくれた二人が死んでも、その遺産で続けてゆくつもりでございました。

 

 そんなある日、桃太郎が成人を迎えた頃。それは突然のことでした。

 おじいさんが死にました。原因は脳卒中だったようでございます。命というのはなんと儚いものでしょうか。まぁ、しょうがないですね。

 それでも、おばあさんの方はと言うと、まだピンピンしておりました。

 稼ぎ頭を失ったおばあさんは、財産を無闇に使うのを許さず、桃太郎に街に出て稼いでくるように伝えます。稼いでこなければ勘当だとも。

 おじいさんが生きていた頃の優しいおばあさんはもういません。まさに鬼の形相で桃太郎を駆り立てるのでした。

 桃太郎は渋々それに従い、家を出ていきました。

 おばあさんは吉備団子と家紋の入ったのぼり旗を桃太郎に渡しておりました。

 おばあさん曰く、その旗を掲げていれば勝手にきびだんごを欲しがって人々が寄ってくるらしいのです。

 できるだけ価格を釣り上げてから売れとの事でした。

 確かに、町に入った途端、人間たちはみなチラチラと桃太郎を見てきます。

 しかし、その視線は畏怖と期待と憎悪を孕んでおりました。

 違和感を感じた桃太郎はこちらを見てくる一人の青年に声をかけました。


「おい、お主。なぜ皆は私のことを不可思議な目で見るか分かるか?」


 すると青年は答えます。


「そりゃ、あんたが桃口組の家紋を背負っているからだよ」


 桃口というのはおじいさんたちの名字であります。そこで桃太郎は気が付きました。

 のぼり旗は所謂ならず者の家系の家紋だったのです。

 

 「なるほど、おじいさんとおばあさんは犯罪組織の一員だったのか」


 桃太郎は納得し、町を出ようとします。まぁ半分は天才でありますからリスクヘッジはしっかりとしておりました。

 そうしていくらか歩いた後、桃太郎に忍び寄る影が3つありました。

 犬のように息を切らした男と猿のように鼻の下が伸び切っている男、それとキジのように絢爛華麗な羽織りを着た女。

 3人は桃太郎が人気のない場所まで移動した後に話しかけます。


「ハァ……ハァ……。なぁ……桃川のモンだろ……?アレ、アレくれよ……」


 桃太郎は明らかに異常な3人を見て、今すぐ逃げなければと本能が喚くのを感じます。

 しかし、それを理性で抑えて、桃太郎は聞き返しました。


「アレ、とは何であるか」


 キジ女が答えます。


「アレって言ったら決まってるでしょ……その、吉備団子よ!」

「もう俺は3日も摂ってないんだ!早くしてくれ!」


 猿男も続いて囃し立てます。

 再び桃太郎は気が付きました。

 この吉備団子にはなにか秘密がある。この3人の様子を見るに中毒性の高いものなのだろう。

 危険なナニかが練り込まれている。桃太郎は全て合点がいきました。

 おじいさんが何度も何度も草を刈りに行っていたのは、原材料を刈りに行ってたのだと。

 いやに山奥に家があるのも、全てそういうことだったのです。


「きびだんごが欲しければ、この道をまっすぐ進んでいったところにある家を襲え。そこには溢れんばかりの吉備団子が備えておる」


 桃太郎がそう答えると、3人は返事もしないまま、桃太郎が示した道を一目散に駆けてゆきました。

 桃太郎はおばあさんを裏切ることにしたのです。このまま犯罪の片棒を担ぐよりか、おばあさんの遺産を狙ったほうがよっぽどお得だと気付いたためです。

 桃太郎も、3人を追いおばあさんの家へと向かいました。

 そして、着いた頃にはもう既に家は火の海ヘと化しておりました。

 その様子を見ながら、桃太郎は一人呟きました。


「鬼だとかなんだとかよりも、人間のほうがよっぽど怖い」


 そんなこと、童話の桃太郎よりも有名な話であることをこの桃太郎は知りませんでした。


 ――――――――――


 その後、桃太郎は無事おばあさんの遺産を引き継ぎましたが、例の3人の誰かがおばあさん家襲撃事件の黒幕の正体を、桃口組の本家の方に漏らしたようで、いつの間にか行方不明となりました。やはり天才もどきは所詮もどき。詰めが甘かったようです。

 そしてその桃口組も、法改正により規制が厳しくなり、姿を消してゆきました。

 そこにはただ、吉備団子を求め彷徨う屍のみが残りました。


 神秘的な空気を纏う霧の奥。桃の木は未だ唯一つ、世紀の天才を孕んでおります。

 あぁしかし、枝にはあいも変わらず雀が一匹。

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