第二話 Just asking

そんなヤツいねーよ。


颯一そういちによく応援メッセージを送ってくるゆうりさんは、彼をキラキラした世界の住人だと信じている。


大人びたセクシーなイメージ。

色っぽい歌い方。


実際俺の隣で曲の編集をしている一颯いぶきこと颯一は20代半ばの割には子供のような顔をしていて、彼がぶつぶつ言いながらしている作業は99パーセント地味に見える。


近くのコンビニに行くときでさえも大きなマスクをして身バレすることを警戒しているが、彼が一颯だと見抜かれることはないと思う。


しかし色白で引きこもりのように見えるこの青年の歌声にはなんとも言えないは破壊力があることは認める。

きっと心が貧しい人にも一颯の強い思いは伝わるのではないかと思ってしまう。


「いい声だな・・・」

携帯をいじりながら独り言を言うと、へっ?と颯一が言うので、彼に目をやると怯えた目をして俺を見ていた。

「何、その顔?」

俺に表情を指摘された颯一はえっ、いや・・と言うと動揺しながらも作業に戻った。


颯一は一応ミュージシャンなので音楽のことは詳しいが、その他のことを何もしらない。

世間一般の人が恐らく知っていることに興味がないのか、何が今の彼を作り上げたのだろうと不思議に思う。

俺は颯一のそういう飄々ひょうひょうとした雰囲気が好きで一緒にいる。


一緒に映画を観ても大抵は無感動な顔をしていて、飯を食いに行っても猫背でぼそぼそと食べている颯一は、時間の流れるスピードが俺とは違うのだと思う。

こういう人間が人の心をくすぐるような曲を作り出すのだから、不思議だなあと感じる。




壮真そうまが俺の部屋に来る許可を与えているのは、同じ業界の人ではないからだ。

彼もそこそこは音楽を聴くし、最近の流行りの曲などは俺よりも知っているかもしれない。

俺の曲に対してもいいねと言ってくれるが、彼は様々なジャンルの曲を広く浅く聴くタイプなので、変に知識を押し付けてきたりしないし、居心地がいい。


作業に集中したいときはその空気を察してくれ、全く話しかけてこないし、普段口が悪いくせに、俺がふさぎ込んでいると直ぐに気が付いて外に連れ出してくれるなど、意外と他者を思いやることができる男だ。


「いいなぁ」

壮真が時々お姉さんの話をするので、その存在を羨む。


「そっか?俺にしてみればおまえの妹の方がう羨ましいぞ」

俺には8歳年の離れた女子高生の妹がいるのだが、今は離れて暮らしているし、正直会ったところで何を話したらいいのかわからない。


「女子高生っていう響きがいいだけだろ?俺にしてみれば4つも年上のお姉さんと同居してる方が魅力的だよ」


壮真は羨む俺に、俺の姉ちゃんに会ったら期待ハズレだったと思うぞと笑った。


「俺の妹に会ってもきっとそう思うよ。田舎の素朴な女子高生だからね」

そうかなぁと首を傾げる壮真を見て、彼が女慣れしているのは年上のお姉さんとの共同生活からくるものなのだろうかとなんとなく思った。


「おまえもそろそろ彼女作ったら?」

エナジードリンクをプシュッと開けると壮真がそう言う。

彼はかっこつけのためだけによく様々な種類のエナジードリンクを飲んでいるが、絶対体に良くないと思う。


「ご心配には及びません」

俺にはかつて大学時代に知り合った彼女がいたのだが、うまくいってると思っていたその彼女を大学のゼミ仲間に寝取られたという過去がある。

いくら手に入れたくても、友達の彼女に手をだしたりするのかと頭にきたし、彼女への信頼も一瞬でなくなってしまった。


幸運だったのは、そのとき趣味程度にやっていた音楽に没頭することができたことだ。


どういうことだと二人を問い詰めようかと思ったが、そうしなかったのは、単純に俺はそういうタイプの人間ではないし、結局のところ自分はそこまで彼女に執着していたわけでもなかったということだ。


共通の仲間だった壮真は正直もともと俺と彼女が合っていないと感じていたと、優しいウソをついてくれた。


荒れたりすることなく、いつもの生活に戻れたのは間違いなく音楽と壮真のおかげだった。





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