見てはいけない
たこみ
第一話 一助となる
「
あなたの成長を日々目にするのが楽しみです!クールな見た目と天然な中身とのギャップも大好きです」
勝手に見るなと壮真を追いやると、いや~、必死で働いてるかいがあるなと俺は嬉しそうに言ってみせた。
壮真は、まあせいぜいおまえのねじ曲がった性格が露見しないことを祈ってるよと笑った。
学生時代から都心のタワマンに住むことが俺の夢だったが、景色がいいぐらいで今は何も感じない。
仕事を終えると1分でもはやく家に帰りたいのに、エレベーターがなかなかこないし、外出時も何かを部屋に忘れた日にはうんざりしてしまう。
ファンとのやり取りは面倒なので、あくまで受け身の姿勢を保っている。
中にはきっとアンチ以上にヤバいやつがいるかもしれないので、関与しないに限る。
今の時代はネット上で攻撃してくる奴らもたくさんいるので、不安がおさまることがない。
ちなみに俺は世間に完全には顔を出していないミュージシャンで、高校生の頃から細々と曲をつくり、普通に大学に通いながら自曲をネットに上げていた。徐々に聞いてくれる人は増えたが音楽一本で食べていけるとは思えず、就職活動もちゃんとしたが、自分ではあまりピンときていなかった曲がそこそこ知名度のあるインフルエンサ―に使われたことで思いの外バズり、意を決して内定先に断りを入れた。
しかるべき時が来たら顔を出すこともあるのかなと思うが、まだこの先どうなるかもわからないし、やはりまた就職するかもしれないので、このままでいいと感じている。
謎めいている方が聞き手も俺のことを勝手にカッコいいと思い描いていてくれるようだし、互いにウィンウィンなような気がする。
こんな風であってほしい。
一颯くんの人となりへの願望はあるが、意外と平凡な人のような気がしている。
普通に彼女だっていそうだし、一颯くんが選んだ人ならそれなりの人なんだろうなとは思う。
彼の曲は、モチベーションを高めたいときにすごく役立つ。
矛盾しているようだが、彼の曲を聴いていると、平凡でいる自分をやめたくなる。
一颯くんのように他者の役に立つ仕事につけたらいいけれど、自分には彼のように人に与えられるものなんてないような気がする。
一緒に住んでいる弟にも音楽活動をしている友達がいる。
私の学生時代のバイト先にも趣味で曲を作っている人がいたし、世の中にはけっこう音楽に携わっている人がいる。
弟の友達は一人で活動していて、普段から奇行が多いらしく、弟いわく頭がカラッポの変わり者だそうだ。
「あいつは隠してるつもりみたいだけど、髪の毛が細いから心配で育毛シャンプー使ってんだよ」
携帯をいじりながら、私はまだ若いのに大変だねと言った。
「でもあんなヤツにも心酔してるファンとかがいるんだから世の中わかんないよなー」
「よくわかんないけど、凡人と違うところがいいんじゃないの?」
コンビニで買ってきた弁当を食べ終えた弟は、悪いヤツじゃないんだけどなぁと言いながらゴミを袋の中にまとめている。
「仕事中毒っていうか、いつ行ってもなんか制作作業してて、目に力がないんだよ」
同じミュージシャンでも私たちファンに夢を見せてくれる一颯くんとはえらい違いだなと思った。
恐らくアーティスト名を聞いたところでわかりもしないであろう弟の友達に、あなたもいつか一颯くんのように、ファンの心を揺さぶるような曲を作り出せますようにと祈ってあげた。
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