第5話

 33、34層を休みを挟みながら6日でクリアした4人は今34層から降りてきた階段の途中で目の前の35層のフロアを見ている。


「大森林だから当然と言えば当然か」


「今までが楽だったがそろそろ本性を発揮してきたのかな」


 ハンクとランディがそう言って顔を向けている35層は大森林に雨が降っていた。木々の葉に当たる雨音がここまで聞こえてくる。視界もよくない。


「35層だからこの程度の雨なんだろう。下に降りたら豪雨のフロアもありそうだな」


「ローリーの勘ってのは外れないからな。恐らくそうだろう」


「全員帽子を被り、靴もぬかるみでも滑らないのにしよう。あとは野営の覚悟もな。雨に当たると体が冷える。その辺りの準備もしっかりしておこう」


 ローリーの提言もあり明日、明後日を休養日にして体をリフレッシュさせると同時に雨対策の準備もすることにする。流砂のダンジョンでは雪山登山を経験している4人は寒さ対策は万全だがそれでも何があるかわからない。装備の確認は必要だ。体の動きが悪くなるので雨具は着られない。雨は体温を徐々に奪っていくのでインナーの選択も重要になってくる。

 

 地上に戻ると市内の防具屋に顔を出してぬかるみや防水に対して効果の高い靴を各自が購入する。ランディとマーカスは帽子を持っていたが他の2人は靴に加えて帽子も買った。当然食料や水も買って収納とアイテムボックスに分けて保存する。


 そうでなくても深い木々の森は普段から薄暗い。そこに雨が降ると視界がさらに悪くなる。一方で下に降りるほど魔獣のランクは上がり攻撃もいやらしくなってくる。


 しっかりと休み、準備を整えた4人は2日間の休養日明け、35層の攻略を開始する。

森の中に徘徊している魔獣はランクAが複数体、しかも種族が異なる魔獣が同時に4人に襲いかかってくる。


「ランディは正面の虎を、マーカス、上からくる猿を頼むぞ」


 四方八方に気を配りながらローリーの指示で3人が次々と襲いかかってくる魔獣を退治しては雨の中、ぬかるんでいる道を奥に進む。ローリーが杖を突き出すと10メートル程先の木の影からこちらを見ていた黒い虎の頭が雷の精霊魔法で吹き飛んだ。


「相変わらずの気配感知だ」


 先頭を歩いているランディが前方を警戒しながら言う。


「これが俺の仕事だからな。ただ100%排除できない。近寄ってきたのは頼むぞ」


「まかせろ」


「そうそう、ローリーだけじゃなくて俺も遠隔攻撃はできるからな」


 その言葉通り、マーカスも精霊の弓を連射して木の枝から襲いかかってこようとする猿の魔獣の群れを次々と地面に落としていく。ランディーとハンクが地上の敵を、マーカスが上の敵、そしてローリーは全方向に注意を払いながら雨が降る深い森の中を進んでいった。


 降りしきる雨の中地面はぬかるみ、水たまりができているが木々の生えている間隔から進んでいく方向はある程度予想できる。その中を進んでいった4人は1本の大きな木を見つけた。その木の周囲20メートル程は他の木が生えておらず草原になっていた。もっともやまない雨で草原は水浸しであちこちに水溜りが浮いているが。


「あの木には魔獣がいない様だ」


 近づいていきながらローリーが言うと他の3人が頷く。大きな木は360度枝を伸ばしておりその枝の先についている大量の葉が傘の役割をしているのか木の根元は濡れておらず乾いたままだった。木の根元だけではなく、大木から10メートルほどの範囲は雨が落ちてこないのだろう。地面が濡れていない。そこから外側は絶え間なく雨が降り続いていて地面もぐっしょり濡れていた。


 大木の周囲とその上をしっかりと見て脅威となるものがないのを確認すると4人は帽子は服についている雨水を払ってから木の根元に腰を下ろした。交代で休憩を取ることにする。最初はハンクとローリーが見張りに立ってランディとマーカスが休憩することになった。


「安全地帯か?」


 ランディのアイテムボックスから取り出したジュースを口にしたマーカスが言った。


「どうだろう?ローリーはどう思う?」


「今までのフロアとは違うな。安全地帯がここまであからさまにあるということはこの35層は広いということだろう。この層あたりから野営前提での攻略になっているのかもしれない」


 周囲を警戒しているローリーが言う。彼らが35層を攻略してまだ数時間だ。朝から攻略を開始しているがおそらく今は昼過ぎの時間だろう。それでこの安全地帯だ。ここから先がないのかそれともいくつか存在するのか、見極めを迫られていた。


「このフロアは時間の概念がないな」


 そう言ったマーカスの言葉を聞いたローリーは決断する。


「そうだ。だからここではしっかりと休もう。疲れをとってから攻略を再開しないか?」


「ここからしばらく休めないかもしれないという前提で身体を休めるってことだな?」

 

 その通りだと聞いてきたランディを見て頷く。ジャングルなので遠くが見えないのでこれからの展開が予想しずらい。35層とは言えひとつ間違えて事故になるとこの4人でも簡単ではないだろう。休める時にしっかりと休むという基本を守った方が良いというローリーの判断に他の3人も賛成し、交代で仮眠をとることにした。


 ランディとマーカスが仮眠をとっている中、ローリーは太い木の幹にもたれて前方と左右に視線を送っている。幹の反対側ではハンクが同じ様な格好で周囲を警戒していた。


 木の幹にもたれているローリーの前には雨のジャングルが広がっている。雨音が強く、また薄暗い景色だ。座っているところからでは魔獣の気配は感じられない。雨音や雑音が多かったり視界が悪かったりしてもローリーの気配感知はそれらを無視して一定の範囲をサーチすることができる。


 それにしても地獄のダンジョンとは一筋縄ではいかないものだ。それぞれのダンジョンが独自の顔を持っている。リゼの龍峰のダンジョンはひたすら力技を求めてきた。ツバルの火のダンジョンとリモージュの流砂のダンジョンは力技よりも知力を求めてきた。さてここカシアスの大森林のダンジョンは何を求めてくるのだろう。今のところ力技も中途半端だし知力を求められるフロアは無い。


 ローリーは周囲を警戒しながらしばらく考えていたが考えるのを止めて座ったまま両手を頭の上に伸ばして大きく伸びをする。


 どんなタイプのダンジョンであっても俺たちは最下層のボスを倒す。そしてビンセントを生き返らすんだ。それが俺たちの使命だ。


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