第48話

 アラルの店で鑑定を終えたドロシーら5人はリモージュの常宿に戻ってきた。ランディらは出かけている様だった。明日から3日間を休養日にすることにした5人はそのまま市内のレストランに出向いて全員で夕食を摂る。全員が冒険者の格好のままだ。この街ではその方がずっと都合が良い。


 レストランはピークの時間を過ぎたところだったのか客の入りは半分程度で希望のテーブルに座ることができた。壁際の目立たない場所だ。女性5人のパーティはリゼはもちろんここリモージュでも滅多に見ない。ネフドの冒険者や他の国から来ている冒険者達の好奇の目を避ける意味でも普段から外で食事をする時は個室か時間帯をずらせてやってきている5人。


 ピークの時間が過ぎているとは言え店の中にはこの国の民族衣装を着ている住民や冒険者の男達がテーブルに座っていた。地元の住民はチラチラと見てくるがこちらが冒険者だということであからさまに声をかけてこない。そして他の国から来ている冒険者達の多くはは彼女らが高ランクの冒険者であること知っており無闇に声をかけてくることがなかった。


 これはリモージュに来てすぐの頃に男の冒険者から声をかけられた時に大柄なドロシーがランクAと書かれているギルドカードを見せ、


「模擬戦ならいつでも相手になるよ」


 声をかけてきた男を睨みつけそう言うと男達が退散しトゥーリアから来ている女5人は全員がAランクのパーティだと知れることとなりその結果声をかけなくなったという理由があった。注文した料理が運ばれてくると食事をしながらの打ち合わせになる。


「48層は無事クリアできた。明日から3日間は休養日とするけどその後はどうする?」


「49層はフロアが見えなかったね。階段を降りたら何もない薄暗い通路が伸びていてその先は真っ黒だった。予想がつかない」


 ドロシーの言葉に反応したシモーヌが続けた。他の3人も食事の手を止めてお互いの顔を見る。4人を見ていたドロシーの視線がケイトの視線とぶつかると聞いてくる。


「ケイト、あんたはどう思う?」


「正直に言っていいかな?」


「もちろん」


 ドロシーの意見を聞こうと4人全員が彼女に顔を向けた。


「結論から言うとね、ランデイらが攻略するまで地獄のダンジョンの攻略は中断したらどうかと思っているの」


「私たちじゃ無理ってことかい?」


 普段より強めの口調でドロシーが言った。その言葉と視線をまともに受け止め頷き、その通りというケイト。


「地獄のダンジョンの48層はクリアできた。でもこれは力技で攻略するフロアだったから。確かに装備系は充実してきている。でもそれだけじゃあ十分じゃないと思ってるのよ」


「何が足りないんだい?」


 ケイトとリーダーのドロシーのやり取りが続いている。他の3人は黙って2人のやり取りを聞いていた。


「経験よ。ローリー、ランディは龍峰のダンジョン、ツバルの火のダンジョンのボスを攻略している。彼らはもちろん実力もあるし装備も私たちよりも上、それより何よりボスを2回倒しているという実績があるの」


「誰だって最初があるんだよ」


 そう言ったドロシーを見てそれは分かるというケイト。


「私たちが龍峰のダンジョンでボスをクリアしなくても48層あたりまで攻略できていたら私もこんなことは言わない。正直怖いの。ボスよりも49層の方が。一体どんな思いもよらない仕掛けを用意しているのか。そして自分たちはその仕掛けを読み取って解除して進めるのか。それを考えると踏ん切れないのよ。弱気と言われてもいい。でも自信がないのは事実」


 ケイトが言ったあとしばらく誰も言葉を発しなかった。



「……まだ死にたくないものね」


 しばくしてからカリンがポツリと言った。ドロシーはケイトが言った言葉を頭の中で反復しながら考えていた。冒険者としての自分は流砂のダンジョン攻略に一番近い場所にある今攻略を止めるのはありえないという。そしてもう1人の自分は自信と過信とを取り違えていないかと問いかけてくる。


 ケイトが言っていたのも十分すぎる程理解できる。感情的になって言い返したもののよく考えれば彼女の言うのにも理がある。自分たちは龍峰のダンジョンで41層で攻略を中断せざるを得なかった。今は装備も良くなり腕もあの時よりも上がっている自覚はある。だからと言って49層、50層を挑戦できるまでになっているのか?49層がまたヒントや罠を解くフロアだったら自分たちだけでクリアできるのか?


 自問自答を繰り返していたドロシーが顔を上げた。


「ケイト、さっきはきつく言ってごめんね。冷静に考えるとあんたの言うとおりだよ。私達のパーティは強くなっている。これは間違いない。で、何が強くなっているのかといえば力技の部分で強くなっているということよね。トータルじゃまだまだ未熟者の集まりだよ。一方でランディらは違う。ローリーというずば抜けた参謀を抱え力技と知恵技も両方使えることができる。目の前にゴールは見えてるんだけどゴールテープばかり見ていると足元を見なくなる。地獄のダンジョンはゴールテープの手前ギリギリまで足元にこれでもかっていやらしい罠を仕掛けてくるよね。それを跳ねのけられる力があるかどうか。正直厳しいよね。そして厳しいという事は生きていられないかもしれないってことだ。カリンの言うとおり私だってまだ死にたくない」


 そこで言葉を切って全員を見たドロシー。


「私はケイトの案に乗るよ。ダンジョン攻略は競争じゃない。まだ力がついてないのに無理はしない」


 ドロシーの意見を聞いてそれまで黙っていた僧侶のルイーズが大きく頷いていった。


「せいぜいランディらを利用しましょうよ」


 前に進みたいがとりあえずは進まないという結論に達した。普通の冒険者なら行ってしまおうぜとなるところをチームメンバーできちんと意思の確認をとる。これができるから彼女達もAランクの上位に位置するパーティなのだ。自分の強み、弱みをしっかりと理解した上で判断ができる。



 地獄のダンジョンの攻略をランディらと同じくしばらく中断することにした彼女達。その間体を動かすダンジョンもランディらと同じダンジョンにしようということになった。


「ギルマスに聞いたって同じ事を言うに決まってるからね。それなら直接ランディに聞いた方が話が早い」


 ドロシーの言葉にその通りだねと皆が納得する。


 食事が終わり宿に戻ってきた5人。ケイトが自分の部屋に戻るとすぐにドアがノックされドロシーが入ってきた。


「ちょっといいかな?」


「もちろん、どうぞ」


 ケイトはドアをノックして入ってきたのがドロシーだと分かった瞬間にこの部屋へやってきた訳を理解する。彼女に椅子を勧め、自分はベッドに腰掛けた。


「食堂でも謝ったけどもう一度きちんと謝っておこうと思って」


「私は全然気にしてないから平気よ。言いたい事が言えるのがこのパーティの良さだしね」


「そう言ってもらえると気が楽になったわ。でもケイトの言う通りなのよね。私たちはまだ力不足」


 その口調は力不足の自分たちの不甲斐なさを自分で責めている様だ。ドロシーのその仕草を見ていたケイト。


「力不足じゃなくて経験不足だと思うの。でもそれは仕方ないとも思ってる」


 どう言う事だい?と言った表情でケイトを見つめてくるドロシー。


「今まで攻略、クリアしてきたダンジョンと地獄のダンジョンは全く異質だってこと。ドロシーもわかるでしょ?今までのダンジョンならとにかくフロアにいる敵を倒しさえすれば前に進んで下に降りていけた。でも地獄のダンジョンはそうじゃない。こんなダンジョンって初めてじゃない」


 確かにそうだねと頷くドロシー。


「じゃあランディらも同じじゃないと思うかも知れないけどそれは違うのよ。ローリーがいるかいないかで全然違う。前からローリーの優秀さって有名だったけど今回この流砂のダンジョンを攻略して思ったの。優秀とかいうレベルじゃないって。彼はもう完全に別格よ。だから初見でもクリアしてくる。逆に言うと彼がいないとしたらランディらだけではこの流砂のダンジョンはクリアできない」


 ドロシーは黙ってケイトの話を聞いていた。


「こうやって合同で1つのダンジョンを攻略するなんて滅多にない機会。私は彼からできるだけ学びたいの。それがきっと今後の自分たちのパーティの活動に生きてくるって信じてるの」


 ドロシーは椅子から立ち上がるとケイトに近づいて両手を彼女の肩に置いて言った。


「わかった。私たちがこれからまだ伸びるためにここは彼らに頭を下げて教えを乞いましょう。ケイトが言う通り間違いなくそれが生きてくるよ。高く飛ぶには低くしゃがまないといけない。今はそう言う時期よね」


 その通りだとケイト。肩から手を話したドロシーは部屋のドアの前に立つとケイトを見て言った。


「これからも私が言ったことが納得できない時は遠慮なく言ってね」


「お互いにね」


 そう言って笑う2人だった。

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