第7話

 時計というものが存在していないこの時代。人々は空にある陽の動きで時間を予想した。大きな街では決まった時間に鐘が鳴って時を知らせることもある。


 ただここはダンジョンの32層で外とは隔離された場所だ。しかも目の前に広がっている32層の砂漠は常に陽が真上にある。時間の概念がない。


 普通の冒険者なら時間が分からなくなるだろうがこの4人は今まで数々のダンジョンに挑戦してきた経験から各自が正確な体内時計を持っていた。


「2時間砂嵐のあとは4時間晴れ、その繰り返しかな」


 たった今目の前で消えた砂嵐を見ていたランディが言った。ハンク、マーカスの体内時計も同じ感覚だったという。


「俺も同じだ。2時間と4時間の繰り返しだ。砂嵐が発生する直前に強い風が吹いで砂漠の砂が舞い上がるのが砂嵐発生の合図だな。風が吹き始めてから砂嵐が起こるまで5分弱。この間に結界を張れば凌げるだろう」


 最後にローリーが言った。


「砂嵐の間は魔獣は襲って来ないと見ていいか?」


 ハンクが聞いた。


「32層ではな。深層に行くと分からない。俺たちの予想もしないことが起こるのが地獄のダンジョンの深層部だ。常に最悪の事態を想定して動いた方がいいだろう。砂嵐の間に魔獣が襲ってくるかもしれないし、砂嵐の時間が晴れの時間よりもずっと長いかもしれない。何でも起こりうる。それに砂嵐じゃなくもっとえげつないフロアかもしれない」

 

「ローリーが言った通りだ。ツバルのダンジョンもいやらしかったが常に悪い事態を予想して準備していたおかげでクリアできたとも言える」


 ハンクもマーカスもボス戦で命を落としたとは言え龍峰のダンジョンの最深部、ボス部屋までたどり着いている強者だ。いまのローリーとランディの話で全てを理解する。常識が通じないのが地獄のダンジョンであると。


 4人は丸一日階段の前で過ごして砂嵐が発生するインターバルを理解するとそのまま地上に戻って宿に帰っていった。そこで待機していたドロシーらに話をし明日もう1日を休養日とする。その間ローリー以外の3人は市内で帽子やネフドの衣装を購入したりと準備を整えた。


 先に地上に戻っていたドロシーら女性5名は全員で市内で頭と顔を保護する帽子やフード付きのローブを購入するとそのまま市内のレストランで昼食をとった。昼食時の話題は当然ダンジョンの事とランディらのパーティのことになる。


 一緒にアライアンスを組んで26層から攻略を開始していた時のことの話なると僧侶のルイーズが言った。


「ローリーの魔法の威力が数段上がっているわ」


 隣にいた精霊士のカリンも続けて言った。


「その通りね。地獄のダンジョンを2つクリアし、2つとない装備をしている。当人のスキルと装備が合わさってとんでもない実力になってるわよ。私とルイーズとはもう桁が違う程」


 彼女らの言葉を否定しないドロシー。実際その通りだった。遊軍として強化魔法を撃ち、回復魔法を撃ちそして精霊魔法を撃つ。その全てが見たこともない威力と効果になっている。それに加えて戦闘の指示が完璧だ。元々賢者としての能力の高さと参謀としての能力の高さはリゼのみならずトゥーリア国内の冒険者の間では有名だったがここにきてさらに能力が伸びている。うちのパーティのケイトも優秀だがローリーには及ばない。


 ルイーズも32層で見たあの砂嵐なら耐えられる結界は張れるだろうがあれ以上強い砂嵐になると結界の強度を上げる為に広範囲に張れなくなる。恐らくローリーならこの数倍の威力の砂嵐が着ても同じ広さの結界を事も無げに張るだろうことはランクAの上位に位置するこのメンバーなら分かる。


 ローリーも凄いがランディもローリーと同じくリゼで知っていた時の彼よりも数段強くなっていた。盾と防具の部分を差し引いても当人のスキルが大きく伸びているのは明らかだ。


 地獄のダンジョンとはここまで人を強くさせるのか。


 逆に言えば自分達もまだだま伸びるチャンスがあるということだ。目の前の料理を口に運びながらドロシーは気合を入れ直した。



 休養開け、9名は32層に飛ぶと目の前に広がる砂漠のフロアを見る。今は砂嵐は吹いておらずきつい日差しの中で起伏のある砂漠が見えていた。強化魔法を掛けると早速フロアの攻略を開始する。


 晴れが4時間、砂嵐が2時間という話ドロシーらのパーティに話をした際にローリーは私見だがと前置きをしてから


「32層は31層と同じ造りでただ砂嵐があるかないかの差だけだと思う。攻略は容易い」


 そう言っていた。これについてはランディも同意見だ。


「下層に降りればもっと条件が厳しくなるだろうがまだ30層の前半だ。俺達にとったら楽なフロアだよ」


 実際に砂嵐が発生してもローリーの結界が完全に砂嵐を遮断する。そうして2時間休憩を取って砂嵐が止んで晴れると再び攻略を開始した。時間はかかったが32層をクリアした彼らは33層に降りる階段を降りたところから33層を見る。


「上のフロアと同じパターンか?」


 目の前で砂嵐が吹きまくっている33層を見ながらハンクが言った。


「同じだが砂嵐も上のフロアより強い。予想だが砂嵐の時間も伸びているだろう。上よりは環境が厳しくなっているはずだ。フロアの広さは分からないが上よりも広くなっている可能性があるな」


 ランディが答える。やりとりを聞いていたドロシーがそうなの?とローリーに聞いてきた。


「ランディの見立て通りだと思う。同じパターンのフロアが続くことはある。当然だが下に降りると難易度は上がるからな」


 33層は3時間砂嵐と3時間晴れというインターバルでフロア自体も32層よりは広くなっていたそのせいもあり33層の攻略には1日半の日数を掛けた9人。昼過ぎに地上に戻って市内の食堂で遅めの昼食をとりながらの話となった。昼のピークタイムを過ぎていたこともありレストランは空いていた。個室が開いていたので個室に入った9人。全員が食事を頼み終えるととりあえず明日は休養日にすることとする。


「それで明後日は34層からとなるが階段から見た限りの印象だが33層とは違ったパターンになると思っているんだ」


 ローリーがテーブルに座っている全員の顔を見ながら言った。


「34層は時間の感覚がある。今までは陽はずっと真上だったがさっき見た限りだと真上じゃなかった。恐らく夜があるぞ」


 他の8人はローリーの観察力にびっくりする。彼以外の8人は砂漠の様子は見ていたが陽の位置までは見ていなかった。


 ローリーの話を聞いていたドロシー。この観察力が下層に降りていく時の必須の能力の1つになるのかと思いながら彼を見ている。全員の顔がこちらに向いているのを見たローリーが話を続ける。


「時間の概念がある。つまり広いということだ。間違いなく野営前提だろう。ひょっとしたらオアシスがあるかも知れない」


「オアシスは安全地帯として?」


 ケイトが聞いてきた。


「まだ30層台のフロアだ。オアシスは安全地帯だろう。ただ下に降りた時、特に40層から下に降りた時にはオアシスがあったとしてそこが安全地帯だという保証はない」


 ダンジョンを2つ攻略しているローリーの言葉は重い。隣でランディも頷いている。


「魔獣についてはどう見てる?」


 ドロシーが聞いてきた。


「流砂渦、地中から出てくる魔獣のランクはA。ただし複数体いる可能性がある。そして数が増えるだろう」


 地獄のダンジョンではフロア毎に段階的に強くなるのではなくあるフロアで突然難易度が上がるフロアがあるのはここにいる全員が知っている。


「32層の敵の強さがこうだったからという推測、予断は禁物だってことだね」


「その通り」


 ドロシーの言葉に頷いたローリーが言った。


「ローリーはよく言っている。常に最悪の事態を想定しておこうと。そうしておけば少々の事態の悪化や突発的なことが起きても慌てないってな。その通りだと思う。楽観的な見方より悲観的な見方をしておいた方がショックが少ない。特に地獄のダンジョンの下層部に行くとそんなのばっかりだ」


 ローリーとランディ2人の話を真剣な表情で他の7人が聞いていた。

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