第4話

 休養日、ローリーは一人でリモージュの街をブラブラと歩いていた。彼らのパーティメンバーは皆仲が良いが、だからと言って休養日まで行動を共にすることは滅多にない。それぞれが私的な時間を過ごしてリフレッシュしてまだ一緒に行動するというパターンが出来上がっている。


 市内をうろうろしていたローリーは気がつくとアラルの鑑定家の家の近くに来ていた。せっかくだから顔を出すかとアラルの家に向かって歩いているとその彼の家から二人の男性が飛び出してきた。二人は前から歩いてくるローブ姿の男を見て立ち止まると声を出した。


「あっ、ローリーさん」


「アニールにクマール。久しぶりだな」


 アラルの家から出てきたのは以前砂漠横断の際に案内人として雇った兄弟だった。


「ずっとリモージュにいたんですか?」


「いや、ツバルに行ったりしてたよ。それより二人は砂漠の案内人だろう?久しぶりにリモージュに戻ってきたのかな?」


「そうなんです。昨日帰ってきたんですよ」


 自分の家に戻ってきたからか二人とも表情が明るい。聞くと相変わらず砂漠の案内人の仕事でカルシとアクタウの間を行ったり来たりしているらしい。


「ローリーさんとの砂漠縦断はよく覚えています。あれほどすごい魔法を使う人はローリーさん以外見た事がありません」


 兄のアニールがいうと本当だよねとクマールが続いていった。


「アラル叔父さんのところに行くんですか?」


「いや今日は休養日でね、市内をぶらぶらと特に目的もなく歩いてたんだよ」


 ローリーがそういうと兄弟は顔を見合わせた。そして兄のアニールがローリーに顔を向けて言った。


「時間があるのなら面白い場所に行きませんか?旧市街の中にあるんです。冒険者の人はまずやってこない。地元の人がよく行く場所です」


 それは面白そうだと二つ返事でOKすると兄弟の後を歩いて市内を歩いていく。途中から路地に入ってその中を右や左に曲がりながら進んでいく兄弟。後ろを歩きながらこれは地元の人じゃないとわからないなと迷路の様になっている路地裏をしばらく歩いていくとちょっとした広場に出た。


 そこには所狭しとテントが立ち並びその中では様々な物が売られておりそれらを買いにきている客も多く賑やかな場所だった。露店が広場に集まりそれを見る地元の人たち。やりとりの声があちこちから聞こえてくる。


「バザールか?」


「バザールはバザールですがここはガラクタ市で。月に一度開催されるんですよ。皆掘り出し物があるんじゃないかってやってくるんです」


 アニールの説明を聞きながら近くにあるテントに並べられている商品に目を向ける。食器や木工品があるかと思えば衣料や靴が売っていたりする。確かにガラクタ市だ。


「いろいろ売ってあって面白いな」


 店を見ながらローリーが言った。


「買うなら僕たちに言ってください。店の言い値で買う人なんていませんから」


「わかった。その時は頼むよ」


 アニールとクマールはローリーの後ろから彼についてくる。ローリーは衣服を見たり靴を見たりと広場にあるテントをゆっくり見ながら移動していた。流石に冒険者関係の商品は売っていないのかと見ているとあるテントの前で足を止めた。


 そのテント、露店では帽子を売っていたがその中の一つの帽子に目が行ったローリー。無造作に置かれている帽子の中でその帽子だけが一瞬何か自分に訴えている様に感じた。

この感覚をローリーは大事にしている。


 手に持っていいかと断りを入れてその帽子を手に取ると近くでじっくり見る。帽子は濃い茶色で周囲にツバがついており上は小さく尖っているがその尖っている部分の半分程度の長さのところから後ろ側に折れていた。手に持ってみるとと新品だというのがわかるが外見は一見使いこまれた感が出ていた。性能は分からない。ただ手に持った時にこれだという感覚がより強まった。


「ローリーさん、その帽子が気に入ったの?」


 彼の背後に立っている兄弟のうち兄のアニールが言った。


「値段次第だな」


 ローリーがそう言うと兄弟が前に出て店にいる男と値段交渉を始めた。流石に兄弟はこのガラクタ市の仕組みをよく知っている。最終的に最初に店の男が提示した値段の3分の1以下になった。兄弟もこれが交渉の限界だと悟った様で2人して顔をローリーに向けてきた。


「いいだろう。その値段で買おう」


 そう言って金を支払って帽子を手に入れたローリー。


「アラルのところで鑑定をしてもらおうと思うんだが」


「じゃあ叔父さんの所に行こう」


 そう言ったクマールが先に歩き出した。帰りも細い路地をいくつも曲がって歩くので結局どこに市があったのか分からなくなったローリーだがあとをついていくと自分も知っている大きな通りに出た。


「この街は路地が複雑だな」


「聞いた話だと敵が襲ってきても攻略され難い様にわざと複雑にしたって聞いてるよ」


 隣を歩くアニールが言った。なるほどと納得するローリー。ネフドは今でこそ一国になっているがその昔はオアシス毎に部落がありそれぞれが敵対していたと本で読んだことがある。その時に敵の部族が襲ってきても簡単に攻略されない目的でわざと街中の道を複雑にしたのだろう。昔の街並みをそのまま残しつつ外に広がっていった。それがリモージュの街だ。


「面白い物を手に入れたな」


 アラルの店で帽子を見せると開口一番そう言った。この場に兄弟はいない。家に帰ってお母さんの手伝いをするというのでアラルの店の近くで別れている。


 兄弟と3人で旧市街のバザールに出かけて買ってきたのだと言うといくらだと聞かれた。買った金額を言うとアラルが頷いた。


「良い買い物をしたな。ガラクタ市はその名の通りほとんどが雑貨やそれにに近い物だがたまにこうやって掘り出し物が隠れている。これはその掘り出し物の中でも特級品だろう」


 アラルの話を黙って聞いているローリー。面白い物、掘り出し物という言葉が出ていたので鑑定の結果に期待がもてそうだ。アラルは帽子をテーブルの上に置くとそれを見ながら言った。


「まずこの帽子には温度調節機能がついている。これをかぶると頭の部分だけだが寒い時は暖かく、暑い時には涼しくなる」


「砂漠の横断や今攻略している流砂のダンジョンの中でも使えそうだな」


「問題ないな。陽を遮りいつも頭を適度な温度に保てるだろう」


 首から下は防具やインナーで温度調整機能がついているのを身につけている。頭の部分は今までは無防備だったがこれで調整できるのであれば大きなメリットとなる。


「効果はそれだけではないぞ」


 アラルが言った。まずと言った時点で他にも効果があるだろうと予想しているローリー。彼の言葉を待っている。


「この帽子には敵対心-2が隠れ機能として付いている」


「隠れ機能?」

 

 おうむ返しに言ったローリー。その言葉にそうだと言うと続けた。


「隠れ機能とはそのアイテムを見ただけではまず分からない。それを装備して初めて効果が出るというものだ。私は幸いにして鑑定のスキルが高いからその隠れ機能が見えた。普通のレベルの鑑定士だと分からないだろう」


 それはすごい効果だ。ローリーにとって敵対心は限りなく0に近い方が良い。ダンジョンでは狩人のジョブ装備の指輪が出たがそれとはまた違う。こちらはジョブは関係なく装備すれば効果出る帽子だ。しかも被らないと効果が見えない。


「すごい機能が隠れていたんだな。そしてそれを見つけたアラルも流石の鑑定士だ」


 感嘆した口調でローリーが言った。その言葉に僅かに微笑んだアラル。


「鑑定はわしの仕事だ。そしてその鑑定のスキルを更に上げてくれたのはローリーだ。この帽子を今言った値段で買えたのは僥倖だろう。もし効果が公になっていたら買った値段の10倍ではきかなかっただろうな。職人が作ったのかダンジョンから出たのかは分からないが、職人の作だとしたら作った当人も気づかない効果だろう」


 その通りだ。そしてそれほどの効果を知っていればこれはあのガラクタ市に流れない。防具屋が商品を高値で買い取るだろう。そして更に高値で冒険者に売る。ラッキーだったとローリー。


 アラルは帽子を持ち込んだローリーを見てしっかりと運を味方にしているなと思っていた。自分に関わる人間を粗雑に扱わない。誰にでもフェアに接しているからこそ周りから好かれている。かく言う自分もしかりだ。


 そして人間性が良いローリーが持っている運。彼の人間性と持っている運が相乗効果になって物事が上手く進んでいる。


「この帽子をかぶってダンジョンに潜ればまた一段と攻略が楽になるだろう」


「アラルの言う通りだ。一筋縄では攻略できない地獄のダンジョン。こちらの装備が良ければ良いほど少しでも楽になる」


 ローリーは鑑定料を払い、アラルに礼を言って店を出ると常宿に戻っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る