第26話

「正解は1つなのかな」


「その可能性は高いよ」


 ダンジョンから東の島の市内に戻ってきた彼ら。今は定宿の中にあるレストランで夕食しながらの打ち合わせだ。ケンの言葉にランディが答える。


「外れの洞窟に入った時にどれだけ脅威があるか。どこで間違っているのかに気づく事ができるのか」


「最悪3回挑戦すると腹を括ればいいさ。まぁ先にまた分岐があれば3回の挑戦じゃ済まないが」


 カイが言うとローリーが続けた。要は腹だけ括っておけということだ。ローリーの言葉を聞いたランディが苦笑しながらまぁそう言う事だよなと言う。


 ローリーは腹を括ればいいと言ってからテーブルの向かい側に座っている忍の2人を見て言った。


「以前も言ったがダンジョンにはどのフロアにもサインがある。それを早く見つけることが正解への近道になる。間違っても良いから感じた事を声に出してくれ」


 分かったと頷く2人。

 

「あの洞窟の先がどうなってるか分からない。ひょっとしたら洞窟は短くてその先に違う景色があるかもしれない。地獄のダンジョンの深層だ。何があっても驚かない心つもりだけしておこう」


 例によって翌日は休養日だが今回はガチの戦闘が続くフロアを2連続して攻略したこともあり明日の夜に集まってその時点で完全に回復していない場合はもう1日休養日を取ることにして解散した。間に1日の休養を挟んだ2フロア攻略。肉体的には相当疲れているはずだ。ここで無理をする意味がない。これから挑戦する44層も厳しい戦闘が予想されるので尚更体調は万全にする必要がある。


 ローリーは宿の部屋に戻ると今度挑戦する44層についてどういうフロアの可能性があるか1人で検討をする。


 3つある洞窟の全てが奥に真っすぐ伸びている可能性は低いだろう。下に伸びているのか上に伸びているのか。洞窟の入り口の幅から見ると4人横に並んで歩いても問題のない幅だ。ということは洞窟と言いながら狭い場所での戦闘という意識を持たない方が良いのかもしれない。そしておそらく正解の洞窟は1つだけだ。


 中は暗いかもしれない。となるとライトの魔法が必須か? ただ灯りを付ける事で敵から見つかりやすくなる。


 地獄のダンジョンの深層だ。何が起こっても不思議じゃない。ただ一方でどんな理不尽なダンジョンでも必ずヒントが隠されている。それをいかに早く見つけて対処するかだ。


 翌日忍の2人に会った際、4人で話し合った結果もう1日を休日にすることにする。ここにきて無理をする意味は無いし無理をしても何の見返り、メリットが無いからだ。


 44層から下はさらに強力な敵、そして考えられないギミックが仕掛けられているだろう。幸いに忍の2人の装備も充実してきている。焦らずに最下層を目指すつもりだ。



 休養2日目、ローリーはリゼのギルマスに手紙を書いた。ネフドからツバルに移動してからの事。自分たちの現状と一緒に地獄のダンジョンに挑戦している忍2人について。そして攻略中の火のダンジョンについて。


 手紙を書き終えると東の原のギルドに顔をだした。トゥーリアのリゼの冒険者ギルド宛てに届けてもらう様に依頼する。受付嬢に手紙を託して宿に戻ろとすると受付嬢からギルマスに会ってくれないかと言われるローリー。何でもローリーかランディが1人でギルドに顔を出した時には声をかけてくれと言われていたらしい。


 受付嬢に案内されたローリーがギルマスの部屋に入ると執務机に座っていたタクミが椅子から立ち上がって近づいてきた。


「今日は休養日かい?」


 勧められたソファに座ったローリー。


「昨日、今日と休養日にした。しっかり休んで完全に疲れを取るのが目的だよ」


「中途半端でクリアできる程あのダンジョンの下層は易しくないか」


 ギルマスの言葉に頷くローリー。彼はここに呼ばれた目的が何となく分かっていたが黙っているとギルマスが言った。予想通りツバル所属の忍の2人に付いて知りたいらしい。


「お前さんとランディの2人はランクがSだ。トゥーリアの地獄のダンジョンをクリアしているのも知っている。お前さん達が強いってのは分かっているんだがうちの忍の2人がどうかなと思ってな」


 ギルマス曰くツバルはその土地柄、お国柄もあり大陸の冒険者との交流がそれほど多くない。井戸の中の蛙になりがちだ。


「忍でランクAと言っても他の国じゃ忍自体がいない。もちろんこの国のギルドも他国と同じ評価基準を適用しているのでAランクに上がるってことはそれなりに強いって事になる。ただ他国にいない忍のAランクがお前さん達の様な他国の冒険者から見てどれくらいのレベルにあるのか知りたいと思っていたんだよ」



 ギルマスのタクミの話を黙って聞いていたローリー。


「なるほど。先に結論を言うとあの2人、忍のカイとケンはダンジョンの下層に行くたびに強くなっている。十分に戦力になっているよ。でないと地獄のダンジョンの40層から下には潜れない」


 そう即答する。彼の言葉を聞いたギルマスの表情が緩んだ。

 

「言っておくが決っしておべんちゃらを言っている訳じゃない。もうちょっと詳しく言うとあの忍の2人は地獄のダンジョンに入る前はAランクの中位から上位クラスだっただろう。今はSランクと言っても言い過ぎじゃない程に伸びている。あの2人がいるから43層までクリアできているとも言える」


「そこまで伸びたのか」


「そう。あの2人は元々実力はあったんだろう。それに加えて人間性も悪くない。俺たちの話をしっかりと聞くし無茶をしない。彼らは最初に言ったよ。ダンジョンに入ったら俺とランディの指示に従うってな。実際その通りだった。そしてダンジョンに潜って敵を倒しながら実力を付けていった。普通なら自分が強くなったと実感出来たら俺たちの話を聞かずに自分達で突っ込みたくなるところだ。2人はそれをしない。自分達の役割を十分認識している。今の4人のチームワークはいい」


 ありのまま思ったことをギルマスに伝えるローリー。


「ケンとカイによるとツバルじゃあ多くの冒険者が忍のジョブを取得し、後衛ジョブを取得する者が少ないと聞いた」


 ローリーが話題を変えた。


「その通りだ。たいていは忍を選択する。勢い後衛が不足しがちになる。その後衛だが魔法を体系的に教えることが出来る奴が殆どいない。なので多くの魔法使いはほぼ我流で魔法を覚え、使っている。ごく一部の連中が魔法の盛んなトゥーリアやクイーバに修行に出るんだ」


「それじゃあ地獄のダンジョン以外のダンジョンのクリアだってそう簡単じゃないだろう?」


 ギルマスの話を聞いたローリーが言った。ジョブが偏り過ぎている。しかも魔法使いの師匠というか指導者がいない。恐らくナイトも同じだろう。忍ばかりで4人も5人のパーティを組んだとしても格上との連戦に耐えられるとは思えない。


 ギルマスの答えもローリーの思った通りだった。


「その通りだ。ただ知っての通りジョブは冒険者が自由に選択できる」


 ギルマスの説明によるとこのツバル所属の冒険者の7割近くが忍のジョブを選択するという。残りの3割の内魔法使いを選ぶのは2割程度、1割がナイトやシーフのジョブになるという。その3割の魔法使いだが彼らは攻撃魔法は殆ど使えない。仕えるのは初歩に毛が生えた程度の回復魔法だという。指導者がいないのでうまく発動できる者が少ないらしい。その少ない者も詠唱しないと魔法が発動しないレベルだという。皆好き勝手にやっているそうだ。それでも回復魔法が使えるというだけでここツバルではパーティから引っ張りだこだという。


「他国に修行に行った魔法使いは戻ってこないのか?彼らが戻れば指導者になれるだろう?」


 話を聞いていたローリーが言ったがその言葉に首を振るギルマス。


「まず他国に出た魔法使いでツバルに戻ってくる者は多くない。たいていは修行に出た先でパーティを組んでそちらで活動する。一方、他国からここツバルに戻ってきた魔法使いは殆どが国お抱えの魔法使いになるんだ。ツバル国のトップ連中も自分達の国に魔法使いが多くないのを知っている。なので高給で魔法使いを囲い込むのさ。魔法使いにしてもいつ死ぬか分からない冒険者より安全で且つ給料の良い国お抱えの魔法使いになった方がずっといいって訳だ」


「良い循環とは言えないな」


 聞いていたローリーが顔をしかめながら言った。


「その通り。地獄のダンジョンや他のダンジョンに挑戦しようと他国からやってくる連中はいる。ただ彼らは既にパーティを組んでいる。ツバルに来てくれるのは有難いがそれだけだ。こちらから指導してくれとも言えない」


 これが国民性なのかと話を聞いていたローリーは感じていた。ジョブ選択の自由があればツバル由来のジョブである忍になりたいという気持ちは当然だ。個人としてはそれで良いだろう。ただソロで活動するにしても限界がある。ダンジョンで強い敵を倒すにはソロでは無理だろう。


「ツバルの状況は分かった。今組んでいる忍のカイとケンの2人はもっと強くなりたい、その為には地獄のダンジョンに挑戦したいとパーティを解散し俺達に声をかけてきた。彼らはこの国では異質の冒険者になるのかな」


「異質だろう。普通の忍はそこまで上を目指していない。そこまでしなくても少し頑張ればAランクまではいけるからな」


 護衛等のクエストが多いのかもしれない。あとはAランク程度の相手なら複数忍のパーティでも倒せるだろう。ポーション等の薬品がぶ飲み前提にはなるが。


 俺たちはメンバーに恵まれた。ギルマスと会話をしながら安心するローリー。一方でギルマスのタクミも今回他国のメンバーと組んで地獄のダンジョンをクリアすることができればここツバルの冒険者達の意識も変わるだろう、いや変わって欲しいと期待している。


 目の前にいるトゥーリア所属のランクSの冒険者。タクミは言葉にはしなかったが内心で頼むぞと応援していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る