第9話

 翌日4人は東の島のギルドに顔を出した。受付でギルドカードを読み込ませると直ぐに奥にあるギルドマスター室に案内される。


「宣言していた通りだな。26層を超えて30層までクリアしてくるとは流石だな」


 ギルドマスターのタクミは受付嬢が部屋に入ってくるなり地獄のダンジョンが更新されているという話を聞くとすぐに4人をここに呼ぶ様に指示を出した。4人が部屋に入ってくるなりそう言ったギルマス。


「ネフドにある地獄のダンジョン、流砂のダンジョンも30層まではクリアされている。別に流石でも何でもないな」


 ギルマスの声に冷静に答えるのはランディだ。他の3人も高揚している様子はない。彼らにとっては30層は単なる通過点に過ぎない。50層まであるとしてまだ20層も未クリアのフロアが残っている。


 ギルマスのタクミは目の前の4人を見て今までの冒険者達とは全く雰囲気が違っていることを感じ取っていた。特にトゥーリアから来ている2人だ。この2人は地獄のダンジョンを1つクリアしているせいかオーラが違う。そして忍のカイとケンも2人と長い間一緒にいて攻略している内に普通のAランクでは出せないオーラを纏っていた。雰囲気が変わりつつある。これが強者のオーラなのか。


 

「ところでギルマスに1つお願いがあるんだが」


 ランディが言うと顔を彼に向けたタクミ。


「地獄のダンジョンを攻略しているのが俺達だということを言わないで欲しいんだ。フロアの更新まで止めてくれとは言わないが誰が攻略しているのかはギルドからは言わないで欲しい」


「その理由は?」


「注目を浴びたくない。それだけだよ。攻略しているのが分かれば情報を聞きたがって人がやってくる。俺達はその相手をしている暇はないんだ。休む時はしっかり休んでリフレッシュしないとダンジョンで命を落とす可能性がある。だから酒もほとんど飲まない。ギルドにも今後は週に1回は顔を出すが基本は放置でお願いしたい」


 普通の冒険者なら地獄のダンジョンの攻略フロアを更新したらヒーローだ。酒場では酒を飲みながらダンジョンの話をすることになるだろう。ただ目の前にいる4人は違う。特にトゥーリアから来ている2人は地獄のダンジョンをクリアしているが故に生半可な状態では下層に降りていけないということを知っているのだろう。


 酒もほとんど飲まずにしっかり休んで、それでも1日ダンジョンを攻略すると翌日は休養にあてないとならない程に体力と知力を使うダンジョン。余計な雑音は無い方が良いというのは彼らの活動内容を聞いていると納得できる話だ。


 横を見るとこの国所属のカイとケンの忍の2人も頷いている。この2人も地獄のダンジョンが今までのダンジョンとは全く別物だということを理解しているのだ。


「わかった。ギルドとして約束しよう」


 ギルマスの言葉に助かると言ったランディ。

 

 彼らがギルドを出て行った翌日に地獄のダンジョンの攻略階がそれまでの26層から30層に更新された。ツバルの東の島やアマノハラのギルドでは久しぶりに更新されたのを知った冒険者達が一体誰だと探し始めた。



 当の4人はしっかりと休んだ翌日から31層の攻略を開始した。

 地獄のダンジョンはフロアを1つ降りた後の攻略難易度の上昇率が一定ではない。少し難易度が上がるフロアもあればいきなり数段格上の難易度になるフロアもある。


 31層は幸いにしてというか30層よりもやや難易度が高くなっているフロアだった。とは言っても少しでも油断すれば命を落とすことに変わりはない。


 マグマの中から飛び出してくる火の玉の様な魚は左右同時に飛び出してくることもありその飛び出してくる回数も30層よりも頻度が上がっていた。


 途中で安全地帯を見つけた4人がそこで水分補給をしながら休憩している時にランディとローリーが話をしていた。カイとケンは水を飲みながら2人の話を聞いている。


「31層がやや厳しくなっている程度でよかったな」


「全くだ。この程度の上昇なら問題ないんだがな。まぁずっとそうはいかないだろう」


 カイにとっては31層は30層に比べるとかなりいやらしくなっているという印象だったがトゥーリアから来た2人はこのフロアはラッキーだと言う。隣を見るとケンも自分と同じ感覚の様だ。2人の話を驚いた表情をして聞いていた。


「この31層がラッキーなフロアなのか」


 思わず聞いたカイ。


「そう。上のフロアと同じパターンだろう。それって慣れるからな、数が多くなってもやること自体は変わらない。ギミックも変わっていない。戦闘に注力できるってことは俺たちにとっては楽なんだよ」


 これくらいの気持ちがないと地獄のダンジョンを下層まで潜っていけないのか。目の前の2人は当たり前の様に話をしているが普通なら事故が起こる確率が上がることは難易度が上がるということだ。ただ彼らの考え方は違う。同じパターンなら少々難しくなる程度は問題がないということ、つまり2人にはまだまだ余力があると言うことになる。


 実際に休憩を終えて奥に進み出しても2人は当たり前の様に敵の攻撃の気配を感知しそれに対応している。2人に引きずられる様にカイとケンも両手に持っている刀を振っては魔獣を倒しているが彼らほど余裕はない。


「カイ、ケン。敵の攻撃を1発も喰らわないとしようとするから力が入るんだ。1発程度なら俺が直ぐに治してやるから安心してくれ」


 戦闘を終えて荒い息を吐きながら通路を進んでいると背後からローリーの声が飛んできた。確かに2人はマグマの中から飛び出してくる魚の攻撃を喰らわない様にと大きな動きで相手の攻撃を避けながら自分達が攻撃していた。これを続けていると疲労の蓄積が早い。


「ローリーの言う通りだ。川や池から飛び出してくる魚は火の玉だけど顔以外ならぶつけられても死ぬことはない。強化魔法もかかっているしな。だからぎりぎりで避けるイメージで対峙すればいいよ。もし当たってもローリーが直ぐに治療して回復してくれる。味方を信用するのは大事だぞ」


「2人の言う通りだ。わかった」


 カイとケンが同じ様に言った。

 その後はギリギリで避ければいいんだと思った2人の動きがよくなる。よくなると攻撃を食うこともなくなる。そのまま無事故で32層に降りる階段を見つけた4人。


「気持ちに余裕ができると結果的に安全になるんだな」

 

 とカイ。


「そう言うことだ。31層の記録をして地上に戻ろうぜ」


 それから2週間後、4人は到達記録を35層まで伸ばした。

 火のダンジョンの攻略を初めて2ヶ月近くが経っていた。

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