ツバル
第1話
イン・サラーを出た船は穏やかな海を順調に東に進んでいく。ローリーは船の揺れが想像以上に少ないことにびっくりしていた。船には食堂もあり酒も飲める。4人はトレイに食事を乗せて空いているテーブルに座ると食事をしながら簡単な打ち合わせをする。
ローリーもランディもツバル島嶼国は初めてだ。ネフドもトゥーリアから見れば独特の文化を持っていた国だがツバルはそれとはまた異なる文化を持っている。現地でトラブルを起こさないためにもカイとケンからのレクチャーは必要だった。
「ツバルでは知り合って握手をする習慣がない。お互いに頭を下げるのが挨拶だ。首都のアマノハラは大陸の人も多くいるので大陸の人が握手をする習慣があるのを知っているがそれでも自分からは握手はしてこないだろう。ただし冒険者は別だ、俺たちも含めた冒険者は握手に対して抵抗がない」
食事をする手を止めずにカイの話を聞いている2人。
「服装は確かにこの大陸とは大きく異なっている。ただそれはネフドだってそうだろう。これも慣れてしまえば大丈夫だろう。それよりもだ」
そこで言葉を切ったカイの顔を見るランディとローリー。
「武器なんだがどうしても刀がメインでね。片手剣や盾と言った装備が豊富にないんだよ。防具もしかりだ。俺たちが着ている様な装束が中心になっている」
「なるほど。まぁ武器は大丈夫だろう。俺の持っている片手剣は自動修復が不要されている。いわゆるメンテナンスフリーだ。盾も同じだ。防具についてはこれ以外に予備も持っている。現地で購入することはないと思うよ」
「それなら安心だな。ローリーも大丈夫かい?」
そう言ってカイがローリーに顔を向ける。
「大丈夫だ。ローブは言った様にレア中のレアで頑丈にできている。杖についても収納の中に予備の杖もある。買うとすれば靴くらいじゃないか。ダンジョンの中は暑いんだろう?」
火のダンジョンと呼ばれているくらいだ。道中は暑さが予想される。気温のみならず火山のマグマなどがあれば歩く通路も熱くなっている可能性がある。ローリーの言葉にランディも靴か…と声をだした。
「確かに中は暑いと聞いている。靴は予備を持っていった方がいいかもしれないな。高くなるが東の島で買うのがいいだろう。あそこにはダンジョン専用の防具を売っている店がいくつかある」
カイの言葉に頷く2人。
「食料と水はたっぷりと持っていこう。収納にはまだまだ余裕がある」
「収納ってのは便利だな。あるとないとでは大違いだ」
ケンが言った。最初は黙っていたケンだが一緒に数日過ごすと少しずつこうやって会話に参加してくる様になった。カイに言わせるとケンは人見知りが激しいらしい。
「決して俺が押さえつけてる訳じゃないからな」
そう言って笑ったカイ。
その後食堂で雑談をしていると船員らしき格好をしている者が食堂に飛びこんできて大声を出した。
「半魚人の群れが現れた。こちらに向かってるんだ。冒険者は悪いが討伐を手伝ってくれ」
一斉に席を立つ冒険者達、ローリーら4人も席を立つと船員について船の船側に走っていった。船側に立つと遠くの海面が泡立っていてそれらが急速にこの船に近づいてきているのが見えた。カイが手裏剣を持った格好で2人に説明をする。
「あれが半魚人だ。彼らは水面下を泳ぎながら船に近づき持っている武器で船を壊して沈めるんだ」
「なるほど。それでその手裏剣の射程距離は?」
「20メートル程だ。できるだけ引き寄せて一斉に放つ作戦だ」
「20メートルか。じゃあ俺がやろう」
そう言ったローリー。カイとケンがローリーを見た。そして船側に立っていた他の忍達も今の言葉を聞いてローブ姿のローリーに顔を向けた。
「感電死させるか?」
ランディの言葉にそうしようと答える。
「ローリーの魔法の射程距離は100メートル以上ある。彼に任せておけば安心さ」
ローリーがカイとケンに顔を向けて言った。100メートルと聞いてびっくりする2人。そして近くにいたツバルの忍達も今のやりとりを聞いて同様に驚いた表情になる。
ローリーの周囲から人が離れると右手に持った杖を突き出してじっと海面を見る。周囲は船員も含めて誰も声をださない。全員がローリーに注目していた。
突然突き出した杖の先から紫色の光が広範囲に渡って飛び出していった。もちろん無詠唱の魔法だ。そして次の瞬間にその紫の光は近づいてくる半魚人の群れに命中すると半魚人達が水面から飛び上がったかと思うとそのまま絶命して水の上にひっくり返ってそのまま波間に漂う。その数約20体。2体ほどが方向転換して逃げていくのが見えているが瀕死の状態だろう。それが証拠に逃げ始めて直ぐにその動きが止まって他の連中と同じ様に波間に浮かび出した。
「……」
見ていた人たちは声がでない。
しばらくの沈黙の後大歓声があがった。
「威力を抑えていたな」
とランディが言った。
「ああ。あれくらいで十分だろう。せいぜいBランクだろう、数が多くても雑魚には違いないからな。あの程度で十分さ」
何と言う威力だと隣で魔法を見ていたカイ。無詠唱でやるとは聞いていたけれども本当に無詠唱でしかも魔法の飛び出す速度が見たこともなく早い。更にあの威力だ。一撃で20体ほどの半魚人が感電死している。あれほど強力な範囲魔法は見たことがない。びっくりすると同時にこの2人が地獄のダンジョンをクリアしたというのは間違いないと確信する。俺たちが知っている魔法使いとは雲泥の差だ。おそらく国お抱えの魔法使いよりも目の前のローリーの方がずっと上だろう。
しかもランディとのやりとりだと相手が弱いから本気を出していないという。こいつが仲間になってよかったとカイそしてケンも思っていた。
船側から波間に漂っている半魚人達の死体を見ていると船員の服を着た年配の男が船側、ローリーのそばにやってきた。
「この船長をしているユズルと言う。20体もの半魚人を魔法で倒してくれて感謝する」
「トゥーリア所属の冒険者のローリーだ。役に立つことができて嬉しいよ」
「それにしても見ていたが凄い威力の魔法だな」
感心した声で船長が言った。
「雷系の魔法を撃った。水系の魔獣とは相性がいいからな。忍達が手裏剣で倒すと言ってたんだが手裏剣だってタダじゃない。魔法ならタダみたいなもんだからな」
なるほどと聞いていた船長が声を出して笑った。
「いずれにしても船が無事だった。乗客も荷物も大丈夫だった。アマノハラまであと1日ある。飲み食いの金はこっちで持つから好きに食って飲んでくれ。船からのお礼だ」
「そりゃありがたい話しだ。遠慮なくご好意に甘えるとしよう」
その後は半魚人が襲ってくることもなく平穏な航海が続き、船長が言った通り翌日の夕刻に船はツバル島嶼国の首都になっているアマノハラの港に接岸した。
船から下りる際に船長のユズルがローリーとランディを見つけると近寄ってきた。
「あんた達には世話になった。地獄のダンジョンに行くんだろう?頑張ってこいよ。帰りはまた俺の船に乗ってくれよな」
「その時はまた世話になるよ」
船に降りるとすぐにそこが今までいたフエゴ大陸とは全く違う国に来たのだと分かる。まず住民の服装が違う。男も女も大陸では見ない格好だ。それに全員が黒髪で黒い瞳をしている。
「異国に来たという感じだな」
「ああ。正にランディが言った事を俺も今思っていたよ」
この街では事前に食料は水を買い込む必要があるが入港したのが夕刻だったこともあり買い出しは明日1日かけて行うこととし、ローリーとランディはカイが紹介したアマノハラの市内の宿に部屋を取った。
「島国だけあって魚が美味かったな」
カイが言っていた宿の近くの海鮮料理店で夕食を摂った2人。
「確かに。それにコメというのか?意外とうまかった。気候も温暖だし印象は悪くない」
ローリーもランディの言葉に頷きながら言う。
「俺もだ。今日はゆっくりと休んで明日しっかり買い出ししよう」
そう言って2人はそれぞれの部屋に戻って旅の疲れを取った。
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