第2話
部屋で休んだ2人は宿で夕食を食べると二手に分かれた。街の酒場の方に歩いていくランディの背中を見ていたローリー。彼はとりあえずギルドに顔を出してみることにする。当然ランクは隠しカウンターに寄ることもしない。ギルドの雰囲気を探ってから街をぶらぶらしてみようと考えていた。
ギルドの扉を開けると夕刻のピークタイムを過ぎていたせいか想像していたよりも人が少なかった。カウンターの前には誰も並んでおらず横の酒場の方には数組のパーティがテーブルに座って食事をしながら雑談をしている。
これではダンジョンに関する情報収集はできないな。そう思ったローリーが踵を返してギルドから出ようとして顔を動かした時に酒場の隅にあるテーブルに座っている二人組を見つけて視線を止めた。
周囲、いやこのリモージュの街でもその格好をしている者はいないだろう。黒装束に身を包んでいる2人。周囲とは異質の雰囲気を醸し出している。
確かツバルの防具だったな。忍装束と言ったか。
思い出して2人をよく見ると2人とも腰に2本の武器を指していた。刀と呼ばれている武器だ。2人はツバル島嶼国の冒険者達の様だ。
ローリーの視線に気がついたのだろう。2人が顔を上げてこちらを見てきた。無視する訳にもいかず軽く手を上げると彼らのテーブルに近づいていったローリー。
「済まないな。ツバルの装束を見たのが初めてだったのでつい見惚れてしまった。俺はローリー、ここより北にあるトゥーリア王国のリゼという街に所属している冒険者だ。ジョブは賢者。ランクはこれだ」
そう言って首から垂らしていたギルドカードを見せる。近くに人がいないとは言え余計なリスクは避けるべきだ。2人はローリーのランクを見たた時点で顔色を変えた。そしてローリーが差し出したギルドカーとを一瞥すると2人で顔を見合わせててからローリーに顔を向けた。年齢は自分やローリーと同じくらいか。20代の半ばから後半、30には届いていない様に見える。
「確かに俺たちはツバル島嶼国所属の冒険者だ。俺はカイ。ランクAの忍だ」
「俺はケン。同じくランクAの忍をやっている。せっかくだ。立ってないで座ってくれよ」
礼を言って彼らのテーブルに座ったローリー。自己紹介が終わると
「それでツバルからやってきた目的はここの流砂のダンジョン攻略かい?」
その場には2人しかいないが他所から来た大抵の冒険者の目的は地獄のダンジョンの攻略だろうと聞いてみた。
「その前に教えてくれるか?ランクSってことはどこかの地獄のダンジョンをクリアしてるのか?」
ローリーの質問に答える前に忍のカイという男が逆に小声で聞いてきた。その問いに頷くローリー。
「リゼにある地獄のダンジョンの1つ、龍峰のダンジョンをクリアしてる」
そう言うと2人の表情が驚いたものになり、次の瞬間2人の目が輝いた。ローリーは言葉を続けた。
「ただそこのボス戦で仲間が数名死んだ」
しばらく沈黙があってから、嫌なことを聞いたな、済まないと言うカイ。
「大丈夫だ」
「場所を変えないか?」
突然カイが言った。彼らにも何か事情がありそうだなと感じたローリーが黙って立ち上がるとカイとケンもテーブルから立ち上がる。
「詳しいことは後で話すよ」
「わかった」
3人はギルドを出ると暗くなった市内を歩いて1軒の宿に入っていった。ここが2人が部屋をとっている宿だという。受付横にはこじんまりとした談話用のテーブルと椅子が置かれていた。そこに腰掛ける3人。
「わざわざ移動してもらって済まなかった。あまり人に聞かせられない事情があったんでね」
申し訳ないとカイが言う。2人の中ではカイがリーダー格の様だ。隣に座っているケンは黙っているが申し訳ないと言った際にはカイと一緒に頭を下げていた。
「大丈夫だ。実はこちらも色々と事情がある身でね。あそこでは話し辛いこともあったんだよ。だから気にしないでくれ」
ローリーがそう言うと早速だがとカイが話始めた。
「ツバル島嶼国にある地獄のダンジョンのことは知ってるか?」
もちろんと頷くローリー。
「我々の間ではあそこは火のダンジョンと呼んでいる。火山の近くにあるダンジョンで中も火に関係したフロアが主体なんだよ」
「何層までクリアされているんだい?」
「26層までだな。龍峰のダンジョンは全部で何層だった?」
「50層が最下層だった。地獄のダンジョンはどこも50層前後じゃないかと俺たちは見ている」
ローリーの言葉に50層か、きついなという2人の呟きが聞こえてきてそのまま2人が言葉を噤んだ。
こう言う時は自分から言い出さない方が良いだろうと彼らに合わせて黙っていたローリー。やがてカイが口を開いた。
「ローリー、流砂のダンジョンの前にツバルの火のダンジョンを攻略する気はないか?」
「どう言うことだ?」
思いもかけない言葉にびっくりして2人を見た。
「今から説明する」
そう言ってカイが話だした。ツバルでも火のダンジョンの攻略をすべくギルド所属の冒険者達が挑戦しているらしい。ただ地獄のダンジョンは挑戦する冒険者をことごとく跳ね返しており、怪我をするものはもちろん、命を落としている者も少なくないと言う。
ローリーはカイの聞きながら地獄のダンジョンならどこでもそうなるだろうと思っていた。だからこそ地獄のダンジョンと呼ばれ他のダンジョンとは一線を画しているのだ。
「俺たちは最近まで5人でパーティを組んで火のダンジョン以外のダンジョンを中心に攻略していたんだ。全員がランクAでね。そしてそろそろ火のダンジョンを攻略しないかという話になったときにパーティ内で意見が分かれた」
攻略しようと言ったのがカイとケンの2人。残り3人は命の危険を犯してまでやる必要はない。他のダンジョン攻略で十分に生活できるだけの稼ぎがあるじゃないかと言ったらしい。
「意見はまとまらなかった。彼らの言い分もわかる。命をかける価値があるのかどうか。ただ俺とケンは冒険者である限り未踏破のダンジョンに挑戦してみたかった。何回かメンバーで話し合った結果パーティを解散することにしたんだ。方向性の不一致ってやつだよ」
ローリーはカイの話を黙って聞いていた。理解できる話だ。その気がない仲間を無理やりに地獄のダンジョンに連れていっても事故がおこるだけだ。地獄のダンジョンは甘いもんじゃない。全員が強い気持ちを持ってその上でしっかりと準備をして、それでも攻略ができないと言われているダンジョンだ。
「俺たち2人は今でも火のダンジョンを攻略したいと強く思っている。自分たちが住んでいる国に地獄のダンジョンが存在しているのだからな。ただメンバー2人じゃ無理だ。そしてツバルの街のギルドでメンバーを探したが良いのがいない。ということでメンバーを探しに流砂のダンジョンがあるリモージュにやってきたという訳だ。俺たちのターゲットはツバルの地獄のダンジョンなんだよ」
「なるほど。さっきギルドで俺たちはダンジョンをクリアしているが仲間が数名死んでいると言ったからこの話を持ち出したということだな?つまり一緒にツバルにある火のダンジョンに挑戦しないかと」
ローリーの言葉にその通りだという2人。ローリーは言葉を続ける。
「俺たちは5人パーティだったが残っているのは2人だ。それで今の話だが俺は個人的には乗っても良いと思っているがもう1人の意見も聞かないといけない。今は2人だが以前からそいつがリーダーだったんでな」
その後の3人の間の話で明日の昼にこの場所にローリーともう1人でくるので話をしようと言うことになった。
ローリーが宿に帰ってしばらくすると扉をノックする音がしてランディが部屋に入ってきた。
「大した情報は得られなかった。明日も聞き込みを続けるか?」
「それだけどな」
そう言ってローリーがたった今ツバルの忍と話をしてきたことをランディに報告する。聞いているランディの表情が引き締まってきた。
「蘇生アイテムについては言っていない。一緒にパーティをするならそこの取り扱いがキーになると思ったんでね」
「それだな。黙っていて正解だよ。ただ条件次第では受けてもいいんじゃないか」
条件が蘇生アイテムが出たらこちらの所有とするという事はローリーも考えていたことだ。それに2人でクリアできるほど甘いダンジョンじゃないのもわかっている。
「俺が話をした限りだが2人とも信用できそうだ。明日もう一度詳しく話をしてみよう。俺たちにとってもメリットのある提案だしな」
ローリーが言うとその通りだよと頷いたランディ。二人とも相手の実力を見る目がある。ローリーが信用できそうだと言ったのは人間性だけじゃなく冒険者としての実力も信用できるという意味であることをランディも理解していた。
その夜ランディと別れてからローリーは自室でトゥーリア国のリゼのギルマスに長い手紙を書いた。
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