第7話

 2人の視線の先にはキアラの顔がある。真剣な目をして2人を見つめ返していた。


「どうやら本当にこれが欲しい様だな」


 ランディはそう言うとローリーを見る。頷いたローリーの仕草を見てから再び顔をキアラに向けると、


「我々としてはこの木の実をそちらに差し上げるのは構わない。ただこれが何かを教えてくれるかな?」


 もらえると聞いて一瞬彼女の顔が綻んだ。すぐに真面目な表情になると2人に顔を向けたまま言った。


「これは2つともスキルアップの実と呼ばれている物じゃ」


「「スキルアップの実?」」


 二人は驚いた表情になったがキアラ以外のエルフも驚いた表情になる。


「そう。これを食べると自分が持っている任意のスキルのレベルを上げることが出来る」


 キアラがそこまで言うと理解した2人。


「つまりこれを食べるとキアラの鑑定スキルがアップするということだな?」


「その通り。木の実を食べる前にあげたいスキルを念じるのじゃ。念じてから食べるとそのスキルがアップする効用がある。どれだけ上がるかは流石に私もわからんが、上がるのは間違いない」


 キアラが言うにはスキルアップの実の存在はこの村ではずっと言い伝えとして代々伝承されてきたという。ただ実物を見たものは誰もおらず実在するとはほとんどの者が信じていなかったらしい。


「それでこれを食べるとキアラの鑑定スキルはどれくらいアップするんだい?」


 ランディがそう言うと首を左右に振るニナ


「食べてみないとわからないんじゃ。私がわかるのはこれはスキルアップの実というだけでの。その効果については残念ながら鑑定できん」


 鑑定スキルが高い彼女でも見ただけではわからないという。

 人間二人とエルフのキアラの3人のやりとりが続いている。


「俺はキアラにあげてもいいと思うが、ローリーどうだ?」


 隣に座っているローリーに顔を向けたランディ。


「俺もそう思う。彼女のスキルが上がるのは俺たちに取ってもいい事だしな」


「そう言う事だ。この木の実はそちらに差し上げるよ」


 ランディは顔をローリーから正面に座っているキアラに向けると言った。


「そうかい。ありがとう。じゃあ早速1つ食べてみるかね」


 テーブルの上にある木の実を口にするキアラ。その表情をじっと見ているランディとローリー。エルフの連中もじっと見ていた。木の実をしっかりと咀嚼して飲み込むとテーブルの上にあるもう1つの木の実を手に取ってじっと見る。


 しばらくして顔を上げたキアラは正面に座っているランディとローリーを見た。


「スキルが上がった様だ」


 その言葉に2人はもちろん、部屋にいた他のエルフ達からも歓声があがった。


「木の実を食べる前にはわからなかったこの実について、今では鑑定ができる様になっておる。この木の実はスキルを1段階上がる効果があるそうじゃ」


「1段階はでかいな。となるとこれも食べるとさらに1段階、合計で2段階上がる事になるのかな」


「そういう事になるの。と言う事でこちらも食べてみるかの」


 そう言って残っていたもう1つの木の実をさっきと同じ様にゆっくりと咀嚼して胃の中に送り込んだキアラ。


「予想通りじゃな。2つ食べて2段階のスキルアップじゃ」


「よかったじゃないか」


 ローリーが言った。鑑定スキルはある程度のレベルになると新しい物を鑑定しない限りスキルがあがらない。これはリモージュのアラルが言っていた話だ。そして目の前のキアラについても一定のレベルまで上がっているためにそれ以上のスキルアップが難しい状況になっていた。


 アラルは天上の雫を見たことによりスキルアップをし、キアラはスキルアップの実を食べてスキルアップした。ランディとローリーから見れば高ランクの鑑定スキルを持つ者が増えるのは今後の事を考えた時に非常に便利になる。


「これで世界樹の恵についても以前より詳しくわかるかも知れんの」


 そう言って椅子から立ち上がる。彼女に合わせて部屋にいた全員が立ち上がると平屋の建物を出でそのまま世界樹の元に歩いていった。先頭にキアラ、その後ろにエルフが続き集団の最後にランディとローリーが並んで歩いていく。


 エルフの神木とされている世界樹。ランディとローリーは何となく近づくことが憚れたので少し離れた場所で立ち止まった。他のエルフ達はキアラに続いて大木に近づいていった。


 大きな世界樹の木の根元近くに立ったキアラは幹や木の枝、そしてその枝についている葉などを見ながらゆっくりと大木の周りを2周してから待っているエルフ達の所に戻ってきたかと思うと彼らの間を抜けて2人に近づいてきた。


「お主らのおかげで以前よりもずっと詳しく世界樹を見ることが出来た」


 彼女の表情から話が終わっていない様子だとわかった2人は何も言わずに次の言葉を待っている。


「それでじゃ、ユールが集めたガラスのコップに入っていた世界樹の恵みじゃが、どの葉から落ちる雫がその効果があるか分かったぞ」


 その一言でエルフはもちろん、ランディとローリーの表情が変わる。

 キアラをじっと見つめる2人。


「下から見た限りじゃが、枝についている葉のうち2枚の葉についた水滴はその葉を伝う間に世界樹の恵みに変化する様だな。何故その葉だけなのかまではわからないんじゃが」


「であればその葉から集めた水滴があのガラス瓶の量になったら俺たちが言っている天井の雫と同じ効果になるってことか?」


 ランディが体を前のめりにして聞いたがその言葉には首を左右に振るキアラ。何故だ?とローリーが言う前に彼女が言った。


「お主らが使った天上の雫と世界樹の恵みとは似て非なるものじゃ。最終的な効果は同じだがものが違う。新しい鑑定によると人を蘇生するにはあの数量では足らぬ。葉から落ちてくる雫だとコップ1杯分の量が必要になる。しかもじゃ他の水滴が混じるとすぐに効果が薄くなるのじゃ。普通の病気を治す程度なら問題ないが蘇生となると全く混じり気のない雫が必要となる」


「なるほど」


「この村の周囲を見ても分かる様にここは大森林の中じゃ。大森林ではそれなりの頻度で雨が降る。たいていは大雨になる。だが大雨になると葉に落ちた水滴はあっという間に葉を伝って下に落ちてしまって葉の効果を吸収できない。鑑定によると本当の世界樹の葉の雫とは雨上がりに葉から落ちてくる最後の数滴の雫の事を言う様じゃ」


 聞いていたローリーはキアラの鑑定スキルが上がってよかったと思っていた。もし知らなければガラス瓶にたまったところで使っていたかもしれない。そして効果がなかったと2度とここには来なかっただろう。ただ今の話を聞く限りだと1回の雨が上がった後の数滴を集めなければならない。1人を蘇生させる数量となるコップ1杯分となるとどれくらいの時間が掛かるのだろう。


 考え事をしているローリーの表情に気が付いたのかキアラがローリーに顔を向けた。


「ガラスのコップ1杯分の水滴を貯めるのにはかなりの時間がかかる。しかもタイミングがずれるともう効果がなくなる。雨が降る頻度にもよるが全く読めんな。半年後かもしれんし1年以上かかるかもしれん」


「その間ここでじっと待っていなければならないのか」


 ランディが言った。


「しかしだ。時間をかければ必ず蘇生できるということだぞ」


「そうだな」


 ランディとローリーのやり取りを聞いていたキアラが言った。


「お前さんたちはエルフの森を守ってくれた恩人じゃ。世界樹の恵みの水集めはこちらでしてやろう。1杯分貯まったらこちらから連絡をしてやるからその間に他のダンジョン挑戦すればいいだろう。地獄のダンジョンの奥からだと天上の雫が出るかもしれんしの」


「いいのか?」


 ランディの言葉に今まで黙ってやりとりを聞いていたエルフのアルが言った。


「今長老が仰った通りだ。お二人は魔獣を倒しダンジョンを破壊してもらっている。コップ1杯の雫を集めるのは我らエルフが責任をもってやるので安心してくれ」

 

「わかった。ならとりあえず一人分の雫をお願いしよう」


 ランディが言うとキアラが一人分で良いのか?と聞いてきた。


「簡単に集まらないと分かったしな。それにエルフ達の治療用としても有効なんだろう?俺たちはこの森を出るとまた他のダンジョンかここと同じ様な人が来ない場所を探して大陸中を動き回る予定だ。その間に別の蘇生薬が見つかるかもしれない。もし、俺たちが出来なかったらその時は改めて蘇生の依頼をしに来るよ。だからまずは一人分だけをお願いしたい」


 彼の言葉にうなずくキアラ。


「そういう事なら一人分はしっかりと揃えてやろう。それでもしお前さんたちが困ったのならまたここに来ればよい。その時には改めて依頼してくれればエルフはそれに応えよう」

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