第4話

「おじさーん」


 そう言って弟のクマールが店の中に入っていった。すぐに奥から


「おおっ、帰ってきたのかい。アニールも一緒か?」


 という声が聞こえ、続いてクマールと一緒に1人の男が奥から姿を現した。ネフドの民族衣装である白のターバンにゆったりとしたローブを着ている男は40代後半の年齢か。彫りの深い顔に澄んだブルーの目をしている。


「アラルおじさん。この人は冒険者のローリーさん。カルシの街からここまで道案内をしてきたんだよ」


 アラルは2人の甥っ子の後ろに立っているローブ姿の男を見る。金髪に青い瞳、カルシから来たということは出身はトゥーリアか。どっしりとして落ち着いた男だ。第一印象は悪くない。


「2人の甥っ子が世話になったみたいだな」


「2人とも優秀な道案内だ。おかげでトラブルなく砂漠を横断できたよ」


 外見と同じく落ち着いた声だなとアラル。


「おじさん、この人の魔法すごいんだよ。何もない空間からいっぱい食事は出てくるし砂嵐が来た時も結界魔法ってのを張ったら全然嵐が入ってこなかったんだよ」


「ほぅ」


 甥の話を聞いているアラル。そう言われてみるとかなりランクの高い冒険者だと見える。


「トゥーリア所属の高位の冒険者だな。私はアラルという」


「鑑定士のアラルでいいのかな?俺はローリー。その通りトゥーリア王国のリゼという街所属の冒険者だ。賢者でランクはS」


「Sランク。なるほど納得だ。とにかく中に入りなさい。そこは暑いだろう」

 

 言われるままに店の中に入るローリー。外が明るく中が暗いのでよく見えなかったが店に入るとそこには何も陳列されているものがない。店の半分は仕切り板で仕切られていて中が見えない。そして残り半分のスペースには丈夫なテーブルと椅子が置かれているだけだった。建物の中は日があたらないのかひんやりとして気持ちが良い。


「その通り。わしはこの街で鑑定の仕事をしているアラルだ。私を訪ねて来たと言ったが何か鑑定してほしいものがあるということかな?」


 その言葉に頷くと収納からガラスの小瓶を取り出した。それを一目見た瞬間にアラルの表情が変わった。座っている椅子から立ち上がると


「この奥で話そう。アニールとクマールはお母さんのところに行って顔を見せてやれ。心配してたぞ」


 それだけ言うと間仕切りのある部屋のドアを開けて中に入っていく。後に続いてローリーが部屋に入って扉を閉めた。子供達は既に店を出ていって誰もいない。


「ここは普通の品じゃないものを鑑定するときに使う部屋だ。どこから誰が見ているかも知れないからな」


 進められる椅子に座るともう一度このテーブルの上に出してくれと言うのでローリーはガラスの小瓶を2人が座っている間にあるテーブルの上に置いた。


 アラルの眉間に一瞬皺が寄ったかと思うとその瓶を手に取ってじっとみる。


「差し支えなければこれはどこで手に入れたのか教えてくれないか」


「リゼの街にある地獄のダンジョン、龍峰ダンジョンのダンジョンボスのブラックドラゴンが落としたアイテムの1つだ」


 小瓶を見ていたアラルが視線をローリーに向けた。


「地獄のダンジョンをクリアした…そう言ったんだな?」


「そうだ。5人で挑戦して最下層のダンジョンボスを倒したが生き残ったのは俺だけだ」


 その言葉を聞いたアラルは暫く小瓶を見つめていたがそれをテーブルの上に置いてローリーの顔を見る。


「この小瓶についてこれが何か予想はついているのか?」


「ギルドでも鑑定できなかった。知り合いに聞いてもわからない、見たことがないと言うばかりだ。図書館に出向いたら古い民話の本の中に書いてあった。この世には死んだ人を生き返らせる秘薬があるという。その名前は『天上の雫』だとな」


 ローリーの話を聞いていたアラルが大きなため息を一つついた。


「お前の想像通りだ。これは天上の雫、御伽噺でしか存在しないと言われていた幻の蘇生アイテムだ。存在していたんだよ」


 ガタっと椅子の音がしてローリーが立ち上がった。


「やはり! これがあの天上の雫なのか。では、これを使うと死んでいる仲間を生き返らせることができるんだな」


「その通りだ。まぁまずは落ち着いて座ってくれ」


「これは失礼した」


 アラルに言われて我に返ったローリーが座り直すとアラルが小瓶をローリーの方に突き出し、


「鑑定士として仕事をしているがここ数年は誰も大したものを持ち込んでこない。しかも大したものでもないくせに持ち込んでくる奴らの態度の何と偉そうなことか。あまりに腹が立ったんで鑑定料をふっかけてやった。それでようやく客の数が減って落ち着いたんだ。品物を持ち込んでくる奴らのほとんどは鑑定士を体のいい便利屋程度にしか思っておらん」


 ローリーが黙っていると


「話が逸れたか。愚痴を言ってすまなかった。それで鑑定士だが冒険者なんかと同じで新しいスキルを覚えてその能力をアップする仕組みになっている。最近は全くスキルが上がらなかったがこの小瓶を見た時に久しぶりに頭の中がチクっと痛みを感じたんだよ。それも今までよりも強い痛みだった。この小瓶の鑑定で数段階スキルアップした様だ」


 さっき眉間に皺を寄せたのはそれだったのかと納得するローリー。


「さて、この天上の雫だが、中にある液体を死んでから1時間以内に復活させたい人の体に振りかけると蘇生するというレア中のレアアイテムだ。この存在を知ったら取り合いになるぞ」


 ローリーはアラルの話を聞きながら身体が震えてきた。書物に書いてあった通りだ。


「死んでから1時間以内という条件があるがお前たちの仲間を復活させることはできそうか?」


「それは問題ない。彼ら4人は俺の収納の中で眠っているだけだからな」


「なるほど。収納魔法か。それなら問題ないだろう。中では時間は完全に止まっているからな。ただ4人を一度に復活させることは無理だぞ。この1瓶で1人だけだ。もし2人に分けるとどちらも蘇生しない」


「なるほど。それなら他の3人分の天上の雫を探せば良いだけだ」


 ローリーは収納から金貨の入っている袋を取り出して


「鑑定していただいて感謝する。それでは鑑定代を支払うので金額を言ってくれ」


「鑑定代は不要だ」


 その言葉にびっくりしているとアラルが続けて言う。


「さっきも言ったが久しぶりに自分のスキルが上がった。そのスキルが上がるアイテムを提供してくれたのはローリーだ。鑑定代とスキルアップの相殺で無料で良い」


「本当にいいのか?」


「いい。ただし条件がある。仲間を再生する場面に立ち合わせて貰いたい。この世で見る初めてのアイテムだ。興味があるんだよ」


 今までの厳格な顔つきが緩んだ。


「それは構わない」


 ローリーがそう言うとここじゃあまずいだろうとアラルは部屋を出て店の奥にある自宅の一室に案内する。そこは普段使わない来客用の部屋でベッドが置いてあった。


「ここならいいだろう」


「わかった。少し待ってくれ」


 収納から慎重に麻袋を取り出すとそれをベッドの上に置く、布をはだけるとナイトのランディの顔が現れた。布を全部はだけさせてから小瓶を持つローリー。


「その薬は体に直接垂らすほうが確実に効果がある。上半身だけ裸にさせてそこに垂らせばいいぞ」


 アラルの言葉を聞いてランディのナイトの装備の上を脱がせてシャツも抜かせ上半身を裸にする。鍛えられている筋肉が露わになった。まるで眠っている様なランディの顔を見るローリー。


「…ランディ」


 ローリーは呟くと意を決して小瓶のふたを開けて中にある液体をランディの体の胸の辺りに垂らせた。するとその液体は身体を流れずにランディの体内に吸収されていく。


 びっくりするローリー。


「そのまま続けるのだ。小瓶の中身を全て体に注ぐがよいだろう」


 一緒に見ているアラルの声を聞きながらランディの上半身に液体を垂らしていくとその全てが体内に吸収されていく。小瓶の液を全て垂らせ、全てがランディの体内に入るとランディの身体が光出した。


 光はどんどん強くなっていって眩しくてまともに見られない程にまで光出している。暫くすると今度は逆に光が徐々に弱くなっていき最後には光が消えた。


 声もなくランディを見ているローリーとアラル。すると、


「うっ、ううんっ」


 ベッドに寝ていたランディの声がした。

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