第2話
乾いた大地だが砂ではなく硬い土が多い土漠なので思いのほか歩きやすい。ただ太陽を遮る遮蔽物がないので強烈な光が直接地面に降り注いできて地上の温度がかなり高い。
「こまめに水分補給を。喉が乾いたと思う前に飲むのが大事です」
歩きながらアニールが言ってくる。そう言う2人も水筒を手に持って一口、二口と飲みながら歩いていた。
「水ならいくら飲んでもいいぞ。収納魔法でたくさん持ってきているし、それにほらっ」
ローリーが両手の平を広げてくっつけるとその中に水が溢れ出してきた。魔法の取得段階の初歩で出来る水魔法だが砂漠では極めて有効な魔法だ」
水魔法を見て声を上げる2人。
「俺たちの水が無くなったらもらってもいいんですか?」
アニールが聞いてきた。ローリーはもちろんだと言って
「道案内人が脱水症状になったら困るからな。遠慮せずに言ってくれ」
砂漠で最大の問題である水。これを魔法でほぼ無限に作り出せるライアンを見てアニールとクマールの兄弟のテンションが上がった。
これから10日間程一緒に過ごすメンバーだ。お互いの関係の垣根は低い方が良い。
砂漠を歩いているとたまに岩山が見えてくる大きな岩から小さな岩まで砂漠には点在している。聞くとあの岩山と太陽の位置を目印に進むそうだ。
「ただ岩山には近づかない方が良いです。蠍や毒蛇が必ずいますし場所によっては魔獣が生息していることもあるんです」
左に岩山を見ながらアニールが言う。
「逆に言うと岩山から離れた場所は比較的安全ということです」
クマールが兄に続いていった。なるほどと納得するローリー。砂漠の民の知恵だろうか。多くの犠牲者を出して安全な場所、危険な場所を見つけ出しそれを皆で共有して少しでも砂漠での生存率を上げているのだろう。
昼前から歩きだした3人。日が暮れてくるとこの今日はこのあたりで野営をしましょうとアニールが言った。荒野の砂漠のど真ん中だ。周囲には何もない。
カバンからテントを取り出して設営する2人の近くにローリーも自分のテントを作る。そうしてからテントとテントの間に立って魔法を唱えた。詠唱した場所を中心に半径5メートルほどの周囲に協力な結界が張られる。新しいローブはローリーの想像以上だった。少ない魔力で今よりも強い結界を張ることが出来た。
「これで夜も安心だろう?この結界の中に入ってこられる敵はそうはいないぞ」
「すげぇ、こんなの初めてみたよ。兄さん」
「俺もだよ。ここまで強い結界は見たことがない」
びっくりする2人。ローリーは収納魔法から暖かい料理やジュースを取り出すと兄弟にも勧める。
「いくらでも入ってる。10日どころか3週間かかっても大丈夫なくらいの量を持ってる。沢山食べてくれ。乾パンや干し肉じゃあ体力が持たないぞ」
兄弟2人は驚きの連続だ。普通の砂漠越えでは野営は各自が勝手にテントを張って食事も勝手に食べる。できるだけ荷物を軽くする為に皆ギリギリの水と食糧を持って砂漠に繰り出している。人に構う余裕はないし兄弟にしてもそれは同じだった。
この人は全く違う客だ。魔法で結界を張ったかと思ったら何もない空間から作ったばかりの料理やジュースを取り出してくる。
ローリーが勧めたのもあり3人で車座に座って収納から取り出した夕食を食べる3人。
「砂漠の真ん中でこんな美味しいのが食べられるとは思っても見なかったよ」
クマールがそう言いながら次々と料理を口に運ぶ。隣では兄のアニールも頷いていた。料理がある程度減ったところでアニールが聞いてきた。
「ローリーさんはリモージュに行くって話だけどやっぱりあそこの地獄のダンジョンに挑戦するの?」
「リモージュにある地獄のダンジョンにはそのうちに挑戦したいと思っているけど今回は別の目的だよ」
「「別の目的?」」
食事をしている2人が同時に顔を上げた。
「優秀な鑑定屋がリモージュに住んでいると聞いてな。鑑定したいアイテムがあるのでそれを持ち込んでみてもらうつもりさ」
食後のジュースを飲みながらローリーが言う。
「優秀な鑑定屋ってアラル叔父さんのことかな?」
アニールの口からアラルという名前が出てローリーは顔をアニールに向けた。
「アラルを知ってるのか?」
「知ってるも何も、アラルは僕たちの叔父さんなんだよ」
「親戚のおじさんなのか」
今度はローリーがびっくりする。
「死んだお父さんのお兄さんなんだよ」
アニールがそう言うと弟のクマールもお父さんみたいなもんだよねと言う。2人の話を聞くと彼らの父は3年前に砂漠で亡くなりその後母親の面倒をみながら2人で砂漠の案内人の仕事を始めたらしい。この仕事について2年と半分だと言う。
「ネフドでは女性が定職に付くのは難しいんだって。だからお母さんは内職しているけどそれじゃあお金が足りないんだよ。だから僕たちがこの仕事をしてるのさ」
そう言うアニールの顔には悲壮感はない。今の仕事は楽しいかと聞くと2人とも首を縦に振る。
「お金もいいし、それほど危険もない。砂漠越えって言うと他の国の人から見ると大変に見えるらしいけど僕らは小さい時から砂漠を歩きまわっていたからね」
屈託のない顔で話をする2人。
「それでアラルについてだが」
ローリーが言うと兄弟が顔を向けた。
「アラル叔父さんはリモージュでも有名な鑑定士だよ。毎日の様に冒険者や貴族が品物の鑑定に来てるって話。でも最近は鑑定に値する様な物がないっていつもぼやいているよ」
「そうそう。何でも新しい品物を鑑定すると自分の能力も上がるらしいんだけどここ数年はそんな新しい商品を鑑定に持ち込んでくる人がいないらしいんだ。だから面白くないって言ってる。僕らがリモージュにいるとよく遊びに行くんだよ。いつも話相手になってくれるいい叔父さんだよ」
ローリーが聞くと兄弟は交互に話をした。強欲で態度のでかそうな鑑定士を想像していだが実際は面倒見の良い男ではないかとローリーは思い初めていた。
この天上の雫を持ち込んだらどうなるだろうか、ひょっとしたらアラルのスキルが上がるのではないか。ローリにすればアラルのスキルが上ろうか上がるまいがこのアイテムの鑑定をしてもらえば良い訳だが目の前の兄弟の話を聞いているとそれなりの高位の鑑定スキルを持っていそうなので期待が膨らむ。自分も鑑定結果がわかる、アラルもスキルが上がるとなれば両者ハッピーだ。
360度同じ様な景色の中3人はひたすらに南を目指していた。兄弟は迷うことなく一定の方向に向かって進み、途中で岩を見つけると右や左へと大きく迂回してまた元のルートに戻っている様だ。ローリー1人なら間違いなく方向を見失っていただろう。
砂漠を進むこと6日目の昼過ぎ、前方を見ていた2人が声を上げる。
「砂嵐だ」
「でかいよ」
アニールが後を振り返ると、
「前から大きな砂嵐が来る。テントを張る時に使うペグを地面に突き刺してしっかりと掴んで。飛ばされちゃうよ」
前から来る砂嵐はローリーにも見えていた。アニールがローリーにペグを出して捕まれと言ったがローリーは
「大丈夫だ」
と一言言うとその場で魔法を唱えて結界を張る。半径3メートル程と少し小さめの結界だがその代わりに強度を上げて結界を作った。
「これで大丈夫だろう。俺の結界はそう簡単に崩れない。この結界の中なら嵐の影響を受けないから嵐が過ぎるまでここでじっとしよう」
2人の兄弟は再びびっくりする。結界は見たことがあるが今目の前に張られた結界は見たこともない厚さで3人を守っていた。毎夜砂漠で張っている結界よりもずっと強力だというのは見てもわかる。結界を張ったローリーが地面に腰を下ろすと2人も同じ様に腰を下ろす。砂嵐はゆっくりとだがこちらに向かってきていた。
「これはかなり大きいな」
「うん」
心配そうに結界を見ている2人に飲めと収納から水を出して渡すローリー。
「嵐が抜けるまでどれくらいの時間がかかりそうかわかるかい?」
自分も水を入れたコップを口に運んだローリーが聞く。
「あの大きさなら2時間、いや3時間は掛かるかもしれませんよ」
「その程度なら問題ないな」
心配そうな顔をしている2人だがローリーはその場で収納から食事を取り出した。
「2、3時間かかるんだろう?腹に何かいれておこう。お前たちも食べて構わないぞ」
収納から取り出した冷たいジュースと果物を3人の真ん中において食べ始めたローリーを見て弟のクマールがいただきますと手を伸ばした。
「美味い。それにジュースも冷たい」
「だろう。遠慮なく食べてくれよな。まだまだいっぱいあるぞ」
弟が食べ始めたのを見て兄のアニールも近づいてくる砂嵐をチラチラと見ながら目の前の果物に手を伸ばす。
「本当だ。美味しいや」
3人が食事を始めてしばらくしてから砂嵐が襲いかかってきた。身構える2人だがローリーの結界魔法は砂嵐を全て弾いており結界の中は無風だ。
「すごい。全然風も砂も飛んでこない」
3人で砂漠を進み初めてから何度もすごいを連発している兄弟。今もすごいと言いながら結界の外を見ている。外は激しく砂が舞い強烈な風が吹きまくっているが結界の中は別世界だ。
「言っただろう?この程度の砂嵐なら問題ないって。嵐が過ぎるまでしっかり休憩をとって体力を回復しておこう」
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