ネフド

第1話

 国境を越えると直ぐに今度は山下りとなる。暗い中を魔法の光で足元を見ながら慎重に坂を下りていく。坂道は上りよりも下りの方が怖い。足を滑らせれば怪我をすることになる。流石に真夜中を過ぎたこの時間に上ってくる人はいない。後ろを見ても誰もおらずローリー1人が暗い山道を降りていた。


 地平線がぼんやりと明るくなってきたころローリーは国境の山を越えてネフド最初の街であるサフラに着いた。ここはトゥーリア王国のラボックの街と同じく山を越える者、越えてきた者が必ず立ち寄る街だ。


 朝早く出て山に向かって行く人が多いのだろう。サフラの街は既に目覚めていた。


 朝から店が開いていてよかったと思いながらローリーは砂漠越えの準備をする。このサフラの街から3日程歩くと砂漠の入り口のオアシスの街であるカルシという街がある。カルシまではこの大きな山脈で蓄えられた水が地下水流となって流れていてあちこちに大小のオアシスを形成していた。


 リゼの街を出る前の情報でカルシで物を揃えるよりもここサフラで揃えた方が安い上に品数も多いと聞いていたローリー。収納魔法で全てを収納できるのでこの街でたっぷりと水を買い食糧品の補充をする。砂漠越え用として白のゆったりとしたフード付きのローブを手に入れたローリーは街の中にある公園で2時間程休むと立ち上がって街の出口に向かった。


 サフラからカルシの街までは3日掛かるとは言え地下水流の関係で道中は低木や草原もあり木陰では涼も取れる。夜もそれほど気温が下がらない。


 ローリーは1人で草原、サバンナを歩いて3日目の夕刻にカルシの街に着いた。この街は中央に地下水が湧き出てくる大きな池があり池のその周辺に人が住み始めて発展した街だ。オアシスとしてもかなり大きく、また砂漠への玄関口でもあり人が多く住んでいる。


 ネフド砂漠を越えてきた者たちはこのオアシスに無事に辿り着いた事を喜び、これから砂漠を越える人達はオアシスの向こうに見えている砂漠を見ながら気を引き締める。


 ローリーも街の入り口で立ち止まると砂漠の方を見ていた。砂漠と言っても柔らかい砂の砂漠ではなく草木が全く生えていない土漠や荒野の様で硬い地面の上に細かい砂をまぶした様な地形だ。


 このカルシの街はもちろん砂漠越えの前の宿場町としての色合いが強い街だが実はそれよりもっと重要なことがある。


 この街で砂漠縦断の手伝いをする案内人を雇えるのだ。


 カルシから次の街までの10日間強は周囲に何もない砂漠地帯を移動する。目印などほとんどない砂漠で道に迷いそのまま死んでいく商人や冒険者が以前は後を絶たなかった。ネフドの人に言わせると砂漠をなめていると言うことになるらしい。


 そしてその対策として砂漠案内人なる職業が生まれた。文字通り砂漠の道案内をするのが仕事だ。雇い主と一緒にカルシを出発し10日間ほどの期間砂漠の道案内をして無事に向こう側のアクタウの街に到着するまで案内をする。


 この案内人が登場してから砂漠での事故は大きく減ったらしい。


 ローリーは街に入るとまず案内人達が集まっている店に顔を出した。夕刻だが小屋の中にはそれなりの数の男達がいてお茶を飲んだり雑談をしていたりしていた。


 店に入ってきたローリーに中にいた男達の視線が一斉に注がれる。


 小屋の入り口に座っていた案内人のまとめ役、ボスの様な男が声をかけてきた。


「砂漠越えかい?」


「ああ。明日の昼前から出発したい」


「冒険者っぽいな。一応身分証明書としてギルドカードを見せてくれるか?」


 ローリーがカードを差し出すとそのランクを見て目を広げる男。


「ランクSか。客人の面倒を見なくて良いのなら誰でもいいな」


「どう言うことだ?」


 意味がわからず聞き返すローリー。


「砂漠の縦断は想像以上に体力を消耗する。慣れてない普通の旅人や商人だと暑さや疲労でぶっ倒れたり下手すりゃばてて動けなくなったりする。そんな時は案内人がそいつの面倒を見なけりゃいけない。それができる奴が限られてくるんだよ。ところがあんたはランクSの冒険者だ。そっちの心配をしなくてもいい」


 聞くと砂漠での万が一の事態を想定して案内人は2人1組になっているらしい。男の説明を聞いて納得する。


「それでアクタウまでかい?」


「それでもいいができればその先のリモージュまでお願いしたい」


「行き先は地獄のダンジョンか。わかった、おい、アニール! クマール!」


 ローリーの目的を勝手に決めつけた男が背後に向かって声をかけると小屋の奥からまだ20歳にも言ってない様に見える2人の若い男達が出てきた。


「こいつらは兄弟だ。アニールが17、クマールが16。若いがしっかりしている。それとこの2人はリモージュ出身なんだよ。道案内はばっちりだぜ」


 ローリーの顎くらいの身長しかないが体格は2人ともがっしりしている。意志の強そうな目も悪くない。


「どうだ?リモージュまで2人で金貨6枚だ」


 事前に聞いていた相場より少し高いがこれはリモージュまでだからだろう。提示してきた金額は予想の範囲内だ。


「いいだろう」


 その言葉を聞いてほっとした表情になる兄弟。よろしくお願いしますと頭を下げてきた。ローリーが金貨6枚渡すとその6枚を兄弟に渡し。


「仲介料は銀貨20枚だ」


 ライアンは頷くと仲介役のボスに銀貨を支払う。それから兄弟に顔を向けると、


「明日の昼前に出る。早めの昼食を済ませて城門で待ち合わせだ」


 そう言って別れた後ローリーは宿の部屋を借りる。宿の夕食は砂漠の国の郷土料理なのか豆が主体だったが味は悪くない。


 睡眠と食事ですっかり元気になったローリー、砂漠横断のために買ったローブを身につけて昼前に城門に出向くと既に2人が来ていてローリーを待っていた。2人は背中にリュックサックを背負っている。


「ローリーさんは手ぶらですか?」


 杖しか持っていないローリーを見て兄のアニールが聞いてきた。


「そうだ。俺は収納魔法を持っている。必要なものは全部そこに収納しているのさ」


「すごい」


 弟のクマールがびっくりした声を出す。

 行こうかというローリーの声で3人は城門を出て砂漠に進み出した。

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