第8話
2日後の朝の忙しい時間が過ぎてギルドが落ち着いた頃ローリーはギルドに顔を出した。受付のアンから金の入っている袋を受け取る。アンは金額を書いた紙をローリーに渡した。それを一瞥すると顔を上げて、
「これだけあるのかい?予想以上なんだが」
「ブラックドラゴンの魔石の代金も入ってますよ。あれ1つで金貨3,000枚ですから」
普通のダンジョンボスの魔石の買取は高くてもせいぜい金貨100-200枚だ。市民だと平均で月に金貨5枚、出入りの激しい上位の冒険者でも月に金貨40-50枚もあれば装備や防具に金をかけたとしても十分生活できるレベルの中、金貨3,000枚の価値は桁違いに高い。
「4つの地獄ダンジョンのボスの魔石だ。それくらいにはなる。ところでこれから行くのか?」
アンの隣にギルマスのダニエルが立って聞いてきた。ローリーは金の入っている袋と金額を書いてある紙を収納するとダニエルに顔を向けた。
「ああ。南に降りて山を越えてからの砂漠越えのルートで行ってくるよ」
「気をつけてな。上手く行くことを祈ってるぜ」
「ありがとう。行ってくるよ」
「こっちは任せておけ、お前さんの気が済むまでやってこい」
ローリーはリゼの街を出ると南に伸びている街道を1人で歩き出した。リゼの街はトゥーリア王国の中央部やや南寄りの場所にあり、南のネフド国との国境になっている山脈の麓までは徒歩で2週間ほどの距離にある。
途中には大きな街はないもののそれなりに人が住んでいる集落がいくつかあり、そこには宿もある。
トゥーリア王国は緑が多い。なだらかな起伏はあるが緑の絨毯と言ってよいほどの草原地帯が続き、所々には林や森がある。ローリーは穏やかな風を受けながら街道を急ぐもなくマイペースで進んでいった。
途中の宿場町で夜を過ごした2週間後の昼を過ぎた頃、ローリーは王国最南端の街ラボックに着いた。この街は途中で夜を過ごした街と比べてずっと大きい。山越えでネフドを目指す人や逆にネフドから山を越えてきた人たちが宿泊することが多いため宿屋も充実している。そして街には山越えそして砂漠越えに必要な品物を売っている店も多数ある。
大きな荷物を持ってネフドに向かう商人はほとんどが船を利用しているのでここに来る商人達はそれほどの荷物を持っていない。そうは言っても山あいを抜けて足場の良くない地道を通るルートで高低差もある。ラボックには山歩きに強い騾馬を貸し出している小屋兼店がいくつかあった。騾馬はここで借りて山向こうのネフドの街で返す、逆もしかりだ。
「山越えするなら騾馬はどうだい?丈夫でたくさん荷物が積めるぜ」
「山は冷えるよ、上衣あるよ、あったかいよ」
通りを歩くと店売りの声があちこちから聞こえてくる。その中をゆっくりと歩いたローリーは目についた宿に入ると受付にいた中年の男が入ってきたローリーを見て顔を上げて声をかけてきた。
「いらっしゃい、泊まりですか?」
「泊まりというか夜には出ようかと思っているが」
男はローリーの格好を見て夜に出かけても問題ないと判断したのだろう。頷くと、
「それじゃあ半日分の料金をいただきましょう。夕食はこちらで食べますか?」
「そうだな。お願いする」
そう言って言われた金額を支払い、部屋の鍵をもらったローリーは宿の1階の奥にある部屋にはいると、すぐに仮眠をとる。
この山越えはだいたい半日掛かりの行程となっていてトゥーリアとネフドのちょうど中間あたりに国境がありそこには24時間兵隊が詰めて往来の客の身分をチェックしている。
大抵の商人、冒険者らは朝一番で出て昼前後にこの国境に着くが全員が同じ行動をとるのでその時間は国境が非常に混雑して通過にえらく時間がかかるということを聞いていた彼は夜に出て夜通し歩いて国境を越えることにした。
人通りが多いとはいえ全く魔獣が出ないとは言えない中、夜歩くのは安全ではないがローリーに取ってはこの辺りに出る魔獣は敵とも言えない程の弱さなので問題はない。
仮眠をしたローリーが目が覚めたのは夕刻の6時過ぎだった。そのまま階下の食堂で用意された夕食を取ると宿を出て街の中を城門に向かって歩いていく。
市内はこれから夜を迎える時間帯で食堂の呼び声や屋台の客引きの声があちこちから聞こえて来ていた。そんな中をゆっくりと歩いたローリーは城門の出口で衛兵から、
「今から山越えかい?」
「そうだ。人が少ない内に抜けようと思ってな」
「なるほど。道が暗いから気を付けて。それ以外だと今は盗賊もいないし魔獣も間引きされている。崖から落ちない様にして行ってくれよ。この山越えの道での不明者の捜索は大変なんだ」
「気を付けるよ」
ローリーはそのまま山の方に街道を歩いていくとそう歩かない内に山登りが始まった。山あいに道を作っているとは言え道は緩やかな登りが続いていた。夕日に照らされて前方が見えていた道も歩き初めて1時間もしない内に周囲が暗くなってくる。
ライトの魔法で光の玉を作り、自分の進行方向の数メートル先にその玉を置いたローリーは人通りの少ない山道をゆっくりとだが確実に進んでいく。たまに騾馬を引いている商人達とすれ違う。彼らはギリギリ夕食に間に合いそうだなと思いながら山道を登っていった。
上り始めてから6時間が経った真夜中、ローリーの前方に灯りの付いている建物が見えてきた。隣のネフド国との国境だ。手前に見えているのがトゥーリア側の国境を管理する建物でその奥にはネフド側の建物が見えている。2つの建物の距離はせいぜい50メートル程だ。
建物の横にあるゲートに近づくトゥーリアの騎士の装備を身につけている衛兵が門の左右に2名立っている。ローリーがギルドカードを見せると灯りの下でそのカードを見た衛兵の表情が変わる。
「ランクSか。ならこの夜に1人で登って来たのも納得だ。道中変わったことはあったかい?」
カードを返しながら聞いてくる衛兵。
「いや、何もなかった。魔獣も盗賊も出なかったよ」
「そうか。じゃあ気を付けてな」
トゥーリア側のゲートを抜けて歩くと直ぐにネフドの国境警備隊の建物だ。こちらはネフド人特有の白のターバンを頭に乗せている2人の騎士が待っていた。砂漠の民の男性の多くは頭に白いターバンをかぶり、黒いバンダナの様な輪っかでそれを頭で止めている。
ギルドカードを見せると彼らの表情が変わる。
「ランクSか。今は誰も並んでないからこの場所で良いがこれから通る時にもしここが混んでいたら俺たちに言ってくれ。ランクSの冒険者は最優先でゲートを通れる様になっている」
「わかった。次回はそうしよう」
「ネフドにようこそ」
カードを返しながら騎士が言った。
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