第2話 芋聖女、記憶が蘇る
それから私は食事も喉が通らずみるみるうちに痩せていった。
今まで着ていたドレスがどれも大きくなり、その場で簡単に修正されたものに腕を通している。
旅立つ日になってもドレスを一着も新調してもらえないとは情けない。
その一方で見送りに来た妹は見たこともない、華やかなドレスを着ていた。
きっと子どもができたお祝いに、体に負担をかけないドレスをもらったのだろう。
「お姉様元気でね。私は立派な子を生みますわ」
妹のローズはお腹がどこか大きくなっている気がした。
妹しか見送りに来ていない私は、本当にここの家族だったのだろうか。
婚約者だったあの人の挨拶もなく、私は一方的に婚約破棄をされた。
誰も私のことを愛してくれない。
今日、私は政略結婚として他国に売られた。
もう家族だとも思われていない私は物として扱われているだけで良い方なんだろう。
次の政略結婚相手は常に顔を仮面で隠している"戦場の悪魔"と呼ばれている。
王族なのに結婚していない理由を調べると、その素顔を見た人は全員命を落とすと言われていた。
この際、私も彼の素顔を見て命を落とすなら本望だ。
自分の手で死ねない私にとっては、彼の存在が少しだけ希望に感じた。
♢
彼の国はとても寒いようで、馬車の外は雪が吹雪いていた。
何もないただ白い光景。
初めて見る真っ白な雪と何もない私は同じような気がした。
ここまで来るのに数日かかったが、それが逆に私の頭を冷静にさせた。
結局死ぬなら人に迷惑をかけて死んでやろう。
あの家に復讐するために、新しい婚約者に嫌われて戦場の悪魔を怒らせようと考えた。
その結果、私の家族に火種が向けば嬉しい。
「奥様屋敷に到着しました」
御者に声をかけられ降りると、さっきまでの吹雪は収まっていた。
ひんやりした雪が顔に落ち、心地良さを感じる。
屋敷に着いた私は執事が出迎えてくれた。
だが、そこには私の婚約者はいなかった。
「セイグリッド様は急な仕事で明日帰って来ます」
ここでも私は歓迎されていないことがすぐにわかった。
むしろ変に同情されるよりは怒りを買うにはやりやすい。
「長旅で疲れたので少し休んでもよろしいですか?」
私はすぐにベッドに案内してもらい体を休めることにした。
♢
慣れないベッドで私はゆっくりと目を覚ました。
まだ空は暗く、夜中の空に雪がちらついていた。
何も聞こえないこの環境に小さな声が聞こえて来た。
扉の外で何やら話しているようだ。
「私から彼女には帰るように伝える」
「それでは国王様の命令に背くことに――」
「私の婚約者になって良いことはない。また、人を殺すぐらいなら故郷に帰らされた方が良いだろう」
会話からして私の婚約者だとすぐにわかった。
本当に婚約者が死ぬのは合っているようだ。
私は覚悟して扉を開けた。
「この度、セイグリッド様の妻となります。メークインです」
長年身につけたカーテシーをして、顔を上げるとあまりの迫力に息が詰まりそうになる。
目の前には獣のようなマスクを被った大柄な男が立っていた。
一瞬で彼が"戦場の悪魔"と呼ばれている理由がわかった。
短い黒髪に真っ赤な瞳。
見た目が童話に出てくる悪魔にしか見えなかったのだ。
それでも私と同じ珍しい黒髪にどこかホッとしてしまった。
「私はセイグリッドだ。君には申し訳ないが今すぐ家に――」
「私は死ぬためにここに来ました。だけど、その前に私を物として扱って見捨てた家族に復讐がしたいです」
私の言葉に執事とセイグリッドは顔を見合わせている。
いきなり婚約者に死ぬために来たと言われたらこういう反応になるだろう。
「セバスすまない。少し彼女と二人きりにしてくれ」
「わかりました」
彼と結婚することが決まって、自暴自棄になったと思ったのだろう。
セイグリッドは執事のセバスに一言声をかけて、私の部屋に入って来た。
近くから感じる圧力に私は押し潰されそうになるが、それでもここに来た目的のためなら負けるわけにはいかない。
「君は本当に死にたいと思っているのか?」
彼のどこか優しい言葉にどこかドキッとしてしまった。
こんな言葉を今までかけられたこともなかった。
それでも私の気持ちは揺らぐことはない。
小さく頷くと彼は大きくため息をついた。
「私の顔には人を死に追いやる呪いがかけられている。もし、本当に死にたいのなら目を瞑ってくれ」
私は言われたように目を瞑る。
「仮面を取るから、本当に死にたいなら目を開けてくれ。まだ生きたいと願うなら向きを変えてくれ」
「ふふふ」
「笑ってどうした?」
「いえ、セイグリッド様は優しい方なんですね」
選択肢を与えてくれる彼にどこか笑ってしまう自分がいた。
戦場の悪魔は思ったよりも優しい男性だった。
私は覚悟を決めて目を開ける。
そこには光に照らされた髪がロマンスグレーに輝いていた。
「すて――」
だが、そうやって思えたのは一瞬だった。
すぐに頭痛が襲ってきた。
頭が強く殴られているような感覚にふらついてしまう。
彼は急いで仮面を付けて私を抱き寄せた。
「だから言っただろう。すぐに死ななかっただけでもよかったと思いなさい。これでここには――」
「私はセイグリッド様と結婚します! むしろ結婚させてください!」
「うぇ!?」
私は頭痛とともに過去の記憶が蘇ってきた。
死ぬ間際までやっていた乙女ゲームに出てくる攻略対象者である兄の顔が黒塗りで見えなかったことを……。
声と弟思いの兄に私は一瞬にして彼の虜になった。
推し活をしようと思っても、モブ扱いの彼の顔を見ることができなかった。
だから手作りしたアクリルスタンドやポスターはいつも黒塗りだった。
でも、あの人がこんなにイケオジだったとは思いもしなかった。
いや、月日を重ねてイケオジになったのだろう。
再び彼の仮面に触れてゆっくりと持ち上げる。
私を支えている彼は手が離せないのだろう。
やっと見ることが出来た愛しの推しに小さな声で囁く。
「やっと見つけた私の王子様」
私の声に彼は瞳の色のように顔を赤く染めていた。
視線を合わせようとしても、斜め上を見てはチラチラと私の顔を見ている。
「すまない。今までそんなことを言われたこともないからどうすればいいのかわからない。皆、私の顔を見たら話せなくなるのだ」
話せなくなるから顔を逸らしているのか、恥ずかしいから逸らしているのかはわからない。
でも推しが照れている姿はファンにとっては最高のご褒美だ。
「セイグリッド様こちらを見てください」
彼の顔を掴むとゆっくりと私に視線を合わせる。
やっと間近で見れた推しの姿に私の胸の鼓動は早くなる。
「やっぱり悪魔の呪いが!?」
私がドキドキしているのが、振動して伝わっているのだろう。
それでも私の胸の高鳴りは静まることはない。
聖女としての力が働いて彼の呪いは私には効かないのだろう。
「もう一度言います。私と結婚してください」
「えっ……いや……」
「結婚しないと死んじゃいます」
私の言葉に彼は大きく首を振っていた。
思っていたよりも不器用でどこか戸惑っている可愛い姿にさらに魅了された。
これからは自分のためではなく、彼のために生きよう。
人に愛されるのではなく、人を愛する人になろうと私は誓う。
「セイグリッド様は私が幸せにします」
今日も私は小さな声で愛を囁いた。
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