騎骸と竜の乙女

亜未田久志

第1話 エルフの森を灼く


――起きろ、第零番、仕事の時間だ。

 光が見える、俺は手を動かす。操縦桿を握り締めて、騎骸キガイを動かす。

『あなたはどうして戦うの?』

 幻聴が聴こえる。ついでに魔線通信ませんつうしんも入る。

『よう! 死にぞこないの第零番! 今日も元気に死にぞこなっているな!』

「うるさい、黙れ、任務に集中しろ」

 今日の任務は国の開拓地にあるエルフの集落を潰す事だ。退去命令を拒否したエルフは鏖殺する、それが命令だった。ひ弱な人間がエルフに立ち向かおうとするならば、騎骸こんなものを使うことくらいしなければならない。

『エルフの弓矢は魔法によって大砲のそれと差が無くなっている。いくら騎骸といっても直撃すればただじゃすまないと思え!』

『了解~だってよ第零番』

 同僚の顔や名前などいちいち覚えない、会う事も息を合わせる事もない。ただ俺は騎骸を駆って国の為に戦うだけだ。ただたまに夢を見る。花畑の夢だ。そこに少女と二人、笑いながら踊っている五体満足の自分、だけど最後は戦火に灼かれ消え去る悪夢。でもその花畑にいる間だけは、俺は幸せだった。例え灼かれる運命さだめだとしても。

 騎骸を以てすればエルフの森など国から数分で着く事が可能だ。そして俺は愛用の『鉄塊』を振るう。

『お前、相変わらずそれかよ……進歩ねぇのな、新型魔法砲台とか試したくなら――』

 そこで魔線通信が途切れる。エルフからの第一射だ。直撃を喰らったお喋りさんは残骸と化した。

『いいか! お前達! 一つの騎骸に百人以上の人間の命が詰まっている! 今みたいに無駄死にしてみろ! 家族郎党皆、労働所送りだ!』

 大隊長からの魔線通信、俺はその言葉に付けたしをしたくなった。百人の命、それを竜の命もな、と。

 我ながら感傷的になりすぎた。鉄塊を振るって弓矢を打ち落とす、確かな手応え、砲弾並という例えは本当らしい。しかしそれでも壊れない鉄塊はやはり武器として最高だ。

 エルフの森へ一直線に走る、大隊長からの制止を振り切って。走る走る。一匹目のエルフが目に入った。途端、血飛沫に変えた。鉄塊には残滓だけが残る。

『どうして殺すの、エルフは何も悪いことをしていないのに』

 また幻聴が邪魔をする。

「……竜の乙女よ、俺は国の為に、国に仇なす者を殺す者だ」

『それは、悲しい事だわ』

 五月蠅い、黙れ。操縦桿を握る手が震える。鼓動が早まる。鉄塊を再び奮って二匹目のエルフを血煙に変える。

『おい第零番! 竜心が血液切れを起こしてるぞ! 補充しに戻れ!』

「――ハッ!」

 三匹目のエルフを血だまりに変えた辺りで大隊長の魔線通信が脳内に木霊した。そう死してなお鉄の塊を動かす竜の心臓には竜の血を度々注いでやらねば、継続稼働は不可能だったのだ。

 仕方なく大隊長の指示に従う、後歩と呼ばれる前を向いたまま後ろに下がる特殊な動きで戦線を離脱する。

『戦果は三人か、よくやった、エルフでも大砲並の矢を放てる魔法使いは数人だと聞く。後は掃討戦だろう』

 掃討戦、物は言いようだ。それは単なる凌辱に過ぎない。殺戮、侵略、暴威、だが、そんなものは俺には関係ない。俺はただ国の為に在る。

『可哀想な人』

 幻聴が、聴こえる。

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