ACT9
もう夜の闇が空を完全に包んでいた。
この病院は名古屋でも外れの方に位置しているので、住宅街から外れていて、今でも家と言えばまばらにしか立っていない。
俺は腕時計を月明りに透かして見た。
時刻は午後10時、俺は仕事を終えると宿舎(清掃会社に潜り込んでから、会社が用意してくれた社員寮だ)に移った。
幾ら金があるからって、いつまでもあんな高級ホテルに居座っている訳にも行かないからな。
その日俺は仕事を終えると支度を整え、歩いて病院まで向かった。
え?
”そんな装備をいつも持ち歩いていたのか”だって?
冗談言うなよ。
名古屋にだって知り合いはいる。
そいつに頼んで調達したのさ。
(ご都合主義だと笑いたけりゃ笑いな)
宿舎から病院までは歩いて一時間はたっぷりだ。
だが、流石にまだ俺の脚力は衰えちゃいない。
俺はまず病院の正門前にある児童公園に入った。
防犯灯の下で、上から羽織っていたコートを脱ぐ。
このくそ暑いのに、コート姿なんかしていたら、目立つかと思われたが、案外そうでもなかった。
俺は物陰にコートを隠し、顔にドウランを塗る。
着ているのはご存知世界中どこの国の軍隊でも御用達の迷彩服だ。
え?武器?
そいつは秘密だ。
俺は赤外線暗視ゴーグルで正門を見る。
車の音がする。
門が開いた。
一台のワゴン車がやってきて、2度クラクションを鳴らした。
すると、いかつい守衛が二人、詰所から出て来て、何やら確認をしてから通した。
何の車か知らないが、いずれにしろあそこを突っ切るのは容易ではない。
俺は正門から300メートルほど離れた金網に近づき、腰に下げたポウチから、ワイヤーカッターを取り出すと、金網に人が通れるくらいの穴をあけた。
警報でも鳴るか、と一瞬緊張したが、その気配はない。
金網の内側は高さ4~5メートルほどの石壁になっている。
手がかり、足掛かりを探しながら、俺は真っ暗な中を少しづつ降りて行った。
地面に着地する。
何の変化もない。
腰を屈め、ゆっくりと進む。
敷地の中の景色は頭の中にしっかりと焼き付いている。
そのために、わざわざやりたくもない草むしりや掃除をずっと続けて来たんだ。
建物の陰に隠れつつ前へ進む。
あの建物が見えた。
特別病棟だ。
入り口の前には他よりも屈強な警備員が、硬質ゴム製の警棒を構えて立っている。
しかも昼間と違って二人と来た。
俺はポケットに手を突っ込み、筒状の金属を取り出し、ピンを抜いて奴らの前に投げてやった。
突然、鋭い音がして、周囲が昼間のように明るくなり、同時に煙も舞い上がった。
フラッシュ弾という奴だ。
警備員は一瞬、何が起こったか分からないと言った体で、身を縮めてせき込んでいる。
俺は間髪を入れず二人に近づき、警棒を奪い、当身をくれてやった。
カンタンにヘナヘナと倒れ伏す。
俺は二人の腰を探り、鍵束を手に入れ、正面玄関のノブに手を掛けた。
ドアは内側に向かって開く、
受け付けがあったが、そこには誰もいない。
さあ、ここから先は手探りだ。
この特別病棟だけは、どうやっても内部構造が分らなかった。
俺は暗視ゴーグルを掛け、ゆっくりと中を進む。
階段があった。
腰を屈め、手すりに手をついて上へと昇っていった。
二階、そこはどうやら看護師の詰所らしい。
音を立てずに先へと進む。
目指すは三階だ。
廊下は防犯灯以外、灯りはない。
西側の一番端にドアがあり、薄明かりが漏れている。
あそこだ。
カンにばかり頼るわけじゃないが、俺はドアの所まで進むと、
ノブに手をかけた。
鍵がかかっている。
俺は守衛から取り上げた鍵束から、マスターキーを探し出すと、鍵を開けてドアを内側に押した。
部屋の中は凡そ12畳ぐらいの個室だった。
読書灯だけがついている中に、ベッドがあり、そこに”彼女”が横たわっていた。
黒い長い髪をした、白い肌をしたあの女性、俺に”タスケテクダサイと訴えて来た女性。
ヨウコと名乗る女性だった。
俺が近づくと、彼女ははっとしたように目を開け、
『貴方は・・・・どなた?』
かすれた声で言った。
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