ACT6

”本日只今より、四階の混合閉鎖病棟で、院長先生の特別回診があります”

 俺達が清掃にかかろうと準備していた時、ナースステーションから館内放送があった。

 この病院の病棟は全部で四つに分かれている。

 まずアルコール依存症専用の病棟。

 ここは基本解放病棟(早い話、入り口に鍵が掛って居ない)だ。

 次に二階の男子専用病棟。

 そして三階の女性専用病棟。

 最後に四階の男女混合病棟。


 アルコール病棟以外は閉鎖病棟といって、早い話が入り口と外がぶ厚い強化硝子製の扉で仕切られていて、おまけに鍵がかかっている。

 当然ながら、出入りは自由ではない。

 患者は基本主治医の許可が無ければ外出は出来ない。

 勿論面会も制限される。

 他にも様々な制限があるようだが、そいつは関係ないから省いておこう。


 それでも俺達が今日清掃に入る四階の男女混合病棟はまだ比較的緩い方で、

 病院の敷地内ならば、一定の時間内であればさほどの制限はないそうだ。

 

 俺達五人は掃除道具をワゴン車に乗せ、エレベーターで四階まで上がる。

 いつもは静かなホールが、今日に限って何となく雰囲気が違うようだ。

 何よりもぶ厚い硝子の扉の左右に、まるで門番のようにいかつい姿の警備員が二人立っていた。

 主任が首から下げたカードを見せると、警備員が一人一人を確認して、ポケットから鎖についた鍵で中に入れてくれた。

 扉は二重になっていて、中には白衣姿の、これまたいかつい男性看護師が立っていて、やはり鍵を出してドアを開けた。


 中に入るとそこはホールのようになっており、ドアの左手側はナースステーションがあった。

 ホールにはテーブルが10ばかりあって、普段ここでは朝昼晩の食事が行われる他、談話室になったりするらしい。

 だが、今日は誰もいない。

 入院患者たちは全部で30人ほど、それが一人残らず、ナースステーションの隣にある、

”診察室”

 と札の出たドアのまえに壁ぞいに並ばされていた。

 それだけじゃない。

 患者の傍には等間隔で白衣姿の目つきの鋭い看護師が並んでいる。

 患者たちもやけに緊張しているようだ。

 主任からは前もって、

”無駄口は聞かないように、特に患者や職員には話しかけてはいけない”と言われていたので、掃除道具を降ろし、作業にかかる。


 しかし、妙だな。

 大学病院ならばいざ知らず、ここは私立の精神科病院だ。

 そんなところで何故院長が特別回診なんてものをしなければならないんだろう。

 不思議に思ったが訊ねてみる訳にも行かない。

 俺達は黙々とテーブルの上に椅子を載せると、手順通り作業にかかる。

 すると、診察室の中から鋭い泣き声がした。

 モップを持っていた俺が顔を上げると、主任が”気にするな”とでもいうように、目配せを送った。

 診察室のドアが開き、看護師が二人中に入り、出てきたのはジャージ姿の若い男が、両脇を抱えられて出て来た。

『二階へ送っておくように!』

 ドアが閉じる寸前、奥から鋭い声が聞こえた。

 俺の目の端に映ったのは、白衣姿の、昔ハマーフィルムの怪奇映画で見た、マッドサイエンティストそのものの顔をした女性だった。


『前はあんなじゃなかったんだがね』

 2時間かけた清掃作業が終わり、控室に戻ってくると、主任と岡田さんがため息と共に同時に言った。


 この病院は一応医療法人の形を取っているが、二階堂という一族が代々院長兼理事長を務めており、さっきのあのマッドサイエンティストで二代目なんだという。

『昔はもっと開放的でいい病院だったんだがね。前の院長も知っているけど、もっとあったかくて感じのいい人でさあ・・・・』


 先代の院長から今の院長に代わってから病院の体制や造りそのものも変わってしまったそうだ。

 昔からいた職員を全員解雇し、病院の体制も徹底した管理体制にしたのだという。

『それにしても変な病院だね。大学病院でもないのに、院長が回診なんてものをするなんて聞いたことがない』

 俺の言葉に、二人とも『小山田さん、あんまり余計な事を聞かない方がいいよ。仕事を続けたかったらね』とだけしか答えなかった。




 

 


 

 



 

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