ACT5

『え~、今日から皆さんと一緒に働く事になった小山田さんです。』

”主任”と称する男は、やけに勿体ぶった口調で、5人並んだ先輩に俺を紹介した。


 ”さんふらわぁサービス”という会社で、主に病院や会社などのビル清掃を専門にしている。

 俺事乾宗十郎は、今”小山田一郎”という名前で、この会社に入社させて貰い、今日から働く事になったという訳だ。

 嘘をつくのは嫌いだが、仕事の性質上止むを得まい。

 探偵ってのは、あらゆる状況に応じるために、あちこちに”伝手つて”を持っているものだ。

 今回も、俺は前に何度か仕事を手伝ってやった人材派遣会社の社長に電話をかけ、この名南病院の清掃作業を担当している会社に潜り込ませて貰ったって訳だ。


 当然、本名を名乗るわけにも行かないから、そこは上手く誤魔化し、小山田一郎という仮の名前を名乗り、変装までした。

 多羅尾伴内の昔から、探偵と変装はつきものだ。

 とはいっても、無精髭とカツラくらいで充分誤魔化せる程度のものだがね。


 主任に聞かされたところによると、5人一組になって外来診察室と食堂。それから各病棟と言う具合に分かれて掃除をして回る。

 俺事小山田一郎は、当分の間(とはいっても、時期については明言はされなかったが)、”研修”ということで、先輩の尻にくっついて行くことになった。

 先輩ってのは、岡田さんという名前の50過ぎの小母ちゃんである。

 小太りで多少おしゃべりで、愛想の良い女性だ。

 今日は外来診察室と食堂を担当するのだそうだ。


 外来診察室ってのは、全部で7部屋あり、患者は自分たちの順番が来るまで、廊下で待って居なくちゃならない。

 その間を縫ってまずアレキサンダー大王の兜みたいな箒で埃を取り、その後をモップで拭いて回る簡単なものだ。

『診察室は?』

 岡田さんに訊ねると、

『診察室はナースさんがやるからいいのよ。あらあ、ひょっとして一ちゃん(岡田さんはもう馴れ馴れしく俺をあだ名で呼び始めた)、ナースさんを口説こうとしたの?止めといた方が良いわよ。ここは皆ばっかりだから』

 彼女が指さす方を見ると、なるほどその訳が分かった。

 名前を呼ばれた一人の患者が診察に入ってゆく。

 その瞬間、一人のナースがドアを開ける。

 なるほど、俺は直ぐにその意味が分かった。

 女性には違いないが、背が高く、いかつ体形をした、そう、昨日喫煙所で見たあのナースそっくりだった。

『最も、あんたの好みがああいうのだったらお好きなように、だろうけどね。』

 そう言って岡田さんは笑って見せた。

 簡単だとは思っていたが、案外楽なもんじゃない。

 診察室の掃除だけで、午前中たっぷりかかった。

 俺みたいな新参者が一人加わったからだと思ってい

たが、

”診察のある日はこんなものよ”と、岡田さんも他のクルーたちもそう言って笑っていた。


 昼食は中央棟にある地下食堂か、或いは待機所(清掃業者の休憩所みたいなもんだ)で弁当を食べる。

 俺は食堂を使おうかと思っていたが、岡田さんが、

 ”業弁(業者用の弁当をこう呼ぶ)の方が美味しいから”と誘ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

 岡田さん以外の他のクルーとは、仕事中あまり口を聞くことはなかったが、概して人柄も良く、接してみると色々な事を教えてくれた。


 何でもさんふらわぁサービスがこの病院の清掃を担当するようになって、今年になってからだという。

 以前は別の会社だったのだが、それが急に変更になったそうだ。

”詳しくは知らないんだけどな”と班長(60過ぎのおっさんだ)が教えてくれた。

“ウチの社長が相当安く落札したらしいぜ”だそうだ。

 こうした病院はどこもにたようなものらしいが、半年に一度くらいづつ、入札で業者を変えているのだという。

 それまで担当していた業者が”こんな価格ではやって行けない”という訳で、入札をおり、さんふらわぁの社長が向こうのいい値通りの値段で落札したそうだ。

”だから俺らの日当も安くってさ。敵わないよ”

 班長はぶつぶつ文句を言うと、他の全員が、

”仕方ないよ。ウチの社長もケチだし、ここの院長ってのも、それに輪をかけてドケチらしいからね”と、同意した。



 

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