ACT4

『しかし、分らんな』俺は言った。

『幾ら禁煙禁煙のご時世で、しかも病院だからって、このくそ暑い中、何もわざわざ屋外に喫煙所を設けておかなくっても。室内に空調を効かせた区画を作っとけばいいだろうに。』

『前はそうだったんだよ』

 髭だらけのおっさんが言う。

『先代の院長が引退してね。その時までは病棟にも喫煙室があって、そこでも喫えたんだがね・・・・新しい院長が・・・・』

『はい、みなさん。時間ですよ!』

 俺の背後から大きな声が聞こえた。

 振り返ってみると、白衣を着た大男・・・・いや、大女の看護師が立っていた。

 凡そ180センチはたっぷりあろうかと思われる背丈に、肩幅は俺の倍はあろうかと思われる。

”チャンプ”と、誰かが言った。

 すると彼女は太い眉を持ち上げ、目玉をぐり付かせて声のした方を睨んだ。

『張り紙に書いてあるでしょ?もう喫煙時間は終了よ』

『すまない。ちょっと聞きたいんですがね』

 患者たちを追い立てるようにして喫煙を止めさせた彼女に、俺は声をかけてみた。

『なんでしょう?』

 その声は素っ気なくはなかったが、決して丁寧でもない。

 寧ろこちらを警戒しているような、そんな響きが感じられた。

 俺はあの夜見た通りの女性の姿を彼女に語り、何かこの病院と関係があるのかと訊ねてみた。

 だが彼女は相変わらずの調子で、

『さあ、知りませんね』と答えただけだった。

『荒井さん、ひょっとしてあの特別病棟の・・・・』

『坂本さん、余計な事を言わない!』

 荒井さんという看護師は、あの丸坊主の患者が発した言葉をびしりと跳ねのけ、そのまま全員を促してその場を去っていった。


 特別病棟?

 気になる言葉だ。

 探ってみる必要はあるな。

 俺はもう一度病院の建物を一周してみた。

 敷地自体はそれほど広い訳ではない。

 だが建物は三棟にわかれている。

 一つは最初に俺が入った”中央棟”と呼ばれる、外来診察室と事務室、

 もう一つは”入院棟”と呼ばれる建物で、3階から成っている。

 どうやらここはその名の通り、入院患者を収容している建物のようだ。

 だが、不思議だ。

 中央棟と入院棟は、渡り廊下で直結されていて、行き来が可能になっているようだが、もう一つ、それとは別の建物がある。

 入り口に”特別病棟”とプレートが出ているだけで、他とはまったく繋がっていない。

 しかも、窓らしい窓も殆どなく、その窓にさえ頑丈な鉄格子が嵌められている。

 壁の色も他とは違って、黒っぽい灰色で統一されている。

 恐らく二階建てくらいだろう。

 益々気になり、俺が近づこうとすると、

『何か?』

 背後から声がした。

 そこに立っていたのは、痩せてはいるが筋肉質の、俺より遥かに背の高い、警備員だった。

『いや、今日初めて来たものでね。道に迷ってしまって・・・・あの建物はなんですか?』

『見てわかるでしょう。特別病棟ですよ。重篤な患者さんを収容して置く病棟です。でも貴方には関係なさそうですな。近づかない方が良いですよ。いや、近づかないで下さい。病院の規則で、許可のない人は近づくことをを禁じられて居るもんですからね』

『それでも近づきたいといったら?』

『身体で分らすしかないですな。施設管理権に基いてね』

 警備員は腰に手を当て、黒い警戒棒を抜き、二・三度両手で持ち、こちらを威嚇してみせた。

 よく見る三段式の特殊警棒という奴ではない。

 真っ黒で、長さは50センチはある。

 恐らく硬質ゴムで出来ているんだろう。

『分かった。分かったよ。潔く退散するとしよう。俺だってこんなとこで命のやり取りをするつもりはないからね』

 俺はそう言って踵を返し、落ち着いた様子を見せながらその場を去った。

 身体のデカい看護師、他とは切り離されている異様な建物。警戒棒を持った警備員・・・・ますます俺の冒険心を揺さぶる。

”これはやっぱりもう一度別の手を使って入り込んでみるしかないかもな”

俺は後ろを振り返り、重々しい鉄扉の傍にあるボタンを押し、特別病棟の中に入っていく警備員の姿を確認しながら考えていた。

 

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