ACT2

 翌朝、俺はホテルの部屋で目を覚ました。

 名古屋きっての一流ホテルだ。

 部屋はスウィート・ルーム・・・・とまでは行かないが、シングルでもその辺の安宿なんぞ比べ物にならないデラックスさだ。

 あれからホテルに帰り、最上階のラウンジ・バーで一杯ひっかけ、それから自室に戻って冷蔵庫の中のウイスキーを呑み、シャワーで汗を落とすとベッドにひっくり返り、例の紙片を取り出し、見つめていた。

”タスケテ・クダサイ。ヨウコ”

 たったそれだけの文字だが、気になって仕方がない。

 あれこれ考えているうちに、久しぶりに酔いが回り、眠りに落ちた。

 目を覚ました時、紙片はカーペットの上に落ちていたが、俺はそいつを拾い上げ、また考え始めた。

”馬鹿馬鹿しい”

”あの男たちの言う通り、彼女は病気かもしれない。俺は医者ではないんだ。まともに見える患者だって、世の中にはいるだろう。”

”それに、今の俺は依頼人からも離れている。懐もあったかい。放っておけばいいじゃないか”

 だが・・・・ここが探偵である俺の悪い癖だ。

 気になったことは最後まで追求したくなるのだ。

 しかし、今回は正真正銘、依頼人もなし。従って金も出ない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 世の中、時には金よりも大事なものがあるもんだ。

 と、そんな洒落た言葉が出るのも、懐が十分に潤っているからだろう。

 俺はもう一度シャワーを浴び、それからルームサーヴィスでモーニングを頼み、身支度を整えてホテルを出た。


『なんだ。乾、お前さんか。また何かやらかしたのか?』

 愛知県警中署の古馴染みは、俺の呼び出しに応じ、受付近くのソファのところまでやってくると、警察官おまわりが探偵に対する社交儀礼のように、苦虫を噛み潰したような表情をして見せた。


 こう見えても私立探偵で飯を喰い始めて10年と少しだ。

 世界中、とまではゆかないが、日本中のあちこちの警察に見知った顔が居る。

 この男もその内の一人で、俺がこっち・・・・即ち愛知県は名古屋市で仕事をする時には何かと世話になったりしている。

 決して俺を毛嫌いしているわけではないが、探偵に対しては胡散臭くするのが警官の義務だとでも思っているようで、いつもかくの如き表情をしてみせる。

 俺は昨夜の話を手短に聞かせ、例の紙片かみきれを取り出して見せた。


『それで、だから何だっていうんだ?その黒ずくめの二人が女をさらおうとしているとでもいうのか、だから警察の手でも借りようって腹か?いい加減にしろよ。探偵は警察に協力しなけりゃならんが、警察が探偵に協力しなきゃならん義務はないんだぜ?』

 彼は鼻を鳴らし、紙片を突っ返した。

 俺は紙片を受取ってポケットにしまうと、入れ替わりに封筒に入れた細長い紙を目の前の卓子テーブルに置く。

『おい、何の真似だ』

『あんた、娘が一人いたっけな。高校一年生。さ来月確か名古屋で某ロックグループのコンサートがある。アリーナ席のチケットだ。彼女はそのグループのヴォーカルにぞっこんだと聞いてる。最近あんたは娘との仲が上手く行ってない。たまには子供に”パパ大好き”くらい言わせてみるのも悪くはないと思うがね』

『だから、何が望みだ』

 彼は取り出した爪楊枝で奥歯をせせりながら、俺を上目づかいに見ながらまた鼻を鳴らす。

 俺は昨夜覚えた車の特徴とナンバーを彼に告げ、何処の車だか調べて欲しいと、直截に告げた。

 一昔前ならこういう時、陸運局にでも出向けば、ナンバープレートから直ぐに情報が割れたもんだが、昨今は個人情報保護法とやらの観点から、それも容易じゃないんだ。

『・・・・やってみよう。』

 彼は楊枝を咥えたまま、卓子の上の万札を取って辺りを見回しながら小声で言い、チケットを懐にしまった。

『交通課に調べさせりゃ直ぐに分かる。しかし、俺も安くみられたもんだ。所轄の中で、探偵から賄賂を受け取っちまったんだからな』

『賄賂じゃない。娘さんへのプレゼントだ』

 ”じゃ、頼むぜ”

 俺はそう言い残すと、ソファから立ち上がって署を出た。


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