真夜中

Unknown

真夜中

 現在、深夜187468時。

 愛莉はマリファナと覚醒剤をご飯にかけて食っていた。愛莉が自作した“ふりかけ”である。マリファナも覚醒剤もコンビニで安価で売っている。愛莉は吸ったり打ったりしない。もうダイレクトにご飯にかけて食うのだ。

 深夜の真っ暗な部屋の中、光源は液晶テレビだけだった。無音のテレビが映しているのは、廃墟と化して寂れた廃村のホテルである。定点カメラから撮影されているようで、空は曇っていた。草はボーボーで、地面には何も無い。一体この廃墟はどこなのか。また、これがどういう意図で放送されているのかも謎である。

 愛莉は部屋の電気をつけることを極端に嫌う。常に部屋が真っ暗じゃないと気が済まないらしい。俺が誤って部屋の電気をつけると怒る。かと言って、完全に真っ暗なのも嫌なようで、愛莉はずっとテレビを無音でつけている。元々俺の家にはテレビなんて無かったが、愛莉が自宅から持ってきた。

 マリファナと覚醒剤のご飯を愛莉は正座して無表情で食べている。

 俺はその真横であぐらをかいて、タバコを吸っていた。銘柄はアメリカンスピリットだった。飯を食ってる人の真横で喫煙するのもどうかと思うが、愛莉は特に何も言わない。

 つまらないテレビの画面を無表情で眺めながら、タバコの煙を吐いていると、愛莉が呟いた。


「ねえ優雅」

「なに」

「優雅はどうして優雅じゃないのに優雅っていう名前なの?」

「親が勝手に付けた」

「名前負けしてるよね」

「うん」


 俺は少しだけ笑った。

 でも俺はガチで優雅っていう名前なのでしょうがない。母が名付けた。大雅と優雅で悩んだ結果、優雅にしたらしい。

 優雅、直訳するとビューティフル。なにがビューティフルだ。クソが。

 酒が飲みたくなった俺は、キッチンに移った。冷蔵庫から氷を取り出し、タンブラーに入れる。その中にウォッカとオレンジジュースを混ぜて、スクリュードライバーを作った。ちなみにウォッカとオレンジジュースの比率は9対1である。

 なみなみとアルコールを注いだタンブラーをテーブルまで持っていって、俺は座り、飲み始めた。


「それなに」

「スクリュードライバー」

「へえ」


 愛莉の声は小さい。俺の声も小さい。

 愛莉はしばらく前から鬱状態になってしまい、小説がまともに書けなくなってしまった。俺は愛莉の書く小説がとても好きだったのに、今では愛莉は文を書くことすらしなくなった。文を書くことがあんなに好きだったのに、鬱を患って脳にダメージを受けてからの愛莉は全く小説を書けなくなった。あんなに好きだった趣味への情熱すら鬱が奪ってしまった。それがショックだった。

 そして俺も鬱病だった。ひどい時は、たまに限界を超えて、子供みたいに発狂してしまう。愛莉もたまに子供みたいになる。俺は基本的にいつも頭がぼーっとしている。脳が深刻なダメージを受けたせいで、思考力はだいぶ落ちた気がする。感情が平坦になってしまったというか。俺自身も文を書くことが好きだったが、最近はかなりどうでもよくなっていた。

 俺はスクリュードライバーを飲んで、タバコを吸い、言った。


「愛莉、鬱病の改善にはセロトニンが必要なんだって。だから今度、世界が明るくなったら、近所の公園にでも行って光合成しよう」

「光合成?」

「うん。鬱病患者はみんなセロトニンが足りてない。世界が明るくなったら、公園行って、公園でぼんやりして、セロトニンを摂取しよう。そしたら鬱が少しは良くなるかもしれない」

「なんでセロトニンなんて摂る必要あるの」

「愛莉が自殺しない為。俺が自殺しない為」

「そう」

「あとは、愛莉にまた小説書いてほしいんだ」

「小説? 小説なんてもういいよ。私の才能は完全に枯れたから。私の代わりに優雅が書けばいい。元々私より優雅の方が才能ある」

「俺の才能も枯れたよ。鬱になってから、ろくに書けなくなった。書きたいことも無くなった。怒りも悲しみも喜びも無くなった。世界にモヤが掛かって灰色になった。全部どうでもよくなった。だって、俺が書きたいことなんてどうせ他の誰かが既に書いてるしな。俺が文を書く意味も無い。俺に価値は無い。もうゴミしか書けない」

「わかる。鬱になるとそうなるよね。でも、いくら才能枯れても優雅は優雅しかいないんだよ。私は好きだよ。優雅の文」

「ありがとう。俺も愛莉の書く文が好き」


 俺は無表情で酒を飲んだ。

 やがて愛莉はマリファナと覚醒剤のご飯を食べ終えた。愛莉はぼんやりしながら、タバコに火をつけて、吸い始めた。愛莉はハイライトを吸っている。

 愛莉の吐く副流煙が俺の鼻腔を刺激する。俺は酒を飲みながら言った。

 

「公園じゃなくてもいいや。●●湖って知ってる? でかい湖なんだけど。すごい綺麗なんだ。借りればボートも2人で漕げる。ここから車で●●分くらいかな。今度明るくなったら、そこ行こうよ。湖畔を歩いてるだけでも多分楽しいから」

「うん。行けたら行く」

「メンヘラはセロトニン浴びないと治らない。ずっと暗い家に引きこもってたら絶対治らない。薬はあくまで補助でしかない。セロトニンを摂らないとだめだ。ってYouTubeで医者が言ってた」

「でも、次にいつこの世界が明るくなるのか分からない」

「うん……」


 現在、深夜187469時。この世界が今度いつ明るくなるのかは分からない。

 なんたって、俺たちが3歳だった頃から世界は真っ暗だったのだ。

 俺たちが生まれてから24年もの歳月が流れたが、俺たちはほとんど太陽の光を浴びたことがない。鬱病になって当然だ。今や、鬱病をはじめとした精神疾患は世界中の社会問題にまで発展している。

 もちろん、この世界の環境でも、死ぬまでずっと鬱病にならない奴だって沢山いる。鬱とは、心の骨折のようなものだ。ストレスと運の兼ね合いで、誰でもなりうる。

 

「それでも、いつか明るくなるよ。明るくなったら、湖に行こう」

「優雅に衝撃の告白していい?」

「いいよ」

「私、最近アマゾンで首吊るためのロープ買った」

「そうなんだ。別に衝撃でもないな。俺も持ってるし」

「え、持ってたの?」

「うん。ロープあると安心する。いつでも死ねるって感じがして」

「私、もう死ぬしかない気がする」

「なんで?」

「わからない。わからないけど、死ぬしかない気がする。最近、首吊って死んでる私の姿ばかりイメージする」

「うん」

「これも鬱の症状?」

「そう」

「鬱ってめんどくさい」


 と愛莉が呟いた。本当にめんどくさい。死ぬことを毎日考えるし、気分が明るくなることもない。頭は常にぼんやりしていて、世界は不明瞭になって、全てがどうでもよくなる。全ての関心を失う。

 人によって症状は全然違うが。

 俺も死にたいと毎日考えている。この気持ちが、俺の本心なのか、それともただの鬱の症状なのか、俺には分かりかねた。愛莉が言ったように、俺もよく自分が首を吊って死んでいる光景が心に浮かぶ。その光景はとても静かで、哀れだ。だが、その情景を心に浮かべると少し落ち着く。大きな湖を見た時のように。

 正直、死にたい理由を聞かれても、上手く答えられる自信がない。好きなものをなんで好きなのか問われて、上手く言えないように。好きなものは好きだし、死にたいものは死にたい。

 高校生くらいまでは死にたいと思ったことがなかった。

 こうして毎日真っ暗な部屋に引きこもっていると、思考がどんどんやばい方向に転がる。自殺しか考えられなくなる。

 

「優雅、私プリン食いたい」

「まだあったっけな」


 俺は立ち上がって、キッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。

 プリンは1個も入ってなかった。

 俺は戻って言う。


「1個もなかった」


 そう言うと、愛莉は少し残念そうな顔をした。

 愛莉はプリンが好きだった。コンビニに行くと必ず買っている。主に焼きプリンしか食わない。

 やがて、愛莉はタバコの煙を吐きながら言った。


「じゃあ買いに行こう。プリン」

「うん」


 ◆


 俺と愛莉は徒歩2分の場所にあるコンビニまで歩いて向かった。田舎なので、人通りもも車通りもほとんどなかった。

 コンビニに着くと、俺はカゴを持って、プリンのある場所に向かった。そして愛莉は、売られていた焼きプリンの全てを俺の持つカゴの中に入れた。俺は適当に缶チューハイを何本かカゴの中に入れた。その後、2人でレジに向かうと、愛莉は店員に向かって「106番の覚醒剤と36番のマリファナを1つください」と言った。店員は後ろの棚にある覚醒剤とマリファナを取り出して、「こちらの2つでよろしいですか」と覇気のない声で言った。「はい」と愛莉は覇気のない声で答えた。

 会計を済ませた俺は、プリンと酒と覚醒剤とマリファナの入った袋を持って、愛莉と家に帰った。


 ◆


 家に帰ると、愛莉は手を洗ってから、すぐプリンを食い始めた。俺も1個、食い始めた。

 プリンはとても美味しい。

 正直言って、生きる上で金なんてそんなに必要なかった。プリンが食いたい時にプリンを買える程度のお金があれば十分だ。欲しいものも特に無いし。

 理想としては、最小限の労働で、それなりの給与を得ることだろう。でも俺はそんな能力が無かったから、ヤンキーに混ざって肉体労働の仕事をしている。ちなみに愛莉は完全なる無職である。

 愛莉ほどの文才があれば、小説家にも簡単になれると思うし、文でお金を稼ぐことは出来ると思う。でも、愛莉は絶対それをしようとしなかった。小説の公募に申し込んだことも一回も無かった。

 ただ単に暇潰しに文を書いてるだけだから、それでお金を貰うのは嫌だと言っていた。

 もったいないなと思う反面、俺は愛莉のそういうところが好きだった。

 愛莉はただの暇潰しで文を書いていた。

 どんなに天才だとか言われても、そのスタンスを変えなかった。

 俺は愛莉のそういうところに憧れている。

 暇潰しで文を書いてるだけなのに、天才とか言われて、愛莉は逆に戸惑っていた。

 今、愛莉は、ちょっと幸せそうな顔でプリンを食っている。その横で俺もプリンを食っている。

 愛莉にとって幸せとは、小説家として名声を得ることでもなく、文で金を稼ぐことでもなく、コンビニのプリンを食うことなのだろう。幸せなんてその辺に落ちている。幸せなんて数百円で買える。それにどうしても気付けないだけだ。

 俺にとっての幸せも、そんな簡単なものだった。その辺に落ちてるものだった。きっと俺の幸せのハードルはものすごく低い。


「おいしかった」


 やがて、愛莉はそう言って、プリンのゴミをテーブルに置いた。


「今何考えてたの」


 と愛莉が俺の目を見て言った。


「何も考えてない」


 と俺は言った。


「そう」


 と愛莉は言った。


 ◆


 しばらくすると、愛莉はシャワーを浴びて、寝る準備を整えていた。

 いかんせん、常に世界が真っ暗だから、時間は信用できない。眠くなった時に寝る。それが愛莉のスタンダードだった。

 俺はまだ全然眠くなかったから、愛莉が寝室で寝た後も、つまらないテレビをぼんやりと眺めつつ、タバコを死んだ目で吸っていた。

 俺は、愛莉がいなくなると、何もすることがない。スマホでぼんやり5chを見てるだけだった。

 そうして数時間が経つと、やがて愛莉が俺のところにふらふら歩いて来た。


「全然寝れない。目閉じてると、勝手に昔の嫌な思い出がフラッシュバックする」

「じゃあ愛莉が寝れるまで一緒に起きてるよ」

「うん」


 俺は愛莉と一緒に愛莉の寝室に向かった。

 俺は部屋の隅であぐらをかいて、スマホをいじっていた。

 愛莉は、自分のベッドで、一生懸命寝ようと努力していた。

 なかなか眠れない気持ちは、少し分かる。俺も不眠症だから。

 そうやって、1時間ほどが経つと、ようやく愛莉は眠ったみたいだった。規則正しく寝息が聞こえてくる。

 俺は愛莉を起こさないようにゆっくり部屋から出た。


 ◆


 俺は愛莉が寝たのを確認してから、部屋を出て、シャワーを浴びた。

 そして歯磨きして、自分の寝室で眠った。

 今回は、意外とすぐ眠れた。寝れる時と寝れない時の差が激しい。


 ぐっすり寝ていると、突然愛莉に叩き起こされた。


「優雅起きて! 太陽が! 太陽が出てる」

「……」


 太陽?

 俺は目を擦りながら、ベッドから起き上がって、窓の外を見た。

 俺は自分の目を疑った。世界が完全に明るくなっていたからだ。

 

「え」


 俺はベッドから立ち上がり、窓のそばへ行く。世界がとても明るい。物心ついてからずっと暗闇だった世界が、明るくなっている。何十年ぶりの太陽だろう?

 俺は言った。


「え、なんで明るいの?」

「知らないよ」

「俺、空が青くなってるの生まれて初めて見た」

「私も」


 愛莉の顔を見る。

 愛莉は心なしか喜んでいるように見えた。

 俺は言った。


「明るくなったから、湖行こうか」

「うん」


 ◆


 起床してから数時間が経った。

 俺たちは●●湖に向かうことにした。

 俺は車の運転席に乗り、愛莉は助手席に乗った。

 車内での会話はほとんどなかった。

 愛莉はずっと、無表情でぼんやり外の風景を眺めていた。

 ●●湖の湖畔近くに辿り着くと、俺は車を止めた。

 湖に向かって、2人で無表情で歩く。空はとても晴れていた。

 クソでかい湖が見えてくる。

 湖畔に辿り着くと、愛莉が湖の遠くの方を見ながら、ぽつんと呟いた。


「湖って夏でも涼しいんだね。ちょっと寒いくらい」

「うん」


 湖畔に沿って、しばらく2人で歩いていくと、やがて愛莉が言った。


「波の動き見てると、少し落ち着く」


 その顔は、少しだけ笑っている。

 俺もほんの少しだけ笑った。







 終了






【あとがき】

スマホのメモに残ってた小説です。

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真夜中 Unknown @unknown_saigo

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