六、推理

推理 SIDE麻生花純

 警察に働きかけてもらって、事件に関わりそうな人たちを集めてもらった。具体的には、あの日行われた前夜祭で、六時以降も残っていた人たち。これには何人かの無関係そうな人たちも含まれそうだったので、私の方で指定してさらに絞ってもらった。本当を言うと、犯人ただ一人をずばりと指名して呼んでしまえばいいのだが、あえての公開推理となった。

 前夜祭で六時以降も残っていたかつ私が指定した人間は以下だ。

〈五十歩ひゃっほー!〉のメンバー四人。

〈遠吠〉一人。

〈時宗院ギター女子部〉五人。

〈ザ・グレート・ノベルス〉三人。

 そして、〈ギャングエイジ〉、今は一人になってしまった新津良晴くん。

 最後にあいつ、先崎秀平。

 場所を指定していい、と警察に言われたので、現場に近くてある程度閉じた環境、と言うと「ならツリーハウスは?」ということになった。いいのだろうか? と物怖じしてると私の担当をしてくれていた女性警官が「大丈夫、思うようにやってみて」と背中を押してくれた。

 かくして、私たちは集った。

 事件現場目の前、時宗院高校の自由の象徴、ツリーハウスの中で……。



 ……秀平の元気がないことが気がかりだった。

 せっかくこうしてあいつの無実を証明する機会だというのに、心ここに在らず、ぼんやりとツリーハウスの天井を……かつての卒業生が開けたというツリーハウス一階天井の大穴を、見つめていた。私はあいつに声をかけた。

「大丈夫?」

 秀平は笑った。

「ああ。いや、何つーか、こう……」

 私が首を傾げると秀平は無理して作ったような笑顔を向けてきた。

「わりーな。シャキッとしなくて」

「いいけど……」

 と、ハウス入り口を見ると私が指定した人たちがちらほら集まり始めた。そうしてみるみるうちに、全員が揃った。ハウス入り口に警察官が立つ。こうして関係者たちは密閉された。

 さぁ、出番だ。

「始めるよ……」

 私は秀平の顔を再び覗き込んだ。あいつは悲しそうに頷いた。

「ああ」

 そういうわけで、始まった。



「お集まりいただきありがとうございます」

 まず、私は丁寧に一礼する。

「本日は先日このツリーハウス前やぐらで起こった生徒の不審死事件について、簡単にご報告させていただきたく集まってもらいました」

 堅苦しいなぁ、と〈五十歩ひゃっほー!〉の仁部くんがつぶやいた。しかし私は構わず続けた。

「勝手ながら行わせていただきました私たちの個人的な調査で、犯行の方法及び容疑の濃い人間の特定ができたのでご報告します」

 まず、と私は一歩前に出た。みんなの視線が集まる。

「人はどのくらいの高さから落ちたら死ぬでしょう? 分かる方いますか?」

「あーい」

 と、手を挙げたのは〈時宗院ギター女子部〉通称〈ギタ女〉の今田こんた晴火はるひさん……あの火力高めのバチバチメイクの女の子、だった。彼女は続けた。

「一昨年あーしの婆ちゃん転んで死んだんだけどさ。人ってあんな簡単に死ぬんだねー。婆ちゃん身長あーしより低いから、まぁ、一メートルかそこそこくらいの高さから落ちて頭打ったら死ぬと思うー。婆ちゃんみたいに」

「正しいです」

 私は今田さんを見てから目を伏せる。この人軽い口調で重いこと言うな。

「シンプルに頭を打ったことが致命傷だった場合、一メートルも高さがあれば十分人は死にます」

 なので……と、私は話を続ける。

「現場になった櫓近辺で高さが一メートル以上ある場所を探しましょう。どこですか?」

「どこってそりゃあ……」

 口を開いたのは〈ザ・グレート・ノベルス〉の河辺かわなべくんだった。

「このツリーハウスは三階建てだし十分だろ。あと、櫓そのものも五メートル高さがあるからそこから突き落としてもいいよな」

「その通りです」

 私は肯定した。

「ただ、櫓から突き落として地面と激突させた場合、どうやって櫓の上まで運んだのか、という問題が発生します。上下の移動は思ったよりきつい」

「確かにそうかもな」

 そう頷いたのは〈グレノベ〉の奥野くんだった。

「死体担いで上り下りはきつい。何か道具がないと」

「そう、道具」

 私は頷く。

「櫓の建設には実に多くの道具が使われていますね。玄翁ハンマーや釘といった工具はもちろん、木材を運搬するリヤカーや、安全帯といったものまで、様々」

 場にいた全員が沈黙する。私は一息呑み込むと続ける。

「ここで一度リヤカーに言及します。木材を運ぶための道具ですが、一人で多くの木材を手軽に運べるよう作られているそうです」

 まだ、誰も反応しない。

「次に、玄翁と釘に注目しましょうか。これは冬荻祭実行委員長から聞いたのですが、櫓完成直前に、玄翁と釘が青のペンキに落ちる事件が発生したそうです。青い釘が櫓ステージ上に出ることを控えるために、釘は舞台の裏側、目立たないところに打たれたそうです」

 私はさらに続ける。

「ここに皆さんを呼び出す前に、私は櫓のステージ裏面、ちょうど青い釘があるであろう場所を双眼鏡で覗いてみました。だがなかった」

 私の言葉に、まず警察官たちが反応した。

「この話は一旦ここまでとしましょうか」

 私は話題を切り替える。

「先程河辺くんが話してくれた通り、櫓周辺で一メートル以上の高さが出る場所の、代表的なものにこのツリーハウスが挙げられます。一度構造について触れましょう。皆さん私の言うとおり見ていってください」

 まず……。

「私たちがいる一階。大きな楡の木の幹が部屋を左右に分けています。左側には切り株のテーブル。周辺には大小の椅子。そして幹の右側には二階に繋がる梯子と、それから窓がありますね」

 全員が肯定の意を示す。私は続ける。

「続いて二階です。床面積は一階の半分か三分の一くらい。いわゆるロフトですね。ビーズクッションがいくつか置かれていて、生徒の憩いの場となっています」

 また、全員頷く。

「さらに三階。二階ロフトの奥に梯子があり、ここから上ります。屋根の上にあるバルコニーに繋がっていて、人が二人分、ギリギリ入れる広さがある」

 今度は、全員が頷くのよりも先に……。

「そしてバルコニーの目の前には、この『一階天井の大穴』がある」

 それはかつて悪ふざけでバルコニーから飛び降りた生徒が開けた大穴だった。当時の生徒が無事だったかは知らないが、しかし大きな穴が、三階バルコニーから一階までを繋げている。その穴は手動で開く庇で塞がれているが、これは見て分かる通り、開けることができる。

「例えば、三階バルコニーから人を突き落としたとしたら?」

 決定的な発言に場が凍りつく。

「突き飛ばされて、三階から一階までおよそ五、六メートルを一気に落下して床面に打ち付けられた場合、人はどうなるでしょう?」

「どうなるってそりゃあ……」

 困った顔をしたのは二年生、〈五十歩ひゃっほー!〉の錦木くんだった。

「死ぬんじゃないですかね」

 私は肯定の意味を込めて頷いた。

 私が明言するとまず〈ギタ女〉の何人かが息を呑んだ。私は続けた。

「バルコニーから落下して一階床面と激突、死亡した」

「で、でもさ!」

〈ギタ女〉の美髪女子、小泉こいずみ椿つばきちゃんが声を張った。

「真崎さん見つかったの櫓の上だよ?」

 と、言いかけて小泉さん自身が悟ったようだ。

「まさか?」

 しかし彼女は自身の口にしたそれをすぐに否定した。

「ううん、真崎さんの頭の傷も櫓床面と一致したって……」

 私は小泉さんに目線を送った。彼女は黙った。

?」

 私の発言に〈五十歩ひゃっほー!〉の仁部くんが笑った。

「何だそれ。無理だろ」

「どうして無理なんですか?」

「床ごとってどういうことだよ」

「このツリーハウスの床材ごと死体を運ぶということです」

「死体と床材両方運ぶなんて死体を担いで上下するのより難しいだろ」

「リヤカーがあります。地上から櫓上への運搬と違って、櫓とツリーハウスは床続き、水平方向の移動なので、リヤカーがなかったとしても最悪車輪があれば事足りる」

 仁部くんは黙った。

「ツリーハウスの床や櫓の床を剥がす工具も、誰でも手に入る場所……建材置き場にあった」

 そして、と続ける。

「このツリーハウスは生徒の手で『改造』できます。かつてこのツリーハウスの建設を手がけた菰部こもべ活山かつざんが『生徒の砦であるように』このツリーハウスをいくつかのパーツに分けておくことにした。そのパーツさえあればあとは好きなようにカスタマイズできるように……実際、このツリーハウスはこれまでも、そして今も多くの生徒によって改造されていますね。床材を使ってブランコを作ったり、壁面や床面の素材を変えたり……そう」

 私の言葉にみんなが耳を立てた。

「床面の改造。これも日常的に行われていましたね」

 犯人は真崎さんの着地点周辺の床材を剥がしたんです。

 私はそう続ける。

「ツリーハウスの横の寸法は五メートル。そして櫓の寸法も各辺……」

「五メートル」

〈ギタ女〉の藤山美子ちゃんが顔を上げる。

「私櫓建設の手伝いもしたから寸法頭に入ってる!」

「そう。ツリーハウスの横幅も櫓の横幅も五メートル。

 犯人はツリーハウスと櫓の床面を交換したんです。

 私がそう言い切ると周りは黙り込んだ。が、すぐに。

「でも!」

 小泉さんが食い下がった。

「さすがに長いこと使われたツリーハウスの床材と櫓用の床材とじゃ年季が違ってすぐバレるって」

「バレません」

 私は首を横に振った。

「櫓の建材は全てリサイクル木材が使われています。中古品なんです。使い込まれ具合はそんなに差がない」

 それよりも懸念すべきは、と私は続けた。

「玄翁と釘に付いていた青い塗料です」

 これが床材の入れ替えを証明します。

 そう、私は続けた。

「先程も話しました通り、櫓の裏面には本来青い釘が使われているはずなんです。だが私が目視で確認したところ、その青い釘は見当たらなかった。このことから少なくともことが分かります。そして今、櫓に使われている床材には釘の跡、小さな穴が残っていました。穴の周りには青い塗料が、僅かに付着していました。これは鍵を抜いた時に付いた塗料だと推測できます」

 私は警察官の方に目をやる。

「確認していただきたいです。私の仮説が正しければ、使。この時何が起こるか。玄翁を使ったところ……すなわち、打ちつけたところ、釘を抜いたところ、それぞれに青い塗料が付着する。櫓の方、釘を抜いたところは確認できました。釘の跡の周りに青いペンキが僅かに付着していた。残るは交換した先です。今、このツリーハウス床面の、隅の方。打ち付けられた釘の周辺に青い塗料の跡があれば……」

 私は、視線を床に走らせる。

 それはちょうど、あいつの足元にあった。先崎秀平。あいつが自ら犯行を証明したような顔をして、そこに立っていた。

 床材を固定すべく打ち付けられた釘。その周りに、青い跡。

「犯人は工具に触れています」

 私はさらに推理を続けた。

「しかしおそらく、犯人はその工具から指紋を取り除かなかったでしょう。何故なら犯人も櫓の建設に関与していて工具に触れるのが自然な環境にいたからです。むしろ指紋を拭き取って、綺麗な工具を見られた方が余計な憶測を生む。犯人は指紋を拭いていないはずです。しかし……」

 ここからは、大人の出番だった。

「昨今の科学捜査では、最後に物品に触れた人間の指紋は特定できるそうですね。工具は既にこちらで預かりました。皆さん、これから指紋を提出していただきます。然るべき調査を実施したのち、重要参考人と思しき人には……」

「……待ってくれよ」

 秀平が。

 さっきからずっとずっと大人しかった秀平が、手を挙げた。それから沈んだような、淀んだような、でもハッキリとした強い目を私たちの方に投げて、続けた。

「犯人には、ここで出てきてもらう」

 彼は一歩前に出た。

 それから続ける。

「真崎も、それを望むだろうしなぁ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る