ツリーハウス殺人事件
飯田太朗
一、我らがツリーハウスとは
日常 SIDE先崎秀平
時宗院高校って言やぁ、やっぱ文化祭だろ。これなしにゃ語れねーよマジで。
年に一回秋に行われる。九月終わり。定期試験終わって二週間後の金曜日。県立の中じゃわりかし頭のいい部類の時宗院高校の進学実績を下げる一番の要因と噂の……そういうネガティブな話はいいか。
ま、とにかく。
時宗院生はこの年に一度の文化祭に全てを賭ける。文字通り全て。何せ一年前から計画して動くんだ。その年の文化祭の終わりは来年の文化祭の始まりでもある。そしてそう、去年の文化祭終わりからスタートした俺たちの時代も、もうすぐ終焉ってわけ。
三年になった俺たちは夏休みを文化祭の準備と受験勉強とに費やす。ハッキリ言って分身の術でも覚えてなけりゃこなせないような日程だがそれをこなすのが時宗院生。ええ俺様もやりましたとも。ツリーハウスの設営だ。
文化祭の目玉といえばこのツリーハウス。別名「ツリーハウスフェス」。
このツリーハウスってーのはその昔、学生運動とかいう活動が活発だった時期に建てられたものらしい。時宗院高校の県内一大きなグラウンドの片隅。これまた県内一くらいあるんじゃないかっていうくらい大きくて太い
時宗院高校の学生砦ことツリーハウス。ロフトと屋上バルコニー含め三階建てのそれはとにかく目を引く汚さだ。
壁という壁に貼り紙がある。古いのはとりあえずポスターの四隅だけ残りましたみたいなのから、新しいのだと今年の文化祭のチラシまで、たくさん。木目が見えないくらいに貼られているからこのツリーハウスはパッと見倉庫か何かに見えることもあるらしい。
簡単にツリーハウスの構造についても触れとくか?
ツリーハウスは時宗院高校の校章にも使われている楡の木の幹、地面からちょうど五メートルの高さに建てられている。
一階部分にアクセスするには梯子を上る必要がある。で、その梯子の先にあるのがテラス。広さは二畳くらいか? 畳を縦に二枚並べたくらい。ちなみにこのテラスには後で話す理由により手すりがない。テラス席でちょっとバランスを崩したら五メートル下まで真っ逆様。過去にこれで怪我をした人もいるらしい。
テラスの左に入り口。ここにドアはない。いつもオープン開けっぱなし。ここでカップルがいちゃつこうと思ったら少し度胸がいるよな。まぁ過去にそういうことした奴いたらしいけど。
で、入り口から中に入って一階。ここは中央にどかんと木の幹が通っていて、その左右にものが分かれている。
入り口から見て、楡の幹の右手側。梯子がある。ロフトに繋がる梯子だ。かなり小さい梯子でぐらぐらしてるから上りたがらない人も多い。だが梯子のそばにある窓からはグラウンドを一望できるからここを気に入っている人はそれなりにいる。
そして入り口から見て、幹の左側。テーブルと椅子が数脚。テーブルはその辺の木の幹を輪切りにしましたみたいな趣のあるものが使われているが、椅子は違う。数は時期によって異なるし種類も変わる。折り畳み椅子やスツール程度ならありきたりだがいつだったかバス停用のベンチが置かれていたことがある。おいおいおいおいそれ犯罪じゃね? とは思ったがすぐになくなった。さすがにまずかったんだろうなー。
一階はそんな感じで二階。ロフトになっている。一階の面積の半分くらいの広さ。さっき話した木の幹の右側にある梯子から上れる。ここには誰かが持ち込んだビーズクッションが二つ。無印とかで売ってるやつだ。寝心地がいいからか女子がよく寝転がっている。それは、そう、つまり、タイミングと条件がよけりゃスカートの中が見える。男子だけが知るラッキースポット。そして俺様の……え、聞いてない? 悪りぃ悪りぃ。
で、そのロフトの奥に進むとまた梯子がある。この梯子を上るとそこはツリーハウス屋上バルコニー。面積は畳一枚分くらい。二人立つともう苦しいな。だからだろうか。ここで告る奴もまぁまぁ多い。高いところで密着するのってドキドキするからな。実際時宗院高校で一番景色がいいところだし、ここで愛を告白すりゃそれはそれは盛り上がるだろう。夕暮れなんていい景色だぞ。木漏れ日が金色なんだ。風が吹くと金色の輝きがゆらゆら揺れて、そりゃもう最高の眺めってわけ。
さて、そんなバルコニーの手すりの向こうには屋根があって、その屋根にはちょっと大きな穴が開いている。いつだかの代の先輩が文化祭「ツリーハウスフェス」の後にバルコニーから飛び降りた結果開いた穴らしいが本当かそれ? 下手したら十メートル近く落下したことになるぞ。生きてられんの? まぁとにかく、屋根に大きな穴があるのは事実で、問題の「ぶち抜き先輩」の後の代がこの穴を覆うように折りたたみ式の庇を設置した。ほら、テラス席のあるおしゃれなカフェとかで雨が降ると店員が棒を持ってきてくるくる回すと庇が伸びてくるやつ。あれを取り付けたってわけ。だから雨が降っても下の階は大丈夫。
まぁ、分かると思うがボロボロの建物だ。そもそも生徒が何の許可もなく建てたものだし法律的にはアウトだろう。それでも俺たち時宗院生がこのツリーハウスを使えるのには訳がある。卒業生だ。我らが時宗院高校は大正時代から続く学校。その卒業生は死にかけの爺婆からパリピ大学生まで幅広い。そいつらが口を揃えて「ツリーハウスは時宗院のシンボルだ」と言えばまぁそれなりの勢力にはなる。過去に何度か自治体とトラブったことはあるらしいがその度に時宗院卒業生が一丸となって戦ったらしい。このオンボロにそんな価値あるかね?
だってそりゃもう、オンボロもオンボロだぜ? 床板なんて見てみろよ。腐っちゃいねぇが建て付けが緩くてグラグラしてる。実際この床板に限らず壁の板も天井の板も、生徒が勝手に修理修繕するからもうぐちゃぐちゃ。この間なんて俺が一息つきにここに来たら一年女子が床板外してロープつけてブランコにしてたもんな。本当やりたい放題だよ。とりあえず技術家庭科の授業をちゃんと受けて大工仕事が多少できる人間なら床板壁板天井板外し放題付け放題。ま、このある種の柔軟性があるからこそ、「ツリーハウスフェス」は実施できる。
文化祭直前の三ヶ月。
時宗院高校生の有志が集まってそれを作る。
ツリーハウス一階の手すりのないテラスについては話したな。あそこに手すりがない理由がこれだ。
一階の玄関、及びテラスの床面を延長して、ツリーハウスの目の前に即席の舞台を作るんだ。奥行き五メートル幅五メートル、高さはツリーハウスの一階と同じだからやっぱり五メートル。通称「櫓」を俺たちは作る。
そして、「ツリーハウスフェス」当日。
学内にいる様々なバンドが、軽音楽部か否かに関わらず結成されたたくさんのバンドが、ここで音楽を演奏する。すごいんだぜ、去年なんか、剣道部の奴らが防具つけたまま演奏した時はそりゃ盛り上がった。ギターやベースも竹刀っぽくデザインして、ありゃあ笑ったね。曲の方もシャウトが効いててよかったなぁ。さすが毎日「きえええええ」とか叫んでるだけあるぜ。
他にも家庭部が演奏の途中にキャベツの千切り始めたり、まぁやりたい放題。もちろんガチな演奏もあるぜ。軽音楽部にガチ勢は多いかな。プロ目指してバンド組んでる奴ら。時宗院高校の多様な音楽文化に目をつけて、プロの事務所が若い芽をスカウトしに来ることもあるんだ。
……さて、これから話すのは、そんな時宗院高校文化祭、ツリーハウスフェスで起きたある事件の話。
〈ギャングエイジ〉っつーバンドの話だ。
覚悟しろよ……天使が空から落ちる話だ。
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