第2話 私の先生について
私が先生に目をつけた――言い方は悪いけれど、まさにその通りなので敢えて言わせてもらう――のは、ありふれた学校生活の中で、なんの変哲も無い普通の廊下で遭遇した、彼にとっては日常の動作にすぎない行動の一つがきっかけだった。
細身な人なので目立ちにくいけれど、私の先生――これも敢えて明言させてもらう――は意外と背が高くて百八十センチ近くある。
そんな彼が屈む時の背筋の曲げ方や走る時の脚の伸ばし方。年の割に軽やかで、けっこうイイ年しした大人なのに、どこか少年っぽさの滲む動作……そういったものに目を奪われたのが始まりだった。
――まぁ、簡単に言えば好みだったから……に過ぎないよね。
色々と言い回してみたところで、結局はその一言に尽きるのだと思う。
けれど、私は決して年上好きと言うわけではなかったし(かと言って子供っぽい人が好きというわけでもないけど)、教師と生徒とかっていう禁断物や、大人の男性との恋とかに憧れるタイプでもなかった。
けれど、強いて言えば可愛い物は好きなので、可愛らしい人というのも守備範囲だったのかもしれない――
――今はもう、先生一筋だけどね。
普段の先生を見ていると、なにかにつけて〝可愛いな〟と思ってしまう。
一般的に考えて、そこはダメなところだろう!と思うような場面でも彼が可愛く見えてしまうので、相当だ。
本当にヤバい。自分のこととはいえ、けっこう重症だと思う。
彼の動きが好みだなと目を付けてからは、常に観察するような視線を送ってしまうことを止められなかったと思う。
そのせいで先生がなにか勘違いして、おろおろ思い悩んでいるらしいことに気付いた時、私の思考は一気に遥か彼方まで飛んだのだった。
どのくらいまで飛んだかというと、高校卒業後の短大卒業後の就職後の結婚後の出産育児休暇中ぐらいまで吹き飛んだ。これまで目測できる範囲でしか描いてこなかった未来予想図を、ごっそり修正&上書き保存して「これイイ。よしコレで行こう!」となるまでにかかった時間はほんの数十秒。その間に私は言語の域を超えた情報源――強いて言えば映像記憶のような感じのもの――でありとあらゆる可能性を思い巡らしていた。
ひょっとしたら入試の時以上の回転率で頭を酷使したかもしれない。
そこから先の私の行動は早かった。自覚して、目標もできたのだから当然と言えば当然だと思う。
結論。まずは先生を落とす――
意識しているように見せかけて(まぁ実際いろんな意味で意識しまくりですが)意識してもらうようにする。
好いていることを滲ませながら懐いて、向こうにも好感を持ってもらう。
親しく会話するようになっていって、彼にも内面を吐露してもらう。そしたらその全部を受け入れる。
更には独占欲を刺激して、彼にだけに見せる〝特別な私〟を演出する。
時には離れていきそうな不安要素も作って、ぜったいに手に入れたい!とか、離したくない!とか思わせて……最大の難関と思われる教師と生徒の壁とかモラルとかを打ち破ってもらおう。
そうなったら後はもうひたすら手放さないように気をつける。
最後まで行ったら責任を取ってもらう方向で――
こんな話を誰かにしたら「そんなの恋じゃない」と言われるかもしれない。
自分でも恋愛とはこんなにも計画的にするものでは無いとは思う。思うけど、「結婚と恋愛は別物」と唱える大人が世間には大勢いるように、私も先の先のコトまで考えたら先生がいいなと思ったし、それが恋とか愛とかとは違う〝好き〟とは思わない。
愛には色んなカタチがあると言う――
少なくとも、私はちゃんと先生に恋してる。
それがちょっと同じ年頃の他の人達と違うからって責められる謂れは無いはずで、そもそも相手が〝学校の先生〟という時点で誰に打ち明ける予定も無い。
そんな危険なこと、するわけが無い。
私が先生に目を付けて、先生に目を向けてもらえるように仕向け始めて……そしたら先生はあれよあれよと打ち解けてくれて、二人はあっという間に恋に落ちた。
なんとも私の期待通りになってくれた彼だけど、もちろん本人にそんな自覚があるハズもなく……時々、自分がこんな若い子を相手にしていて良いのだろうか?とか、私にはもっと若くて相応しい男がいるのでは?と悩んでる。
可笑しいよね。そんなこと悩む必要なんて全然ないのに。
そもそもの始まりだって、先生が私を選んだからじゃない。私が先生を選んだからなのに――
私が何もしなければ、きっと先生の中で私はいつまでも恋愛対象にはなり得なかった。私がアクションを起こしたからこそ動揺して、初めて生徒が恋愛対象になり得る可能性を考え始めた人だもの。
つまり、私が沢山の人の中から先生を見つけ出して、選んで、決めたからこそ――相応しくないと感じていたら選べないハズなのにね。
それに、私に先生が相応しいかどうかを決めるのは私であって、先生じゃない。
逆に、先生に私が相応しいかどうかを判断して選ぶことができるのは先生だけだ。
もっと簡単に言えば、私が先生を好きで、先生も私を好きなら、周囲がどうこう言ってきたとしても問題ナシ。要はお互いが満足していればOK。
自分勝手でワガママな話だけど、「恋」とはそういうものだと思う。
〝欲求〟という相対するベクトルが奇跡的に同じ相手に同じ量を示すことで幸福を得る……それが〝恋愛〟だと思うから。
なんて――
今でこそ自信たっぷりに断言できるし確信だって持っている私だけれど、最初の頃には年頃の乙女らしく悩んだり不安になったり、自信を失うこともそれなりにあった。
だけど先生は私よりも恋愛に不慣れみたいで、隠し事も苦手な人だった。
考えていることがダダ漏れであることにすら気付いていない人だったので、私はここぞという時でも遠慮なく踏み込んでいって攻め落とすことができたのである。
先生は真面目な性格だし、教師という立場がある以上おいそれと行動は起こせなかったと思う。だから私が行動を起こした。
0%か100%かの選択肢を押し付けて、100%を選ぶよう仕向けた。
もしも先生に任せていたら、せいぜい私の卒業を待ってからとかそういう約束を交わして後はろくな接点すら持たずにひたすら時期が来るのを待って――耐えるとも言う――で終わる高校生活だったのではないだろうか。
正直いって、そんなの我慢できるわけない。
ただでさえ華の女子高生時代。せっかく好きな人――それも生涯を共にしたいと思える人――に若くして出会えたのだから、その時を満喫しないでどうするの。このタイミングで出会った意味がない!
私の高校生時代は今この瞬間を含めて、たったの三年間しか無い。
卒業までは……とか悠長なことを言っていたら、先生と過ごす十代なんてすぐに終わってしまう。
安全保障の代償は、若さと時間と孤独な生活だ。割に合わない。
今の私の日々と思考を、感触を、成長を、知っていて欲しいし見ていて欲しいから、一分一秒だって無駄にしたくない。
それに先生だってそんなに若くない。
待っている間にどんどん適齢期は遠ざかるし、周囲の状況や事情が変化するとも限らない。できることは出来るうちに、最大限やっておくべきである。
若かろうが健康であろうが、いつどのタイミングで死ぬかなんて、誰にも予測できないんだし――
私にとっての十七歳が今しか無いように、先生にとっての三十二歳も今しかない。
私はそれを遠くから見ているだけなんてできないし、ましてや他の人が一番詳しいなんて状況も許せない。
先生にとって一番身近で一番大切で一番親しくて一番愛してる存在は私でありたい。
独占欲の塊と言われればそれまでだけど……でも、そうなるのが〝恋愛〟で、そうしても良いのが〝恋人〟や〝伴侶〟という立場で、私と先生はそれに該当するのだから、それこそ〝普通〟の反応だと思うでしょう?
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