第肆話 海の光と親子の誓い
波の音だけが響く、静寂な夜。
高校生、里奈は海に面した祖父母の家で、ひとり庭に佇んでいた。
広大な庭には、少し傾いた古びた観測小屋がひっそりと佇んでいた。
それは、かつて海洋生物学者だった祖父が、
海を眺めながら研究に没頭した場所だ。
「ねえ、里奈。何か悩みでもあるの?」
背後から、優しい声が聞こえた。祖母である。里奈は肩をすくめ、何も言わずに海を見つめる。
「最近、祖父のことをよく考えるの」
里奈がそう呟くと、祖母は静かに頷いた。
「主人は、いつも海の話を聞かせてくれたわよね。海は生きているって」
祖母の話に聞き入っていると、突如、海面が煌めき始めた。まるで満月が水面に映し出されたかのような、神秘的な光。その光は次第に形を変え、イルカのような姿へと変化していく。
「あれは…」
里奈は息をのんだ。光を放つイルカは、波間に漂いながら、ゆっくりと里奈に近づいてくる。そして、澄んだ声で語り始めた。
「君が里奈だね?
僕はワタツミ。君の祖父に助けを求めに来たんだ」
彼は、里奈の意識の中に、優しい笑顔の中学生くらいの少年の姿で現れた。
彼は、海の奥深くから来た知的な海洋生物で、里奈の祖父とは古い友人だという。
「君の祖父は、僕にとってかけがえのない存在だよ。彼は、海の大切さを誰よりも理解し、僕たちを助けてくれた」
少年は、祖父がかつて海洋探査で出会った際に、深い絆を築いたことを話した。
そして、今の海が危機に瀕していることを告げる。
「里奈、君の祖父に合わせてくれない?」
「ワタツミ、実は祖父は、もうこの世にいないんだ。病気で……」
里奈の言葉に、少年は一瞬、その場に立ち尽くした。まるで、海の波が一瞬静まり返ったかのように。
「え、そんな……」
少年は、優しい笑顔が一瞬ひきつり、
瞳に涙が浮かんだ。
「君の祖父と、もう一度会いたかったのに……」
少年は、そう呟きながら、海を見つめた。
夕焼けが海面を染め、波は静かに打ち寄せていた。
里奈は、少年の肩に手を置き、優しく言った。
「でも、祖父は、きっと今も海を見守っているよ。そして、ワタツミと私達の出会いを喜んでくれていると思う」
少年は、しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。
「そうか……君の祖父なら、そう言ってくれるだろう。ありがとう、里奈。君の言葉に、少し心が軽くなったよ。」
深呼吸をして、少年は表情を引き締めた。
「海の生態系が壊れてしまい、多くの仲間たちが苦しんでいるんだ。君の祖父と交わした約束を果たすため、君の力を貸してほしい」
少年と共に、祖父の残した研究ノートや機器を調べ始めた里奈は、祖父の深い愛情と、海に対する情熱を改めて感じた。
祖父は、単なる学者ではなく、海を愛する一人の人間だった。
「祖父は、いつも私に『海は私たちと繋がっている』と言ってたけど、その意味が今になってようやく少しだけ分かった気がする」
里奈は、少年と協力して、海を救うための計画を立て始める。
海藻の再生、海洋汚染の対策、そして、絶滅の危機にある海洋生物の保護。
二人の努力は実を結び、少しずつだが、
海は回復の兆しを見せ始めた。
海藻が再び生い茂り、魚たちが戻ってきた。
そして、少年も元の姿に戻り、
大海原へと帰って行く。
「本当にありがとう、里奈。
君の祖父と同じように、里奈も勇気と優しさで僕たちみんなの海を救ってくれたね」
少年は、感謝の言葉を伝えると、
再び光となり、海中に消えていった。
透き通った海を見つめながら、里奈は深呼吸をした。祖父と少年との出会いは、彼女の人生を大きく変えた。彼女は、海を守ることこそが、自分の使命だと確信した。
「祖父、そしてワタツミ。私は、これからも海を見守り続ける。そして、あなたの想いを胸に、この美しい海を守り続けていくことを誓うわ」
里奈は、静かに海に向かって語りかけた。
波の音だけが響く中、彼女の心には、希望と決意が満ち溢れていた。
SF怪異譚 憮然野郎 @buzenguy
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