第五十一回 中世ヨーロッパをもっと知ろう!

 はじめての方はよろしくお願いします。

 お馴染みの方はようこそ懲りずにお越しいただきました、虚仮橋陣屋(こけばしじんや)でございます。


 さて第五十一回ですが、「中世ヨーロッパをもっと知ろう!」をテーマにお届けしたいと思います。あっさりめの書き出し。


 では、早速お送りします!




■ハイファンも、異世界転生も


 この世に溢れる「ファンタジー小説」において、やはりベースとなっている世界観は、中世ヨーロッパだと思います。


 第二十二回でも触れましたが、「中世ヨーロッパ」という呼称は後世の物で、五〇〇年から一五〇〇年までの間の、一〇〇〇年間にわたる時代を指します。また、ここで言う「ヨーロッパ」とは、西はポルトガル、東はロシアまである広大なエリアを指しています。


 この「中世ヨーロッパ」の特徴は、



・宗教(キリスト教)社会である

・身分制社会である(貴族・市民・農民の三つに、特権階級の聖職者を加えたもの)

・家父長制である



 と大きく三点が挙げられます。


 では、順に考察してみましょう。



■宗教イコール政治だった時代


 十六世紀からはじまったいわゆる「政教分離」運動の長い歴史以前のヨーロッパの社会は、「政教一致」の思想が一般的でした。


 この源流を辿ると、四世紀に定式化された「王権神授説」に至ります。



「王権神授説」とは、


「王権は神から付与されたものであり、王は神に対してのみ責任を負い、また王権は人民はもとより教皇や皇帝も含めた神以外の何人なんぴとによっても拘束されることがなく、国王のなすことに対しては人民はなんら反抗できない」


 とする政治思想です。



 うわぁ……と思わず引かれるかもしれませんけれど、これ以前には「王イコール神」の考えがまかり通っていましたので、それよりはマシなんじゃないかと。エジプトでは、「ファラオ(王)イコール神」でしたし。



 脱線ついでで言えば、ギリシャ神話のゼウスがやたらと好色で見境なしに描かれているのを不思議に思ったことはないでしょうか? 最高神のくせに、やたら人間臭くて、色欲にまみれているように思われたかもしれませんけれど、実はアレ、のちの人間たちのエゴのせいです。


「王イコール神」と「王権神授」の中間といったカンジで、「俺っちのご先祖様は、ゼウスとの間に生まれた半神半人の英雄だもんね!」と名乗るために、勝手にゼウスにNTRネトラレされたことにしてしまった、そのハッタリが原因なのですね。


 往々にして世界各地に残る「神話」というモノは、「弾圧」と「吸収・合併」を繰り返して成長し、確立されてきました。これは、「神話」を「宗教」と言い換えても当てはまることです。ギリシャ神話はその最たるモノなワケですが……これだけで相当の文字数を必要とするのでここでは割愛します。スミマセン!



 話を元に戻しますと。


 中世初期のヨーロッパにおいては、王より神の方が、言い換えれば聖職者の方が地位は上でした。正確にいえば、彼らが仕えし神の方が王より絶対の権力を持っていたのです。


 その王権が教権に対抗する手段のひとつとして、ある種の霊威、あるいは超自然的権威を得るという位置づけを行い、これに成功します。


 これはなにかと言うと、宗教的な儀式を通じて、王は半聖職者的性格や奇跡のチカラを得たと解釈させ、聖職者への優位性を主張したのですね。もっと分かりやすく言うと、イングランド・エドワード懺悔王の「癒しの手」、「瘰癧るいれき(結核の一症状のこと)さわり」のような奇跡のチカラ、そう、つまりは「治癒スキル」なのです。


 このあたりが、神より授けられしスキル云々の源流なのだろうと思うのですけれど。


 ともかく、この「国家権力と宗教」の概念をきちんと踏まえておくことが、より「リアルな」ファンタジー世界の構造だと言えるでしょう。



■貴族社会の身分制度を深掘りすると


 中世ヨーロッパにおける身分社会制度として、「貴族・市民・農民」の三つが挙げられます。


 ただし、これらのカテゴリーを越えた存在として聖職者が特権階級として存在するのですけれど(前項参照のこと)、ここでは「ファンタジー世界」にしばしば登場する「貴族社会」について語るといたしましょう。



 中世ヨーロッパの貴族につきものなのが「爵位」です。


 これは元々、一定の行政区域の支配を担当する官職がベースとなって、中世に「地方分権」の流れとともに世襲化されたものであります。なかでも、公爵・伯爵などの「ローマ帝国の官職に由来するもの」と、辺境伯・男爵などの「新たに創設されたもの」の大きくふたつに分かれていますけれど、元々は官職ですから当然のように任期制だったものが、王権の弱体化で勝手に世襲制に移行されてしまった、という背景があります。



 日本にも貴族層、「華族かぞく」というものが存在し、同様に「爵位」が授けられたワケですが、両者の違いとして最も大きい点は、日本の貴族は領主権と切り離されている、ということです。


 つまり、具体的にどういうことかと言いますと、中世ヨーロッパの場合、所有する領地が複数あってそれぞれに爵位が付随しているケースでは、ひとつの家で複数の爵位を得ることもありうることで、それは特段珍しいことではなかった、ということです。ここを勘違いしていると、「家柄イコール爵位」という日本式の考えに陥りがちなので要注意のポイントです。



 あと、ファンタジー作品で最も風評被害を被っているのが「辺境伯」かもしれません。


 元来「辺境」とは「国境」、「国と国との境」を意味していますから、その隣は他民族の支配下の国家です。創作で良く見られる「のんびりスローライフ」なんて決め込んでいたら、たちまち攻め入られてしまいます。いわば「辺境」とは「超激戦区」なワケです。


 そうでなくとも架空の世界だったならば、「辺境」とは人間の支配の及ばない「魑魅魍魎が闊歩する危険地帯」です。やはり、のんびり農業で額に汗したりするヒマはありませんよね。



■フェミさんたちに怒られる


 最後に「家父長かふちょう制」についてです。


「家父長制」には、「父系制」と「母系制」があるのですけれど、これはイコール「」と「」ではないことに注意が必要です。ここでの「母系制」というのは、「財産や地位を母方の血縁から継承する」という意味だけに留まっていて、政治的な支配権についてはいずれにせよ母の(姉妹、ではなく)なり長女のが持つ場合が多かったようです。


 つまり、中世ヨーロッパでは、主に男性が支配的で特権的な地位を占める社会システムを取っていた、ということですね。



 ただし、では「中世ヨーロッパが男尊女卑だったか?」というと難しいところで、たとえば『アーサー王物語』のランスロットに見られるように、貴婦人を崇敬すうけいし、その人のために命をもす、という「騎士道」的考えが模範とされました。ここに端を発したのがいわゆる「レディーファースト」です。


 その一方で、「家父長制」と宗教の関係として、新約聖書の中には「妻の夫に対する服従」を説くものがあったりします(「コリントの信徒への手紙」十一章九節、エフェソの信徒への手紙五章二十二節。イエス・キリストの言葉ではないことに注意)。つまり、女性の地位は神学的に引き下げられた、とも言えるでしょう。


 しかしまあ、この「男女平等」のご時世に、そんな「リアルな」世界観を展開しようものなら各所各方面から噛みつかれてしまうことでしょうから、このあたりはやんわりと考慮する、程度がよろしいかと思います。



 ただ、貴族の娘が無双して天下取り! みたいなのはやめといた方がいいですね。


 手塚治虫センセの『リボンの騎士』や、池田理代子センセの『ベルサイユのばら』に描かれた「女性像」は、そういった「時代背景を踏まえた」作品である、と理解した上で再読してみるとお勉強になると思いますよ。




 おっと、そろそろお終いの時間でございます。

 次回は別のテーマにて。


 どうぞ、よろしくお願いいたします。



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