第十一回 そこまでやっても、結局は自己満足なの?
はじめての方はよろしくお願いします。
お馴染みの方はようこそ懲りずにお越しいただきました、虚仮橋陣屋(こけばしじんや)でございます。
さて第十一回ですが、前回、前々回のテーマ「ネーミング」について、そろそろきっちり(?)終わらせて、次のテーマに行くようにしたい!(願望)。
ということで、あくまでこけばしの場合の、今までにしでかした「そこまではいらない? ネーミングやりすぎ話」について、さらに引き続きお送りします!
■すべての長さや量、時間の単位まで決めるのはアリかナシか?
先に結論を言ってしまいますと、こけばしは「ナシ!」だと思います。
何度も参考例として引用させていただきますけれど、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の第七部、「スティール・ボール・ラン」では、画期的な案が採用されていました(以下Wikipediaより引用)
『劇中での処理よりも読者への理解を優先させて表現するため、アメリカの単位のフィートやヤード(長さ)、オンス(重さ)などは、全てメートル法やキログラム法で表記され、貨幣価値はドル表記ではあるが19世紀末アメリカではなく現代のドル価値・日本円価値併用で説明される』
さて、この手法を行ったことで、作品のリアリティが失われたでしょうか?
こたえは、ノー! だと思います。
ですよね。
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」は、これ以前の第一~六部においても、海外なのにセリフ外の表記が日本語だったり、イタリアが舞台なのに円換算で表わされていたりしていましたが、それらはすべて、ズバ抜けた人気を誇る作品ならではの広い読者層への配慮、でした。
ただ、万人が真似できない、という視点もあります。これは、今まで「ジョジョ」が高い評価を受けていたからこそできたことでもある、という見方もできるからです。ぺーぺーのシロートがイキナリ真似をしても、「あぁーん!? 何様だッテメー!」となりかねません。
しかし、少なくともここから学べることは、何から何までオリジナリティを持たせることが重要なのではない、ということだと思うのです。そこに無駄に、というより、多大なる時間を費やすくらいであれば、文章の中でうまく読者の理解を補う方法を考えた方がお得だよ! ということです。
「ここから城までは、優に25トルメクはあるだろうよ」
と書いて「トルメク」(今、ひねり出しました)は「キロメートル」だよ、ほらなんとなくだけれど「アナグラム」になってるでしょ? と無理やりお察ししてもらうよりも、
「ここから城までは25トルメクはある。この山道を半日ほど行けば着くさ」
と書いて、到着後にさらに補足として主人公にでも、
「結局八時間くらい歩いただろう。出発は昼少し前だったが、城に着いた頃にはもう夜だった」
と回想させれば、読者もある程度想像できると思います。山道を歩く速度は、個人差はあるものの時速2~3キロほどだそう。とすれば、時速3キロ×八時間で24キロメートルですね。
貨幣価値なんかもそうで、第六回の「世界観」でも書きましたけれど、
「へー、この銀貨一枚が、日本円で五〇〇円かー」
と書くよりも、
「この銀貨一枚で、塩加減がちょうどいい揚げた芋、焼いた肉と新鮮な野菜をふんわりしたパンで挟んだもの、それとすっきりとした酸味ある果汁を氷水で割ったものが食べられるらしい」
とした方が、文字数は後者の方がはるかに多いですけれど、その世界で庶民が食べている平均的な食事の紹介とあわせることで、日々の生活も垣間見えます。なんとなしに昼マックっぽいメニューなのは意図的で、ああ、いつも昼に食べているアレ=五〇〇円くらいかーと想像させるワケですね。
ですので、全部オリジナルで決めたって良いのです。
けれど、うまく文中に取り込んで消化したカタチで出さないと意味ないぜ、ということです。
ただその際、いくらモデルが中世ヨーロッパだからといって、ヤード・ポンド法を取り入れるのはやめた方が良いです。そもそも「ヤード・ポンド」が日本人にはイメージしにくいので。
■果ては黄道十二宮まで!? やりすぎの果てに待つモノ
今までは主に、転生・転移モノのファンタジーについて書いてきました。
ですがこれが、オリジナルのハイ・ファンタジーとなるとそうはいきません。なぜなら、現代日本(および諸外国)との相似・差異を指摘してくれる便利なキャラクターがいないから、です。となると、セリフで匂わせることもできません。
しかも、
「この世界では夜になれば、赤き月・ルナロサと蒼き月・ルナブルゥが夜空に浮かびあがる」
とカッコつけて書いたせいで、「ファンタジック海洋アドベンチャー」(今、適当に思いつきました)なのに、月齢が安定せず、潮の満ち引きは不規則だし、月日の観念に「太陰暦」を導入することもできません。い、いやいや、ここまでやる人いるのかしら……はさて置いて。
あきらめないで!(真矢)。
そう、こうなったら、赤い月・ルナロサと蒼い月・ルナブルゥの公転周期を決めるのです! となると、月同士が干渉して「月蝕」が発生することもありますよね。なにせ、赤い月と蒼い月ですから、ふたつが混じり合うと……となれば、月を対象とする信仰が生まれても……!!
はっ、これは!?
こけばし、天才的なヒラメキかもしれませんよー!
……てな、トンデモ発想がふと脳裡をよぎり、ありもしない全知全能感に打ち震えるのは、大抵夜中の二時ごろ。なんなんでしょうね? あの魔の時間。朝起きて、書き殴ったメモを見て、共感性羞恥(自分自身に、ですけど)で熱くなった頬を押さえて悶絶するハメになります。
間違いない(何度かやった)。
月月火水木金金にオリジナリティを持たせる(なんか違う)程度ならまだマシです。また、週のはじめを月曜とするか日曜とするか、そこの違いなんて耳くそ程度の話です。
(脚注:わたしたちは長年、日曜日を週のはじめとする「グレゴリオ暦」に慣れ親しんできましたが、これは「イエス・キリスト復活の日」である「主の日」=日曜日から数えはじめたことに由来します。しかし実際には、一九七一年にISO(国際標準化機構)からの勧告で、生活上も実務上も「週のはじまりは月曜から」という規定ができており、月曜日から日曜日を1から7の数字で表すようになっていたりします。また、週休二日制の定着で、スケジュール帳やカレンダーは、月曜はじまりの方が便利で良い、という方も多いですよね。以上、耳くそ)
壮大なる架空の神話モノを書きたい方ならお止めしませんけれど、そこに時間をかけるなら、もっと他の部分にチカラを注ぐべきなんじゃないかと。ワタクシ、こけばしは思うのであります。
おっと、そろそろお終いの時間ですね。
今回も「ネーミング」について掘り下げました。物足りない気もしますが、これ以上はしつこいと思う(確信)。なので、次は別のテーマで。
なので、次回もどうぞよろしくお願いいたします。ぺこり。
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