第029話 無精者たち
幸ちゃんが初めて同席する夕食は恙なく…いや、問題が表面化せずに終了した。僕はステラはなんとも思わないが、やはり今まで旧家で過ごしてきた幸ちゃんにとっては、カップラーメンとお味噌汁などの組み合わせは大いに違和感を感じていたようだ。
また、おかずとなるのが、唐揚げにピザとまるで小学生の好きな食べ物の組み合わせようなメニューを見た時は『本気か…?』と小さく呟いていた。
そして、一番眉を顰めていたのがステラの獲った豆アジの塩焼きである。豆アジの塩焼きを初めて見た時の幸ちゃんは『嘘だろ?』といった顔をしていたが、目の前でバリバリと豆アジの塩焼きを食べるステラの姿を見て、諦めたように自分も食べていた。
「ふぅ…ごちそうさまっ! 今日は色々あって本当に豪華だったね」
「そうかい? 満足してもらったのなら良かったよ」
ステラはパンパンになったお腹を満足そうに擦る。
「じゃあ、後片付けをするか」
そう言って僕が立ち上がろうとしたときに、幸ちゃんが制止する。
「待ってくれ、私も今後、この家でお世話になるのだから、炊事洗濯掃除などは私に任せて欲しい」
「そう言って貰えると助かるよ、でも今日はゆっくりとしてくれていいんだよ」
「いやいや、気を使ってもらわなくても良い、こういう事は始めが肝心だからな、任せて欲しい」
幸ちゃんが固い決意の表情と、熱のこもった口調で訴えてくるのでその言葉に折れる事にする。
「分かったよ、じゃあ後片付けを幸ちゃんに任せてもいいかな?」
「おまかせあれ! 私がパパっと片づけてしんぜよう」
幸ちゃんはそう言うと着物の袂から紐を取り出したすき掛けにして洗い物や食後のゴミを流しへと運んでいく。
「幸ちゃん、流しの使い方はわかる?」
「あぁ、分かるぞ、四条家にいた時に見ておったからな、電化製品を使った料理も出来る。逆に昔の様に竈で煮炊きしろと言われる方が難しいな…」
「そうなんだ…」
ステラは逆に電子レンジをちゃんと扱えずに卵を爆発させて、バーベキューセットで料理してたけど…それは全然すごく思えないな…
「八雲殿」
「ん?なに? 何か分からない事があった?」
ステラのバーベキューの事を思い出していると、幸ちゃんが声を掛けてくる。
「いや、今後炊事を担当するにあたって、私はこの通り、あまり背丈がないので、踏み台が欲しいのだが…その内、買い物に連れて行ってもらえないか?」
「えっ? あぁ… 別にいいけど?」
一瞬、ステラの様に家から離れられないのではないかと考えたが、よくよく考えれば、祖母の実家からここまで来れた訳だし問題ないだろう。
「後、私の分の箸や食器も購入したい、それと日用品もだな」
「あぁ、日用品はさっき必要そうなものはネットで購入しておいたから、明日には届くと思うよ…えっとネットってわかるよね?」
幸ちゃんが古風ないでたちなので、一応ネットを理解しているかを尋ねる。
「あぁ、分かるぞ、今のナウでヤングな若者はスマホというものを使って、ネットというものをサーフィンしておるのであろう?」
「うん…そうだよ…」
幸ちゃんは洗い物をしながら答える。横文字を使っているのになんだか古めかしさを感じる言い回しだな…
「そう言えば、その件でも八雲殿に頼みたい事があるのだ」
「何を頼みたいの?」
「お金は私が出すので、私もスマホというものが欲しいのだ、お願いできるか?」
座敷童がスマホを使うのか…なんだか凄いな…
「う、うん…別に構わないけど…結構高いよ…スマホ…」
「それなら大丈夫だ、持ち合わせは結構ある」
幸ちゃんは自信ありげに答えるが、僕は少々心配である。持ち合わせといっても今は使われていない旧紙幣とか千円二千円で買えると思っていたらどうしよう… その場合は中古か格安機種で我慢してもらうしかないな…
「よし!洗い物はこれで終わりだな、後はゴミ捨てだが…」
そう言ってキッチンに備え付けのゴミ箱を開けた瞬間、今までスマホの話で機嫌が良かった幸ちゃんの眉が曇って固まる。
そして、僕をしかめっ面で見た後、冷蔵庫の中や戸棚の中を確認し始める。
「えっと…幸ちゃん…急にどうしたの?」
幸ちゃんの急な行動に困惑しながら尋ねる。
「…八雲殿…ちょっと来てもらえるか…?」
幸ちゃんは先程より低いトーンの声で僕を呼ぶ。
「べ、別に…構わないけど…どうしたの?」
僕はソファーから立ち上がって、幸ちゃんのいるキッチンへと向かう。すると幸ちゃんがゴミ箱の蓋を持ってゴミ箱の側にしかめっ面で立っている。
「八雲殿…このゴミ箱の中のものだが… これは八雲殿たちが普段の食生活で出たゴミにまちがいないか?」
そう言われて僕はゴミ箱の中を覗く。すると中にはパックのご飯やカップラーメンの空容器や、冷凍総菜の包装が見える。
「あぁ…そうだけど?」
「後、戸棚の中や冷蔵庫の中に入っているものも、これからの普段の食生活で使うものか?」
僕は開け放たれた戸棚を見る。中には買い置きのカップラーメンや、缶詰、二つだけどパックのご飯がある。
「うん、そうだよ、パックのご飯はあと二つしかないから、明日買い足しに行こうとおもってたんだ」
僕は気軽に答えた。だが、幸ちゃんは烈火の如く声を上げ始める。
「なんたる不精! なんたる怠慢! 何たる横着! このような食生活をしておっては、栄養が十分取れずに体を壊してしまうぞっ!」
「で、でもアメリカの食生活に比べたら…に、日本食って健康的なんだよ…」
僕は突然に幸ちゃんに叱られたので、咄嗟に言い訳してしまう。
「今はアメリカの食生活と比べる場合ではないし! 先程の食事もカップ麺に唐揚げ、ピザと…とても日本食とは呼べんだろ!」
「で、でもアジの塩焼きが…あったじゃないか…」
「食事に時に不思議に思っておったのだが…どうしてあのような豆アジを塩焼きにした… 私は一瞬ブブ漬けのようなものかと思ったぞ… もっとマシな調理方法があったであろうに…」
やはり、幸ちゃんはあの豆アジの塩焼きに違和感を感じていたのか…てかブブ漬けって何だろう…
「もしかして、八雲殿たちは二人もおって、二人とも料理が出来ぬのか?」
幸ちゃんは信じられないものでも見るような目で僕とステラを見る。
「じ、実は…全く…」
僕は頭を掻きながら気まずそうに愛想笑いをして答える。
「私も…塩焼きにすること以外は…」
ステラも頭を掻きながら愛想笑いをして答える。
「二人もいて…揃いも揃って、まともな料理が出来ぬとは…何と情けない…」
幸ちゃんが頭を抱えるが、すぐに何か決意を固めた顔をして頭を上げる。
「私が来た以上、同居人に不摂生な食生活で病気にすることなどできぬ! これからは食事の一切は私が取り仕切るがよいか!? 八雲殿!!」
幸ちゃんが顔を突き出して詰め寄ってくる。
「う、うん… そちらの方が僕も…ステラも助かるかな… 冷凍総菜も飽きてきたし…」
「よろしい! ならば、明日私と買い物につきあってくれ! 八雲殿!」
「わ、分かった…」
僕は幸ちゃんの気迫に押されてそう答えるほかなかった…
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