第015話 思い付き

 その後、何とか電子レンジの清掃とメンテナンスを終え、次は冷蔵庫に取り掛かる。電子レンジでこの有様だったのだから、冷蔵庫はもっと悲惨な状況になっているであろうと考えていた。


 そして、僕は覚悟を決めて冷蔵庫の扉を開く。


 

 パカッ!


 ジャバー!


「えっ!? 水? 何で水?」


 扉を開けた途端、なんだか分からない水が溢れてくる。その水でびしょびしょになった床を見ながらやってしまったと考えていたが、ある事に気が付く。



「あれ? 電子レンジと違って悪臭がしないな?」



 そう思って冷蔵庫の中を覗いてみてみると、なんだか分からない干からびた草と空になった容器があるだけで、冷蔵の中は殆ど空っぽだった。



「あぁ、なるほど…食べられるものは殆ど食べたんだな… それで腐る物が無かったのか…」


 料理に添える程度の食材や、瓶詰の調味料などの空き瓶があるが、ほとんどすべてが舐めたように内容物が一欠けも残ってない。


 その状況からステラがかなり困窮していたのが分かる。


 しかし、溢れ出てきた水は何なんだろう…


 そんな所に、ステラが今まで着替えたワイシャツを抱えて二階から降りて来る。


「ちょっといいかい、ステラ」


「なに? 八雲?」


「冷蔵庫の中から水が溢れてきたんだけど…ステラ…何か身に覚え…ある?」


 僕の言葉に、ステラは小動物のようにピクリと体を震わす。


「いや、改めて言うけど、怒るつもりで言ってるんじゃないよ、なんで水が流れてきたのか不思議に思って…」


 僕の言葉を聞いてステラは胸を撫で降ろす。


「あぁ、それなら、冷蔵庫が急に冷えなくなっちゃって…だから、冷凍庫にあった氷を袋につめて冷やそうとしていたの」


「氷を袋に詰めた?」


 その言葉に冷蔵庫の中を確認してみると、確かに、水が残ったビニール袋がある。なるほど、ちゃんと口を閉めてなかったから溢れ出てきたのか…


「じゃあ、私は洗濯機を回してくる」


 ステラはそう言って洗濯機のある奥のお風呂場へと向かう。


 僕は冷蔵庫のチェックを進めていくが、野菜室を開けた時、先程、溢れ出た水が冷蔵庫の下の野菜室などに流れて水たまりが出来てしまった。



「うわっ! しまった! これ…野菜室の引き出しを取り外さないといけないかな? でもどうやって外すんだろ?」


 ただ引っ張っても野菜室の引き出しは取り外す事は出来ない。これは取扱説明書でも呼んで、取りはず方を調べないとダメかな?


 しかし、この冷蔵庫の取扱説明書がどこにあるのか分からないので、僕はメーカーと型番を調べてメーカーのホームページから取扱説明書をダウンロードしようと考える。


「メーカー名は分かるけど…型番はどこだろ? 裏側かな?」


 僕はそう思い、冷蔵庫を少し動かして、隙間を作って裏側を覗き込もうとしてみる。


「うーん…暗くてよく見えないや… そうだ!!」


 僕はスマホを取り出して、カメラモードにして冷蔵庫の裏側をスマホ越しに見てみる。スマホのライトが裏側を照らし望遠モードで型番の書いてあるところ拡大する。


「えっと…型番は…」


 僕が型番を読み取ろうとしたとき、奥のお風呂場からステラの声が響く。



「きゃぁ~!! 泡がっ!!」



「えっ!? 泡?」


 

 僕はスマホを持ったまま、後ろに振り返る。すると、スマホの画面には宙に浮かぶワイシャツと、泡塗れになった人の輪郭の様な者が映る。



「えっ!?」


 

 僕はスマホを降ろし、自分の目で直接見てみると、そこには泡塗れになったステラの姿があった。



「どうしたの!? ステラ!!」



「洗濯機の中から泡が溢れて来て…」



 ステラが泡塗れになりながら答える。


「泡が溢れてきたって… 洗濯中に蓋をあけたの?」


「蓋開ける前に溢れて来て…なんでかと思って開けたらもっと溢れてきた…」


 そのステラの言葉に洗濯機が大変な事になっていると思い、急ぎ、洗濯機のある脱衣所に向かう。


 するとステラのいう通り、洗濯機の中から大量の泡が溢れ出て、脱衣所が泡塗れになっている。幸いな事に、洗濯機事態はステラが蓋を開けた事で安全装置が働いて停止しているが、脱衣所が大変な事になっている事には違いない。



「なんで、こんなに泡が…」



 恐る恐る近づいてみると、空になった洗濯剤の箱を見つける。



「…もしかして… 全部入れちゃったの?」


「えっ? ダメなの!?」


 ステラが吃驚した顔で答える。


 どうやら、ステラに家事を任せたら大変な事になるので、祖父が家事のすべてを賄っていたんだろうな…


「うん…ダメなんだ…ちゃんと決まった分量を入れないと…」


「ご、ごめんなさい…」


 ステラはしょぼくれて頭を下げる。



「やってしまったものは仕方が無いよ… でも、ちゃんとステラが後片付けをしてくれよな、僕は冷蔵庫の掃除をしなくちゃいけないから」


「これ…どうやって片づけたらいい?」


「ん~ とりあえず、タオルで拭きとって行くしかないね、タオルがびしょびしょになったら、そこの洗面の流しで絞って」


「わかった!」


 ステラは元気よく答えると、タオルを取って泡を吹き始める。


 その時、僕はある事を思い付き、徐にスマホを取り出してステラを写す。スマホの画面にはやはり泡塗れになった輪郭が映し出される。


 僕はスマホの画面を見ながら、洗濯機に近づき、手に泡をとる。


「ステラ、ちょっといい?」


「ん? なに? 八雲」


 画面の中で僕に向き直るステラの輪郭に、僕は泡が付いた手を伸ばして、顔の辺りに泡を塗って見る。すると僕の予想通りにステラの顔の輪郭がスマホの画面に移り始める。



「…八雲…なんで私の顔に泡を塗りたくるの…」


 ステラに言われて、はっとスマホをどけて肉眼でステラを見ると、顔を泡塗れにされたステラの姿があった。



「いや、ごめんごめんっ! 泡を塗ったらスマホの画面にステラの事が映るんじゃないかと思って…」


「…お仕置きかと思った…」


 ステラがポツリと呟く。


「まぁ…元々泡だらけになっちゃったから、ここの後片付けが済んだらお風呂にはいちゃいなよ」


「わかった!」


 そうして、ステラは泡だらけになりながら洗濯機の泡掃除を始めたのであった。



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