第004話 侵入者
次の日、ホームセンターで片づけをする道具を買い出してから祖父の家へと向かう。
そして、キーホルダーから家の鍵を取り出し、玄関の鍵穴へと差し込む。
カチャリ
うん、ちゃんと鍵は掛かっていた。大丈夫そうだ。昨日、鍵が空いていたのは、きっと最後に立ち寄った人が鍵をかけ忘れていたのであろう。
僕はそんな事を考えながら、靴を脱ぎスリッパに履き替えて、ずんずんと家の中を進んでいく。そしてリビングに差し掛かった時、僕は目に飛び込んだ光景に声を上げる。
「えっ!?」
僕が驚きの声を上げたのは、玄関の鍵がかかっていたのに、リビングに設置されたバーベキューセットの上に、昨日には無かった焼いたエビの様な物が乗っていたからである。
昨日は無かったものが、今乗っているという事は、玄関の鍵を掛けたのにも関わらず、昨晩、また何者かが侵入し、この祖父の家の中でバーベキューをしていたという事になる。
その光景に僕は再び怒りを覚えた。一度ならず二度までも、その祖父の家を燃やしかねない室内でのバーベキューを行うとは、とんでもない悪ガキである。
僕はすぐさまその忌まわしいバーベキューセットを片づけようと近づくと、少し驚きを覚える。なぜなら、エビだと思っていたものが普通のエビではなく、そこらの田んぼや用水路にいるザリガニだったのである。
「えぇぇ… ザリガニ… こんなの食べられるのか?」
そう驚いて口にしたものの、バーベキューセットの炭を入れる所には、食べた後の残骸と思われる殻や尻尾が入れられており、しかも、味見程度で一匹食べただけではなく、四五匹分の残骸があったのである。
思わぬ光景に軽いカルチャーショックを受けていたが、僕は気を取り直し、手に軍手を嵌めて、バーベキューセットを片づけに入る。
「今日、ここで泊まることはどうしようかと悩んでいたけど、ここに泊まって忍び込んできた悪がきを捕まえてやる!!」
僕はそんな熱意を燃やしてバーベキューセットを片づける。中の焚き木や残骸はゴミ袋へ、網やバーベキューセット本体は足などは折りたたんでゴミ袋に入れて段ボールの中に納める。その時、気が付いたのだが一応、バーベキューセットの下にはアルミホイルが敷かれていた。
「こんなもので、床の延焼が防げるわけないだろ…」
そう言ってアルミホイルを片づけてみると、案の定、床の所々に焦げ跡があった。そこで僕は更に怒りが湧き上がる。
悪がきを捕まえたら、親を呼んで叱ってもらおうと考えていたが、それだけでは足らず、この家を売るにしろ取り壊すにしろ、床や天井を焦がした賠償金と、部屋全体の清掃代を請求しようと思いついた。
そう思うと、現状の記録と証拠の保全が重要である。証拠のバーベキューセットはもうすでに片づけているので、他には指紋のついてそうな調理の失敗した鍋やフライパンも残しておいた方が良いだろう。
後は現状の記録である。僕はポケットからスマホを取り出し、酷いありさまのリビングやその周辺の状況をスマホで写真を取って納めていく。
カシャ! カシャ! カシャ!
「あれ?」
スマホで部屋の様子を写していた際に、一瞬、写真のフレーム内の窓の外に、女の子の姿が入り込む。
僕はすぐさまスマホを下げて、実際の光景を確認するが、窓の外には誰もいない…
犯人の悪ガキが映ったのかと思ったが、フレームに入り込んだのは女の子で、しかも金髪である。
こんな日本の片田舎に金髪の少女がいるはずもない。日本人の女性が移り込んだのであれば、心霊現象のように思えるかもしれないが、金髪の少女ではその可能性もない。
もしかしてアメリカにホームシックを感じていて、先程フレームに入り込んだ金髪の少女も、近所の挨拶を交わすキャロルの事をホームシックで思い出して見間違えたのかもしれない…
「ぼうっとはしてられない! 早く片づけを澄まさないとっ!」
その後、午前中一杯を使って、リビングのソファー周りやダイニングキッチン周辺を片づける。バーベキューセットに目がとまりがちだが、ソファー周りやダイニングキッチン周辺もゴミや食べ散らかしの後が散乱しており、非常に汚い状態であった。
しかし、悪ガキたちがここを秘密基地にするにも、なんでこんなに散らかしているのが不思議に思った。またゴミや食べ散らかしも、悪ガキが口にするような駄菓子の袋とかではなく、魚の骨だったり、エビかザリガニかはわからないが、そういった物の殻や尻尾だったり、将又、何だか分からない二枚貝や巻貝の貝殻などであった。
「田舎の子供たちって、スナックなどの駄菓子は食べずに、その辺りにいるものを取ってたべているのかな…」
そんな事を考えながら一階の掃除を済ませ、ある程度綺麗になったソファーでコンビニで買ってきた物で食事を摂り、午後からは祖父の遺品を整理するために二階へと上がったのであった。
二階の祖父の部屋の片づけは、先ず本棚にあるアルバムから取り掛かろうと考えた。アルバムは祖父や父にとっての分かり易い思い出の品だからだ。かと言って、ホームセンターで買ってきた段ボールの中にポイポイと作業的に入れていくのでは、なんだが、祖父を人生を粗末に扱い冒涜しているような気分になるので、時間が掛かっても、一冊一冊改めながら納めていく。
祖父のアルバムは、祖父が曾祖父に連れられて、来日するところから、大病を患い入院する直前の物が記録されており、それを始めの物から確認していくと、なんだか祖父の人生を追体験していくような気分になる。
また、祖父が来日した辺りから現在に至るまでの日本の移り変わっていく光景を見ていくのも大変興味深かったが、その中で唯一変わらない姿だったのがこの家だ。
祖母との結婚が決まってから、家を立て始めた光景が写真に納められている。その新築の状態から、家族で住むような大きな間取りになっており、外側の外見も和風建築ではなく、木材を使っているものの洋風仕立ての外見で建築されていた。
それは、祖父が祖母との結婚を決め、日本に骨を埋める覚悟をしていても、やはり祖父にとっての故郷、イギリスの事は忘れられなかったのだ。だから、祖父はこの家を第二の故郷として、洋風建築で建て、移り行く時代の中でもその姿を変える事はなかったのであろう。僕は改めてこの家自体が祖父の大切な思い出の家だと理解し、そして再びリビングを荒らした悪ガキに怒りを覚えた。
そして、次は書斎デスクの上の写真立てや、壁に飾られた写真の整理に取り掛かる。
アルバムの中にも無数の写真があったが、わざわざ写真立てに入れて、いつも見る事の出来る書斎デスクの上に置いているという事は、祖父にとっては一番大切な写真なのであろう。僕はガラス細工でも扱うような慎重な手つきで写真立てを手に取り、エアキャップで包んでいく。
その後、壁に張り付けられている写真も片づけていくが、その中の一つを片づける時に、裏ブタを支える金具が痛んでいたのか、裏ブタが外れてしまう。その時に額縁から落ちた写真を拾い上げようとした時に、何か描かれている事に気が付く。
それは達筆な英語の筆記体で、『2000年、5月7日 息子が彼女を連れてきた。この幸せがいつまでも続くように』と記されていた。僕は写真を裏返して、映っている光景を確認する。すると父と母が結婚の挨拶をしに行った時の写真だと思われ、その写真の中では、祖父も祖母もそして両親もにこやかな笑顔をしている。
そこでふと気が付く。この写真の裏にこんなコメントが書かれていたのなら、他の写真にも書かれているのではないかと… そう思うと僕は写真やアルバムを納めた段ボールに視線を向けると、またしても窓の外の日が傾き始めている事に気が付く。
「…もう梱包した物を開いて確認するのは時間が掛かり過ぎるか… 確認は実家に持ち帰ってから、両親と一緒にゆっくりと行うとするか…」
僕は自分に言い聞かせるようにそう言うと、残りの写真を片づける。そして、写真の片づけが終わった所で、今度は書斎デスクに手を伸ばす。中には一体何が収められているのであろうか、日記やその他の思い出の品があるかもしれない。
そう思って引き出しの取っ手に手を掛けるが、引き出しは開かずビクリともしない。
「あれ?」
僕は不思議に思い他の引き出しにも手をかけていくが、どの引き出しもピクリとも動かない。奇妙に思って、引き出しの取っ手部分を見てみると、鍵穴が見える。どうやら鍵付きの引き出しの様である。
「うーん… 困ったな…」
僕は引き出しから手を離して、腕を組んで考え込む。引き出しの中も遺品整理をしなくてはならないが、このままだと出来ない。バールの様な物を使って無理矢理こじ開ける方法も考えたが、このアンティークな書斎デスク自体が価値のあるように思えて、そんな恐れ多い事は出来ない。
となると、一度実家に持ち帰ってから、専門の人を呼んで開けてもらう方法もあるが、母から借りている軽自動車では、とてもこんなものは持ち帰れない。
「うーん…本当に困った… でも、今は方法がないから、とりあえず棚上げにしておくか…」
そう判断した僕は、今日の作業は終了という事にして、一階に降りて食事をとる事にする。
今朝、ここに来る前に立ち寄ったコンビニで食べ物や飲み物を昼夕朝と三食分多めに買ってある。ただ、ここは電気が通っていないので、お湯を沸かしたり、冷蔵庫に保管したりできないので、殆どが日持ちをするパンでの食事になる。
僕はパンだけの食事をぬるくなった飲み物で流し込んで夕食とした。そして、車にホームセンターで買ってきた布団セットを運び出し、祖父の部屋へと向かう。
祖父の部屋は一応ベッドが用意されているが、半年もの間、放置されていた寝具なので、僕はその寝具を脇に寄せて、買ってきた布団を準備してその上に横たわる。
そして、父に電話をかけて、昨日のように今日気が付いた事と、遺品整理の進捗具合を父に報告する。その報告に父は珍しく、何度も謝罪と感謝を告げてきた。
父との電話が終わると、今度はノートPCを取り出し、スティーブから送られてきたプロジェクトファイルを読んで精査していく。
今までもフリーの立場でIT関連の仕事をしてきたが、今回の案件は会社を立ち上げ、会社として仕事を引き受けていくやり方である。色々と仕事上の誓約や利権・法律関係の事が書き連ねてある。
専門用語やちょっと把握しづらい事柄はその都度、ネットで調べながら読み進めていく。また、外注の仕事以外にも、スティーブがそもそも会社を立ち上げた理由である、プロジェクトの事についても記されていた。それは自分たちでゲームソフトを作る事である。
ただ単にゲームソフトを作るためだけなら、僕はスティーブの会社に入らなかったが、一応、現実的に仕事をしながら、その合間に技術力を培って作っていくという話だったので参加した訳である。
そんな事が現実に可能なのか? そう疑問に思う所ではあるが、この文章には、スティーブらしい、言い回しを使った熱い説得の文章が綴られている。
『人生は金が無いと生きていけない。だが、夢や楽しみがない人生は生きる価値がない。だから僕は理想の夢のゲームをつくるんだ。』
その彼の言葉が何故か僕の胸に強く響き、僕はスティーブの会社に加わる事を決意したのだ。
その事を思い返しながら、書類を読んでいると、喉が渇いてきた。僕は一階のソファーの所に飲み物を置いていた事を思い出し、布団から起き上がって一階へと降りて行った。
そして、僕はそこで運命的な出会いを果たすのであった。
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