第002話 祖父の死去
僕の人生が一変して、ファンタジーな人物との共同生活が始まる切っ掛けとなったのは、ある一本の電話からだった。
アメリカの大学で卒業式を終えた僕は、就職に向けて、今まで母方の実家でホームステイしていた状態を解消して一人暮らしを始めるか、それとも今まで通りホームステイさせてもらうかを考えていた。
僕が勤める事になっている企業は所謂IT企業で、しかも最近設立されたばかりの企業である。だから、会社の建物や土地の取得の経費が掛かる事は望まず、会社に通勤して仕事をするよりも皆に在宅ワークをしてもらう事を推奨していたのである。
そして、営業などの人と会ってする仕事は専門の人物がいるので、僕の仕事は開発に専念すればよいと言われている立場であり、PCと通信環境がある場所であれば、どこで仕事をしても良いと言われていたのだ。
もう大学を卒業した大人なので、独り立ちをしなくてはならないと思う反面、母が日本で結婚してからずっと二人暮らしだったので、孫の僕がいる事が嬉しかったのであろう… ホームステイをさせてもらっている母方の祖父と祖母がずっといて欲しいとも言われていた。
僕こと、ファイン・八雲は父方の祖父がイギリス人・母がアメリカ人という、アングロサクソン系の血が多く入っているが、どういう訳がその血筋が発現することなく、僕の姿は黒髪黒目、中肉中背の日本人そのものの特徴しか発現しなかった。
逆に僕の妹は日本人の特徴が一切発現せず、金髪碧眼の姿として産まれている。どうやら神様と言う存在がいるのならば、随分と偏ったサイコロを振ったものが。
兎に角、そんな日本人そのものの僕を嫌な顔一つもせず、孫として可愛がってくれた二人の所から出ていくのは心苦しかった。
そんな悩みを抱えている所に、普段全く連絡をしてこない父から連絡があったのだ。
「八雲、爺さんが亡くなった…戻ってこい」
父は無感情に端的にそう言った。父のいう爺さんとは、父の父で、僕から見れば先程説明したイギリス人の祖父の事である。半年前に重い病が見つかったとの事で、ずっと入院しているとは聞いていたが、ついに亡くなってしまったのである。
父は結婚してからすぐに実家を出ており、祖父もまた仕事を引退してからは地方の海の見える田舎町に移り住み、ずっと同居をしておらず、その為、僕の記憶の中にある父祖の姿は、確か祖母の亡くなった小学校の時だけである。
そんな僅かな記憶しかない祖父であるが、僕の祖父である事には違いない。
僕は電話を終えるとすぐに父方の祖父が亡くなった事を母方の両親に告げ、すぐさま帰国の準備を始めた。そして、母方の祖父の運転する車に載せてもらって空港まで送ってもらったのだ。
そして、日本に到着してからも慣れない電車を幾つも乗り継ぎ、実家に到着した時には、最初に連絡を受けてから二日が経っていて、もうすでに通夜も告別式も終わっており、家には祖父の遺影と遺骨だけになっていた。
式に間に合わず、遺影と遺骨だけになった祖父の姿に僕は呆然と立ち尽くす。するとそんな僕の姿に、父が話しかけてくる。
「式に間に合わなかった事は気にするな… 私も動揺していて八雲への連絡が遅れたし、そもそもアメリカから式に間に合うのは無理だ・・・」
父は眼鏡が反射して表情が読み取れない顔でそう語る。
「そうよ八雲、グランパは八雲が来てくれただけで喜んでいると思うわ… だからドンレティッゲッチュウダウン… 落ち込まないで…」
母も自身の涙を拭いながら僕の肩に手を添える。
その後、僕は一人で祖父の遺影と遺骨の前で手を合わせ続けた。そして暫くしてから、両親のいるリビングに向かうと夕食の準備をして待ってくれていた。
「八雲、爺さんとお別れはできたか?」
テーブルに腰を降ろす僕に父が尋ねてくる。
「うん…遺影に映るお爺さん、穏やかな顔をしてたね…」
「そう言ってくれるのか八雲… 婆さんが亡くなった時、私が爺さんを説得してこちらに同居するようにしていたら、もっと八雲と爺さんとの時間を作ってやれたんだがな…」
少し悔しそうにそう話す父に、子供の頃、祖母が亡くなった時の事を思い出す。あの時、父は祖父に、懸命に何か話しかけていた。あれは祖母が亡くなり一人暮らしになる祖父に同居しようと説得したのであろう。その時に祖父を説得できなかった事を父は未だに後悔しているのだ。
「でも、ダーリン、グランパはその後の説得も断っているから、キットあの場所で暮らす事を望んでいたのよ…」
「そうか…そうだったのか?…」
祖父の事を後悔する父を慰めるように母が声を掛け、それに父が視線の空のグラスに向けたまま答える。
そんな沈んだ場の空気を落ち着かせる為に、僕はとりあえず、他の話題を話し出す。
「ところで、妹の小町の姿が見えないけどどうしたの? 塾でも行っているの?」
姿の見えない妹の小町の事を尋ねてみる。
「あぁ、小町ならグランパの葬儀で遅れているスクールフェスティヴァの準備をしないといけないからって、今日はフレンドの所に泊まると言っていたわ。小町も八雲と会いたがっていたわよ」
母も僕の意図を察したのか明るい声で答えてくれる。
「へぇ~ 小町の学校の文化祭なんだ… そう言えば小町も高校生になったんだよね」
僕が妹の小町に最後に会ったのは、アメリカの大学に留学するまえだから、もう4年も会ってないのか… あの時はまだ小学生だった小町が今ではどんな感じになっているのか想像もつかないや
「えぇ、小町も今年からハイスクールシュテューデンになってかなり大きくなったわ、身長も八雲と同じぐらいになったわね」
「えぇ!? 小町が僕と同じぐらいに!?」
小町とは3つも離れているのに同じ身長だなんて… やはり小町はアングロサクソンの血が大いに発現しているんだな… だか、身長は追いつかれてしまったが社会人としては僕の方が何年もリードできるはずだ。
僕は14歳の時にアメリカに渡り飛び級で大学に入った。小町が順当に日本での学生生活をすれば社会人になるまで大学を経由すれば7年はイニシアティブをとれる。それだけあれば、兄の威厳が保てるはずだ…
「八雲…」
妹に対する威厳の事を考えていた僕に、ふいに父が声を掛ける。
「なに?父さん」
「お前、暫く日本にいるのか? 時間はあるのか?」
そんな事を尋ねてくる。
仕事の事については、まだプロジェクトの概要を渡されただけで仕事自体はまだ先だし、そもそもこんな気落ちした父を放って帰る事も出来なかった。
「そうだね、しばらく日本に留まるつもりだし、仕事が始まるのはまだ先だから時間はあるね」
落ち込んでいる父が僕に側にいて欲しいと思っていると考え、にこやかに答えた。
「では…爺さんが住んで居た家に行って、遺品整理をしてもらえないか?」
父の言葉が僕の思っていた事と、完全に異なっていたので、口に入れていた食べ物をゴクリと呑み込む。
「…どういうこと?」
「いや、私と母さんはすぐに仕事に復帰しないといけないし、そもそも爺さんの遺品は英国由来の物だったり、日記や書類などで筆記体で書かれた字を読むのは苦手でね… 暇な時に小町を連れて行こうとも思ったが、小町は英語が苦手でね… 受験の時も足きりギリギリだったと言ってたぐらいだからね…」
「お爺さんの住んで居た所って…日本海側だよね? あの海の近くの…」
「そうだ、お前も一度行った事があるだろ? なんだったら、最寄駅からの地図も出すぞ?」
簡単にいってくれるが2・3時間掛った気がする…
「八雲、頼めるかしら…私もダーリンもラボラトリーの実験があるから時間が取れないのよ…」
母はそう言いながら、チラリと父を見る。すると、父は再び空になったグラスを見つめていた。
なるほど、遺品整理はしなくてはならないが、今の父ではそんな心の余裕が無いのであろう… だから僕に頼ってきたのだ。
僕は諦めたようにふぅっと溜息をつく。
「分ったよ、僕がお爺さんの家に行って遺品整理をしてくるよ」
僕は二人にそう答えたのであった。
夕食の場で父の依頼を承諾した後、僕は入浴を済ませ、寝巻に着替えてから以前、自分がこの家で使っていた自室へと向かう。だがアメリカでホームステイをしていた僕の部屋は、半分物置きと化していた。不要な物を入れたと思われる段ボールが山積みされており、辛うじて以前使っていたベッドまで歩く通り道とベッドだけが使える状態であった。
「まぁ、ノートPCを広げる場所と、通信環境さえ整っていれば文句はない」
父から受け取った祖父の家の住所を見て、そこまでの経路や到着までの時間を調べる。
「うーん、短くて1~2日か… 下手すればもっと掛かるかも…」
あの後、父が言うには父祖の家を持ち続けたまま管理することは出来ないので、必要なものだけ持ち運んで、後は処分するつもりらしい。その処分が家の販売なのか、それとも更地にするのかは分からないが、どちらにしろ後からあれこれ必要だったという事にはならないように、慎重に遺品整理をしなくてはならない。
「これは向こうで1泊2泊する覚悟をしておかないとダメだな…」
僕はベッドから立ち上がり、部屋を出て、台所で洗い物をしているであろう母の所へ向かう。
「ねぇ、母さん」
僕が背中から声を掛けると母さんは少し驚いたように肩を震わせ、少しきまずそうな笑みを浮かべて振り返る。
「どうしたの? 八雲」
「車が二台あるようだけど、どちらかを借りる事はできる?」
「えっ? 別にいいけど、ホワイ? どうして?」
予想外の僕の言葉に母は目を丸くする。
「父さんに頼まれたお爺さんの家の遺品整理に車に乗っていきたいんだ。ネットで調べたけど、遺品整理には寝泊りをしなければならない程、時間が掛かる様だし、その為にホテルに移動したり、掃除道具を買出しに行くにしても移動手段が必要だからね。あの辺りは田舎だからレンタカーを借りられるような場所はないし」
「なら、私の車を使うといいわよ、暫くはダーリンの車に載せてもらうから。その代わりアメリカとは違うから運転には気を付けてね」
母はすぐさま了承してくれる。
「ありがとう、母さん」
「それで、いつ行くの?」
「明日の朝から行こうと考えているんだ」
「えっ? トゥモロー? そんなに早くに? でも、八雲は面倒ごとは最初に済ませる性格だったわね、いいわよ」
そう言って、母は洗い物で濡れた手をエプロンで拭い、ポケットから車の鍵を取り出し、僕に手渡す。
「ありがとう、母さん、それで母さんの車はどっちなの?」
「赤い軽の方ヨ」
軽自動車なのは兎も角、赤い車か… そう思いながら、僕は部屋へと戻っていく。
そして、再びベッドの上に寝転がり、ノートPCをチェックする。向こうを出発する時に、仕事を始める同僚に、祖父の死去の為に日本に帰るからしばらくアメリカを離れると連絡していた返事が帰って来ていた。
帰って来た内容は大体次の様な物だった。
『へい、ヤクモ! グランパが亡くなったそうだな… アイドントノゥフワツゥセイ、でも気を落とすな! ワークの開始はまだ先の話だから、今はプランニングドキュメントを読み進めてくれていたらいい。アメリカに帰国する予定が決まったら、コンタクトしてくれ! スティーブ・マスク』
スティーブは日本文化が好きなためか、僕に合わせて日本語の返事をくれるのだが、所々母の様な独特な言い回しになっている。そんなスティーブの返信に心和ませられて笑みを浮かべつつ、こちらもスティーブへの返信をする。
『分ったよスティーブ、帰国予定が決まったら、また連絡するよ。 八雲・ファイン』
そう返信を送った後、僕は明日の朝は早めに出発するつもりなので、ノートPCを閉じて、眠りについた。
そして、次の朝、予定通り早めに目覚めると、朝の準備をして台所へと向かう。
「おはよう、父さん、母さん」
既に食卓にいた両親に挨拶をする。
「とりあえず、何かとお金がかかると思うから、これを渡しておく」
そう言って父が封筒を差し出す。そこそこのお金が入っていそうな厚みである。
「ありがとう、父さん、おつりはちゃんと返すから」
「いや、無理をいったのはこちらなんだから、残った分は受け取っておきなさい」
父は少し申し訳なさそうな顔をしてそう告げる。
そして、朝食を済ませた僕たち家族は、両親は仕事へ、僕は祖父の住んでいた家へと向けて出発する事となった。
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