ドッジボール・ウォー ~インドア文化部男子VS運動部~

炭酸おん

ドッジボール・ウォー

 早速だが、俺は今危機的状況にある。

 ここは高校の体育館、ギャラリーでは全校生徒が俺たちを期待に満ちた様子で見ていた。

 ああ、何でこんな事になったのだろう。俺はわずかな休息の時間で思考を巡らせた。



 遡ること大体三週間前だろうか。

 俺の高校では毎年九月にスポーツ大会が開かれる。夏休みも終わってすぐなのに、こんな下らない決め事をしなければならず、俺は退屈であくびを一つもらした。


「それじゃあ、多数決の結果、二年三組はドッジボールという事で!」


 学級委員の女子が言った。それに呼応してクラスカースト上位の男子が叫びだし、即座に担任に注意される。

 スポーツ大会はクラス対抗で行われる。この学校の全てのクラスがぶつかり合い、頂点を決めるのだ。そして、どの種目を行うかは投票で決まり、各クラスが一票ずつ投票の権限を持ち、最も人気の高い種目がスポーツ大会で行われる種目となる。

 にしても、ウチのクラスからはドッジボールか。

 それを聞いて俺はあきれた。ドッジボールなんて、ただの蛮族の宴じゃないか。他の種目がボールをどのように扱うかや、細やかな技巧や戦略性が問われる中で、唯一ドッジボールはボールを凶器として扱うゲームだ。動作もボールを投げるだけと非常に単調で、人間の知性の発達が微塵も感じられない。

 ただ、クラスの奴らはそうでもないらしく、さっきからギャーギャーと騒いでいる。

 本当に、ウチのクラスには蛮族しかいないのだなと呆れる。

 数日後、集計の結果、今年のスポーツ大会の種目がドッジボールに決定したという通知があった。

 正直蛮族の宴に巻き込まれるのは嫌だったが、決まってしまったものは仕方ない。俺は外野として、最低限の仕事をしながら傍観に徹することにした。

 あとは適当にやり過ごして、初戦か二回戦くらいで適当に敗退しておけば良いと思っていた。



 …はずだったのに、何故かウチのクラスは次々と勝ち上がっていき、そしてついに決勝まで上り詰めてしまったのだった。

 改めて今の状況を確認する。既に内野は全員やられており、最初からの外野である俺もコート内に呼び出されてしまった。

 俺以外の外野三人は早々にやられてしまった。まあ、三人とも俺と同じでサボりたくて外野に入ったやつらだから無理はない。

 という感じで、コートには俺一人。相手は三年一組。野球部など運動部の猛者が多いクラスだ。外野も入ってあと六人残っている。

 さっきからコートを挟む形で相手側の外野がボールを投げ続けていた。ドッジボールが蛮族の宴と呼ばれる所以の一つだ。内野が残り一人となり、それがボールをキャッチできない奴ならば、コートの横から外野でボールを回し続けているだけで勝負が終わる。俗に言う「ずっと俺のターン」だ。

 こうなると俺みたいなボールをキャッチできない奴はどうにもならない。ボールを避けることしかできず、ただただ体力が尽きるのを待つ消化試合だ。相手はこんなことをして何が面白いのだろうか。


「谷田くん! 頑張って!」


 クラスの女子が俺の名を呼ぶ。女子グループは初戦敗退したからこそ、男子グループへの期待も大きいのだろう。

 延々と投げられ続けるボールを、ただ避け続ける。体力は最早限界に近かった。

 自らボールに当たり、さっさと勝負をつけるのも考えたが、そうしたらクラス全員から軽蔑の目を向けられるだろう。何より、これは決勝戦で全校生徒が見ている。そんな真似をすれば、俺は残りの学校生活を「クラスを売った自滅野郎」というレッテルを張られて過ごすことになる。それだけはできなかった。

 というか、さっきからボールの勢いが凄すぎる。当たったら骨の一本でも持っていかれそうな感じだ。

 当たれば地獄、避け続けるのも地獄。この先の展開には地獄しか待っていないのか。


「…ガチでふざけんなよ、蛮族どもォ!!!」


 勝手にクソみたいなゲームに巻き込まれ、勝手にこんな最悪な状況になった。俺の怒りは頂点を超えた。


「そんなに言うんだったら、ボールの一つくらい止めてみろよ!」


 ボールを投げ続けている外野の一人が言った。そして彼は、最高速でボールを放つ。

 俺にボールを受け止めることはできない。だが、これなら―――!


「…は?」


 外野の一人がそんな声を漏らした。

 俺は自らボールに当たりに行った。

 だが、俺は当たる直前で腰を落とした。

 ————ボールが当たったのは、頭だ。

 忘れがちだが、頭に当たった場合はアウト判定にならない。これならボールをキャッチしなくても止めることができる。

 物凄い勢いのボールを受け、意識が飛びそうになったが、それを気合でこらえる。鼻血がドボドボ出ていたが、そんなことも気にせず、俺はボールを回収した。

 ここで俺が投げても、キャッチされて反撃されるのがオチだ。


「一ノ瀬!」


 なら、俺がボールを託すのは彼しかいない。ウチのクラスのエースであり切り札、一ノ瀬。

 ボールを受け取った彼は、敵から徹底マークされ、序盤でアウトにされた屈辱を晴らすように、敵チームの一人にボールを当てた。

 この一連の出来事に呆然としていた相手チームは、まともに反応できずに一人を失った。

 ボールは相手に当たった反動で、こちらの外野に戻ってきていた。


「谷田、よくここまで耐えた。後は任せろ!」


 一ノ瀬が俺の方を叩いて、相手を睨みつけた。そこには、同い年とは思えないほどの風格があった。

 外野から一ノ瀬にボールがパスされた。それを受け止めた一ノ瀬は、すぐにボールを相手コートにシュートし、あまりの速さに反応できなかった相手一人をあっさりと刈り取った。


「おい! 早くボール取れ!」


 相手チームの一人があわてて叫ぶが、それよりも早く、ボールは外野のエリアへと転がっていた。


「さあ、ショータイムだッ!」


 中二病を引きずった奇人、田所がボールを手に取り、またまた一人削った。

 これで、両者共に残り三人、同数まで持ち込んだ。


「クソッ、くたばれよ!」


 相手が相変わらずの剛速球を投げてくる。だがそれは、一ノ瀬によってあっさりと止められた。


「くたばるのはお前らだ!」


 一ノ瀬もお返しとばかりに剛速球を打ち返し、一人アウトにした。

 ボールは勢い余って外野へと飛んでいき、また一人倒された。


「さ、あとはお前一人だけだ。覚悟はできてるんだろうな?」


 一ノ瀬は転がって来たボールを拾い上げ、最後の一人を見据えて言った。


「まだだ…、まだ負けねぇぞ!」

「お前らは負ける! 俺たち二年三組の勝ちだ!」


 一ノ瀬が最後の一球を投げる。相手は受け止めきれず、腕にボールを受けて倒れた。


「試合終了! 勝者、二年三組!」


 審判の一声が体育館に響き渡り、次の瞬間には歓声で溢れかえった。


「勝った! 勝ったぞー!」


 クラスメイト達があまりの歓喜に騒ぎ立てていた。


「谷田、ありがとう。お前がいなかったら俺たちは勝てなかった」


 一ノ瀬が俺の元に来て、礼を言う。クラス上位の彼から礼を言われるなど、今まで考えもしなかった。

 …ドッジボール、意外と悪くないじゃねーか。

 俺はそう思い、一ノ瀬に笑顔を返した。










 という夢を見たので、現実でもなんとかなると思ったのだが、同じ状況になった時、俺はあっさりとやられてしまった。

 しかも剛速球を当てられたので腕がジンジン痛む。保健室のベッドに横たわりながら、俺は思った。

 …やっぱ蛮族の宴だわ。

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谷田や一ノ瀬が活躍する蛮族シリーズはこちらからどうぞ!

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