第5話 出産
咲久夜は出産のための産屋を建てるようお供の者に申しつけた。
「戸や窓は要らぬ。直ちに八尋の殿を作りなさい」
これは戦さだ。何としても勝たねばならぬ、この御子たちのために。咲久夜はそっとお腹をさすった。父神の顔、姉の顔が目に浮かんだ。お二人のためにも、そして我が身の名誉のためにも必ず成し遂げてみせよう、この命をかけて。
出産の日が近づいた。産屋と云うには大きすぎるほどの殿に咲久夜は向かう。入り口と呼べるものは見当たらなかった。這うようにしてやっと潜り込めるほどの小さな穴が開いており、咲久夜は大きなお腹を庇うようにそこから殿の内部へと這入った。
「中の支度は整っておるのか」
咲久夜の言葉に供の者の顔が歪む。
「本当によろしいのですか」
恐る恐る尋ねる供の女に、咲久夜は顔を見せず殿の中から声だけで答えた。
「構わぬ。くれぐれも言い渡した通りに。頼みましたよ」
咲久夜の言葉に女は泣きながら頷き、慌てて、
「はい。仰せのままに」
と声にして返事をした。
その後咲久夜が這入った小さな入り口は、土で塗り固め塞がれた。
大きく息を吸って咲久夜は殿の中央へ向かう。御子達よ。どうか、どうかご無事で。
不思議なことにあれほど焦がれた迩々芸能命のことは一切頭に浮かばなかった。お腹に宿る御子達の無事を祈る気持ちと、最後に微笑んだ姉の岩長比売の言葉だけがその心の全てを占めていた。
(後の世に繋ぐという大きな力)
(その輝きを胸に、最期まで咲き誇れ)
はい、姉上。これから咲久夜は最期の花を咲かせます。
咲久夜はゆっくり微笑んだ。
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