第4話 懐妊
天孫より返された岩長を見て大山津見神は大いに恥じ、醜くなった岩長を責め、迩々芸能命の行く末を案じた。
「咲久夜独りを留められたとあらば、御子の御寿命は木花のように、そして今この外に降る雨が止むまでほどの短きものとなるであろう…」
父の前に平伏しながら、岩長はただ目を閉じて静かに降る雨の音を聞いていた。
迩々芸能命と一夜をともにした咲久夜比売は身籠もった。すぐさま御子の元へと参り、
「身籠もりましてございます。臨月となりましたが、このお腹の子は私個人の子に非ず。畏れ多くも天つ神の御子ですので、出産のお許しを戴きたく罷り越しました」
と願い出た。
子を授かった喜びと誉れで咲久夜は輝くばかりに美しかった。けれど咲久夜の言葉を聞いた迩々芸能命は苦い顔でこう呟いた。
「咲久夜よ。一夜にして孕んだとは、にわかには信じられぬ。誠に我が子であろうか。兼ねてより契りを結んだ国つ神の子であろう。そうに違いない」
咲久夜は驚き、そして嘆いた。
天孫の御子の言葉こそが信じられなかった。何ということを……
咲久夜は自分の腹に手を当てた。
ここに我が子、天つ御子との子が宿っている。嘆いてはいられない。
咲久夜は迩々芸能命を真っ直ぐに見た。
「私の孕んだ子が、もしも国つ神の子であるのならば、その子を産むときに幸いはございますまい。もし天つ神の御子であるならば幸いがございましょう」
強い瞳でそう言い放つ咲久夜の顔は、もはや儚い花の乙女ではなく、子を守らんとする剛き母の顔そのものであった。思わず目を逸らした迩々芸能命の言葉を待たずに咲久夜は立ち上がりその場を辞した。
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