第3話 凶醜の面

 そこに居たのは姉ではなかった。いや姉の顔ではなかった。

 いつもと変わらぬのは、静かな泉のように知性漂う深き瞳。その瞳だけが、今隣に居るのがまごうかたなき姉の岩長であることを咲久夜に告げていた。

 それ以外は姉とは別人の面、まるで異様な仮面をつけたかのような、岩長とは似ても似つかぬ醜い顔。

「かしこまりましてございます。父神には私の方からそのように申し伝えます」

 そう言うと別人の顔をした岩長は低頭した。咲久夜はあまりのことに、突如醜くなってしまった姉の顔を呆然と見つめることしか出来なかった。


「姉上!」

 御子の館を出ようとする岩長の背中を咲久夜の声が引き留める。振り向いた岩長は必死で自分に追い縋る咲久夜の姿を優しく見つめた。

「ど、どういうことなのです……」

 息を切らせて己れの前に立つ咲久夜を見て岩長はゆっくりと微笑んだ。

「決めたのは御子です」

「しかし……」

「咲久夜。私は終わりあるもの、儚いものが常磐のものに劣っているとは思いません。いづれ消えゆくからこそ、儚いからこそ美しく愛しいのだと思うのです。御子のお命とて同じこと。御子がこれからこの国を治め政ごとを行うのであれば、尚のこと御子の生命に終わりがないことが幸いだとはどうしても思えないのです。限られし時があるからこそ誠意を尽くして事に当たれるのではありませんか。

 そして花が散ったとて、次に繋いでゆく力が、そう咲久夜、そなたのその力こそがこれからの御子にとっては何よりも必要なもの。私の力はかえって御子の足枷となりましょう」

 静かにそう告げる姉の瞳を見つめながら、咲久夜は何一つ言葉を紡ぐことが出来なかった。

「ただ、私の醜い面だけを見て御子が私を遠ざけたのだとすれば、貴女にとってこの目合いが幸あるものであるのか……それは私にはわかりません。どうあっても御子には私を返して頂きたかったのです。こんな形でここを去ることは心苦しいけれど、咲久夜。貴女は儚く美しいだけではありません。強く激しい心を持っています。そして後の世に繋ぐという大きな力も。この先もどうぞその輝きを胸に、最期まで咲き誇っておくれ」

「姉上……」

 岩長は咲久夜の顔を見つめた後、静かに頭を下げるとまた前を向いて歩き出した。

 咲久夜はお供の者達と去っていく姉の姿を、涙に濡れた瞳でただただじっと眺めていた。

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