第2話 言祝ぎ

「見初められたのは咲久夜です。何故私までが天孫の御子のもとへ参るのですか?」

 岩長は父神に尋ねた。

「神阿多都は桜木の咲いたがごとき美しさだが、花はいつしか散る。木花が栄える木花之咲久夜比売だけでは、この国を統べてゆく御子にとっては不足であると、宇気比によってご神託を得た。なればこそ、天つ神の御子のお命が風雪に耐える岩の如く盤石であるよう、岩長比売のそなたをともに遣わすのだ。頼んだぞ」

 父神大山津見の言葉に低頭したものの、岩長の心は納得してはいなかった。

 

 常磐に動かず恒に在り続けるということは、祝いでもあり呪いでもある。終わりがないということは輝きを失うことだ。

 岩長は妹に目を向けた。今が盛りと咲き誇る桜のような妹の美しさ、終わりが在るからこその儚さと愛おしさ、そのすべてが岩長には輝いて見えた。いつまでも変わらぬものなどに何の価値があろう。永き年月の間に倦み飽みやがては忘れ去られる。当たり前のものとしてその価値が見失われる。そんなものが本当に御子にとって必要であろうか。

 

 岩長は決意した。決めるのは天つ御子、すべては天意であると。


 清らかな鈴の音が姉妹が待つ殿間に響き渡った。迩々芸能命が輝く光とともに現れる。

「神阿多都比売、いや木花之咲久夜比売よ。よくぞ参った」

 深く頭を下げたまま姉妹は天孫の御子の言葉を受けた。

「面を上げられよ」

 その言葉に岩長、咲久夜の姉妹は揃って頭を上げた。

「咲久夜比売のお隣に居られるお方、そなたは」

 御子の言葉に岩長が応える。

「咲久夜の姉、岩長にございます」 

 御子の眉がわずかに動いた。

「姉君か」

「はい。このたび妹とともに、畏れ多くも天つ御子へと父大山津見神より使わされました」

 岩長の言葉に御子の眉は更に顰められた。

「私が目合いを乞うたのは妹君の咲久夜比売だけ。大山津見神のお心遣いは誠にありがたきものなれど、大事な娘御をお二人とも乞うわけにはいかぬ。されば父神のお心のみ頂戴し、娶るのは木花之咲久夜比売のみにしようと思うが如何か」

 迩々芸能命の言葉に妹の咲久夜は思わず姉を見る。そして言葉を失った。

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