第2話 転校生との出会い

二年生の夏休み明けはもう気力のカケラも残っていなかった。

家にこもっていたところから、無理やり外に出ると、やはりいつものように不躾な視線に絡まれた。水族館の魚たちは、人たちにこんな風に見られているのだろうか。きっと、私は、間違って海から丘に上がってしまった人魚だから、こんな風に干からびて重い体を引きずって生きているんだ。

でも、私はやっぱり人魚ではなかった。ただの醜いだけの人間だから泳いで逃げることもできないし、泡になって消えることもできない。

バスに乗り込むと私の周りから、人はさりげなく離れる。汚い塊が動いてきたのを避けるように。これもいつものことだ。私の周りだけが席がすいている、少し古びたバスは、山の上の私の家の近くのバス停から学校のある街へ排気ガスを巻き上げながら泳いでいく。


でもその日の朝は、いつもとは違う空気に包まれていた。私のクラスに一人の転校生がやってきたのだ。岩田裕也と自己紹介した後、彼は私の隣の席を指定された。周囲はざわついた。


「うわ、半魚人の隣じゃん」


ざわつく声の大半は、転校生が私の席の隣であることへのあわれみの声だった。もはや、そんな声では傷つかない。私にまつわることでポジティブな声など、なかった。しかし、半魚人なんていいえて妙なあだ名だ。顔が腫れあがって目が落ちくぼんだ顔は自分でも魚っぽいなあと思っていたから。せめて人魚と言ってほしいけど、そんなこと言ったら、ますます馬鹿にされるだろう。私はそっとうつむいた。

「半魚人とか言ったの誰? 女の子に失礼じゃん、謝れよ」


男子たちが岩田君の声に気圧されたように押し黙る。私のことを、かばって……くれた? 女の子って、私のこと? 私はびっくりして顔を上げた。彼は、私のことをじっと見ていた。私の眼球をまっすぐに捉える目に出会ってしまった。息が止まりそうになった。

「岩田です。よろしく。名前、教えて?」もう一度、はっきりと私に向かって言った。その目は、ずっと私から視線を外さなかった。いつもみんなのどこに視線を定めていいかわからずに洋服とかに向けるような泳いだ目線ではない。

「よ、吉川……美月です。」

「うわ、あいつの声初めて聞いたかも」

周りの男子たちが馬鹿にしたように笑った。それでも、岩田君は、一向にお構いなしだった。「よろしくね」と笑顔で答える姿に、授業が始まってからもざわめきが止まらなかった。


岩田君は、数日でクラスメイトと打ち解けていた。私に分け隔てなく接したということが、「みんなに優しいなんて王子様みたい」と女子の評判を上げていた。転校生なのに、私が高校に入ってから話した人の数なんかとうに抜かれている。彼がクラスに馴染むのと同時に、私はまた、一人でクラスから浮いた。ただ、彼は私ともごく普通に会話を交わしてくれた。その時も他の人とは違ってちゃんと目を見て話してくれた。そんな人は、家族以外ではほとんどいなかったから、印象的だった。


日直で最後まで残って先生の雑用を手伝った時のことだ。

「吉川さん、帰りに時間、ある?」

不意に岩田君が私に投げかけてきた。

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